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異世界転移して傭兵稼業始めました。  作者: 津田邦次
第一章
9/11

狼煙/女

  昭典は走っていた。暗い森の中を。だんだんと斜面になっていく山と森の境を。

 「ひぃ...ひぃ...」

 後ろには大量の、黒煙をまき散らす狼を連れて走っている。

 「はぁ...はぁ...」

 彼の口からはただの呼吸音と小さな悲鳴だけが漏れていた。狼達は我先に獲物を仕留めんと追いかけている。

 (...もうこれ以上...走れん...ヤバい...せめて隠れられれば...)

 そう思って周りを見渡すがあるのは木や、山側にある小さな岩ばかりだ。後ろを振り返る余裕もない。

 (ホントに木ばっかだな!!穴か高いところ...は!高い所ならあるじゃないか!!)

 昭典は足に目いっぱいの力を込めて目に入った中でも特に大きく、高い木を目指す。後ろの狼も獲物を追いかけるため足を速める。如何に昭典が底力で走っても運動不足気味の男子高校生程度体力では底が知れていた。更に悪いことに昭典の走っている辺りは山から転がって来た岩が砕けて小さな石が大量に転がっていた。そしてふらつく足で走っている昭典に石の脅威が襲い掛かった。

 「ごっ...!?」

 昭典のつま先が小さな石にぶつかり、盛大に彼を転ばせた。

 「くぅぅ...」

 幸い転んだ先に石が無く大した怪我はなかった。が、立ち上がる為に振り向くとすぐ後ろの脅威は足を止めることは無く、獲物を狩る好機とみなしジャンプして飛び掛かってきた。

 「グルルルルァアアアア!!!」

 「うわぁあああ!!」

 先頭の狼が昭典の頭上まで飛んできていた。咄嗟に足を上に蹴り上げる。丁度上げた足が狼の腹に当たり狼の軌道を変える。すぐに立ち上がり腰に差した刀に気付く。サッと抜き構えるが構え方が分からないので大きく足を開き腰が引けている。心臓がバクバクと苦しい程に脈打つ。狼も立ち上がり全速力で向かってくる。涎を垂らし、凄まじい形相で睨み付けられる。しかし、昭典の体は前に出ていた。最早恐怖よりも焦りが体を動かしていた。刀を前に突き出し、ただ走っていた。体は斬ることよりも突く事を優先した。

 「うわあああああああああああああああああ!!!!!」

 叫びながら突撃す。狼も臆することなく飛び掛かってくる。―先ほどと同じように。

 それが不思議な程冷静に、正確に目に捉えることができた。そして、ゆっくりと感じる時間の中で、一撃を突く。冷たく青く光る刃が黒い狼の腹を貫くのが分かった。一瞬で時間の速さが正常に戻り、刀から抜け落ちた狼の死骸は黒い煙となっていた。

 「はぁ...はぁ...グッ!!??」

 背中に衝撃と痛みを感じ転倒する。倒れながらも後ろを見るて、思い出す。まだ大量の敵がいることを。

 「グウゥゥ」

 聞こえてくる呻き声が包囲されているのを、直感で感じさせた。

 (くそ!!どうする!?もう勝ち目は...。!?そうだ!!俺には能力がある!!もうただの人間じゃねぇんだ!!)

 じわじわと呻き声が近づいてくる。

 (まてよ...。この前使ったときは大した能力じゃなかったじゃないか!!)

 ...でもやるしかない。ここで生き残るにはやってみるしかないんだ!!

 「ぅうおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!」

 手を前に伸ばして有らん限りの力で叫ぶ。手のひらから体の周りへ広がるように力を込めて、空気の波が、波紋が体を中心に広がるようにイメージする。そして、彼の叫びに森は応えた。地面から木の根っこや太い蔓がドオオオオオオオっと音を立て伸び、急激な変化に対応できなかった狼達を飲み込んでいく。蔓がうねり、天に向かって伸び、根っこが龍が雲海を進むが如く地面を縫って行く。大地を揺るがし土を盛り上げ、狼達を飲み込んでいく。周囲の木々は大きく成長し、あらゆる植物が繁茂する。昭典が力尽きる頃には、狼達は木々や蔓に締め付けられその多くが息絶えていた。

 「はぁ...はぁ...ウッゴホゴホッ」

 ゲ八ッとむせ返り、へたり込む。

 「やったか...?」

 周りには蔓に頭を飲み込まれ煙になっているものや、二つの根っこに上半身と下半身を別々に飲み込まれ引き千切られているものや、胴体を捻じられたもの等、惨憺たるものだった。

 「...すげぇ」

 前回能力を使った時とは大違いの結果に一人で驚いていた。一体前回と何が違ったのか...。そんなことを考えていたから、植物が燃えたときの独特な臭いが土の匂いに混ざっていることに気が付かなかった。

 ドス

 そんな音がして、振り返ると狼がいた。体から黒い炎と煙を出し、凄まじい眼力で昭典を睨み付けていた。上を見れば蔓の一部が焼け、穴が開いている。応戦すべく刀を握ろうとするが力が入らない。刀を持ちあげるのはおろか、握ることさえ出来ない。せめて逃げる為に立とうとするが足にも力が入らない。

 「クソックソッ!!なんで!!なんでだよ!!」

 ドス、ドス

 見ればまだ死んでいなかった狼達が自らの体を燃やし、仇を討たんと落ちて来た。数匹が落ちてくると、最初に落ちて来た狼が全速力で突っ込み、それに続くように他の狼も突っ込んでくる。

 「くるなくるなぁ!!」

 手を前に出し力無い声で叫ぶ。

 しかし、お構いなしに狼が突っ込んできて...その首が飛んで行った。

 「!?」

 目の前の出来事に驚きただ見ていることしか出来なかった。女だった。飛び掛かった狼を一刀両断し、他の狼も次々と斬って行く。全く怯むことも臆することなく、作業のようにただ斬っていった。しかし、死の恐怖からの救済と体力の限界とで、段々と意識が遠のいていった。暗くなる視界の中で、凛々しいその女の姿が脳裏に焼き付いた。

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