狼煙ーロウエン
あの後一度、宿へ戻り(主に氏郷の)準備を済ませてから村付近に森に向かった。
「なあ師匠、これ、ホントに匂い消しの効果あるの...か?」
昭典がそう言って手に持っているのは茶色い巾着袋だが、大きな問題点が一つ。臭い、物凄く臭いのだ。あり得ない程に。
「ソイツは、今から狩りに行く奴の糞だ」
「くそっか~」
「...」
おい、何か言えよ...。
「絶対に開けるなよ、それ」
...て言うかいつこんなの用意したんだ?
太陽もそれなりに上がって着た頃、やっと林道を抜け本格的な森の入り口に着いた。
「もう一度狼煙について説明しておく」
道中一度説明されたがここは説明を聞いておくべきだろう。話忘れもあるかもしれない。
「頼む」
「今から討伐するのは【狼煙】と呼ばれる魔獣だ。コイツの繁殖能力と伝播能力はかなり高く恐らくこの森中に生息しているものとした方がいい。コイツらは体から魔力の煙を出し、その煙で獲物を弱らせ、喰らう。つまり狼煙を上げ森中に知らせる。だから知らずに森に入って出てこない人間も多い」
「...ずっと気になってたんだけど、『ろうえん』ってもしかして漢字で『狼煙』書く?」
「ああ。『のろし』の当て字に使われるようになった由来だ」
「なるほど」
移動中もほとんどしゃべらなかった幽染だが、遂に口を開いた。
「もしかしてアンタ最近来た外界者かい?」
「そうだけど...?」
「そうかい!そうかい!後で向こうの世界とやらの話を聞かせてくれないかい?」
「面白くないと思うよ...」
「いいじゃないか!私はほとんど村から出たことないんだ。新しい世界の話には興味が尽きないもんだよ」
「じゃあ、帰ったら...」
「はっはっは!楽しみにしているよ」
「それで、討伐手順だが」
氏郷が説明を再開して、
「こいつらの討伐は非常にめんどくさい。何せ数が多いからな。そこで今回は二手に分かれて狩りを行う。御前殿は戦闘経験は?」
「勿論さ。あと私のことは幽染でいい」
そう言って金棒を軽く振る。
「なら俺は弟子の面倒を見ねばならぬのでな」
「そういうことなら任しとくれ!」
「では、太陽が向こうの山に隠れそうになったらここに集合と言うことで」
「それじゃあ、また後で」
そう言って幽染はすたすたと森に入っていってしまった。
「それじゃあ、刀の使い方をサラッとおさらいしましょうか」
「ホントに付け焼刃もいいとこだな」
徒手空拳の付け焼刃など有って無いようなものだがそれでも自分の足を斬らないようにはなれた。
「まあ、今回刀を抜くことは無いと思うけど、取り敢えずこれでいいかな」
「付いて行けば危険はないんだよね?」
「...保証は出来んな」
「...」
渋い顔をしながらも暗い森へと歩を進める。
森の中は暗くジメジメしており、奥に行くに従って何故か葉の付いていない木が増えている。最初は気のせいかと思っていたが、光が差している場所をよく見るようになって確信した。それでも土のにおいと糞の臭いに包まれながらどんどん奥へ進んでいく。
「あれを見ろ」
氏郷が急に立ち止まり藪に隠れながら指を指す。
「あれは...巣か?」
指の先には斜面に出来た小さな洞穴が見える。如何にも巣といった様相でそこにある。
「そうだ。中を見るまで使われている巣か分からんがな」
「ふ~ん...。ん?なんで俺を見るんだ?」
「見てこい昭典」
氏郷の顔を見て巣を見る。もう一度顔を見ると顎で行けと指図してくる。仕方なくそろりそろりと近づいて、ゆっくり巣の横にへばりつく。そこから首を伸ばして巣の中を見る。暗くて良く見えないが一瞬だけ中で何か動いたように見えた。
いる!!
そこに何かいるのを確認して、氏郷に報告すべくさっきまでいた場所にそそくさと戻る。
いない!?
先程まで一緒に潜んでいた藪を覗き込むと、先ほどまで一緒に座っていた人間の姿が見えない。ギョッとしながら後ろを振り向くと、そこには先ほどまで暗がりになって見えなかったものの正体が、膝程の高さで黒に近い毛並みに牙を口から覗かせ涎を垂らした、狼煙がそこにいた。
いる!?
これはやばいのでは!?
狼煙はゆっくりこちらに近づいているが明らかに威嚇している。
グルルルル...
「は、腹空かせてるならさ、俺じゃなくてもいいじゃん...?」
そう話しかけると、
ガルルルルルルルァアア!!!
そう吠えて襲い掛かって来た。
「ですよね!!??」
叫びながらその場から一目散に逃げだす。
色々と思考がよぎるが、今はただ走ることに注力する。
チラッと後ろを振りかえると、奥で一匹の狼煙の体がどんどん溶けるように黒煙になり空へ上がって行くのが見えた。
―コイツらは体から魔力の煙を出し、その煙で獲物を弱らせ、喰らう。、つまり狼煙を上げ森中に知らせる。だから知らずに森に入って出てこない人間も多い。
その帰らぬ人になりそうなんだけど!?
「さて、アンタも人が悪い」
木の上から二人は昭典が狼に追われているのを見ていた。
「俺が何か企ててるのに気づいてそれに乗っかるアンタもな」
「はっはっは!そんなことないさ。たまたまだよ」
「偶然で同じ木に居合わせるものか...」
そう言って次の木に飛び移る。もう一人の女もそれに付いて行く。
(さて、これで能力の素質が測れるな...。見せてもらおうか、この地を生きるにふさわしいかを!!)