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梅ちゃんの秘密②

わたしには、もうひとつの名前がある……。

病気で余命わずかな母は、梅子とハルに出生の秘密を語るが……。

わたしは、ずっと弥生梅子だった。


保育園の持ち物にも全部そう名前が書いてあったし、小学校のノートには自分で【やよいうめこ】と書いた。

中学や高校の授業だって、弥生やってみろって指されたし、職場でも弥生梅子と書かれた社員証を首から下げている。


でも、わたしにはもうひとつ名前がある。

笹川梅子。

わたしの、戸籍上の名前。


わたしは笹川のおじいちゃんの養子として、笹川家に籍がある。

なぜなら、わたしはお母さんの本当の娘ではないからだ。


そのことを知ったのは、小学生になってからのこと。

お母さんが重い病気だって分かって、入院することになった頃。

後になっておばあちゃんから聞いたけど、その時点でもう末期だったらしい。


いつ死んでもおかしくない。

そんな状況に置かれたお母さんは、何もかもをわたしたちに話す決心をしたみたいだった。


*****


「いい? これから大切な話をするから、よく聞くのよ」

「あなたたちにはまだ難しいかもしれないけど、ちゃんと知っておいてほしいの」


お母さんがわたしとハルに話して聞かせたことは、まるで空想の物語のようだった。

その物語はまず、お母さんの旦那さんが事故で死んでしまったことから始まった。


わたしたちのお父さんではないのに、お母さんの相手だった誰か。

その存在は、少なくともわたしを混乱させた。


お母さんは、その人との子どもが欲しかった。

でも、それは叶わなくなってしまった。

悲しい気持ちを抱えたまま、毎日を過ごしていたと話してくれた。


「お母さんはね、森で動物の研究をしていてね」

「そこで、1匹のオオカミに出会ったの」

「それが、ハルのお父さんなのよ」


わたしは、隣に立ったハルを横目で見た。

え? と言ったきり、ハルは何も言わなくなってしまった。

わたしはわたしで、信じられなかった。


少し前に、保健の授業で男の人と女の人の違いについて勉強した。

どうやったら赤ちゃんが出来るのか、保健の先生が教科書を使って教えてくれたっけ。

人間のお母さんとオオカミのお父さんでも子どもが生まれるなんて、わたしは知らなかった。


ハルには言ったことがなかったけど、わたしは、ハルはきっとうちの子じゃないと思ってた。

だって、ハルはオオカミだもん。

きっとどこか別の所からうちにやって来たんだと、ずっとそう思ってた。


「ハルはね、お母さんが生んだ子どもなの」

「……本当?」


ハルは、小さな声で言った。

お母さんが言いたいことは、ハルのことだったんだ。

わたしはちょっと油断をしてたんだよね。


「でもね、梅子」

「あなたは違うの」


違う?

違うって、どういうこと?


「あなたはね、お母さんが森で拾った子どもなの」

「まだすごく小さな赤ちゃんで、森の中で独りぼっちだった」

「だからお母さんが連れて帰って、後から生まれたハルと一緒に育てたの」


拾ったって……段ボールに入れられた、犬とか猫みたいに?

わたしもそんな風に、森に捨てられてたのかな……。


「だから、あなたとハルは兄妹じゃないし、お母さんともおばあちゃんとも血は繋がってないの」

「あなたには他に笹川梅子って名前があって、紙の上では、そこのうちの子どもってことになってるの」


紙の上っていう意味が、わたしにはよく分からなかった。

お母さんの話してることも、よく分からなかった。

というか、分かりたくなかったんだと思う。


わたしは、あまり頭を使うことが得意じゃない。

お母さんの言ってること、とても大事なことだって気がするけど、頭がちゃんと考えてくれない。

何をどこから理解すればいいのか、全然分からないよ。


「母さん、どうしてそんな話するんだよ」


呆然としているわたしを見て、ハルがお母さんに食ってかかるように言った。

今日の話は、ハルにとっては嬉しいことだらけの話だったはず。

でも、わたしには違う。


今までずっと楽しかった。

お父さんはいなかったけど、そんなこと気にもならなかった。


お母さんがいて、おばあちゃんがいて、オオカミのハルがいて。

そしてわたしがいて、みんな家族だと思ってた。


血の繋がりとか、そんなの今まで気にしたこともなかった。

でも、お父さんとお母さんの間に子どもが生まれて、それが家族なんだよね。

じゃあ、お母さんの子どもですらなかったわたしは、一体何なんだろう。


怒ったり泣いたりすることもなく、わたしはただ分かったと答えた。

お母さんはその返事を聞いても、安心したようには見えなかった。


「梅子、こっちにおいで」


お母さんはぼーっとしてるわたしを引き寄せると、ぎゅっと抱き締めてくれた。

お母さんの腕の中は温かくて優しかったけど、何だか素直に喜べなかった。


「こんな話をして、本当に悪いと思ってる」

「梅子は、まだ子どもなのにね」

「何にも知らなくていい、可愛い子どもなのに」


お母さんはそう言って、多分泣いてたと思う。

その涙の意味も、わたしには分からない。


「でも私の口から話しておきたかったの」

「梅子、本当にごめん」


分からない。

分からないよ。

お母さんが謝る意味も。


「でも忘れないで……」

「どんなことがあっても、お母さんはあなたのお母さんなんだから」


「そして、梅子はお母さんの子どもなの」

「おばあちゃんもハルも梅子も、みんなで家族なの」

「誰が何と言ったって、間違いなくそうなの」


お母さんは真剣な目でわたしを見て、そう言った。

お母さんがそこまで気持ちを込めて言った言葉も、どこかわたしには関係ないことのように聞こえた。


「ハル、梅子」

「だからもし、これからどんなことがあっても……」


「絶対にお互いの手を離しちゃダメ」

「お互いがお互いを守り合うの」

「ハルが梅子を、梅子がハルを守ってあげるのよ」

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