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異世界転移して傭兵稼業始めました。  作者: 津田邦次
第一章
4/11

鬼の村/隠形幽染

 宿から出て改めて村を見回すと、いったん落ち着いたことで先ほどは目にも入らなかった景色が見えてくる。村は常に煙を空に吐き続け、その範囲を見るだけでも予想よりも村が広いことを示していた。今見えているだけでも奥と手前に鍛冶屋が二軒あり、宿の周りを囲むように飯屋と酒屋、甘味処がある。温泉は?と思い辺りを見回したがどこにもそれらしきものはなかった。

 「取り敢えず飯食おうぜ!」

 「随分と元気だな」

 「ちゃんとした飯はこれが初めてだからな!」

 ここに来て昭典の機嫌は上々であった。体力よりも、好奇心と食欲が刺激され重い足も意識にはなかった。

 飯屋は宿を出た目の前にあり、漆が塗られてあるのか壁が黒く、二階建てだった。

 「なにがあるかな~」

 鼻歌交じりに紅の暖簾をくぐる。最初に目に入ったのはこれまた恰幅のいい男だった。やはり身長も中内ほどだ。

 「へいらっしゃい!」

 どうも江戸っ子のような喋り方が流行っているのだろうか。取り敢えず氏郷の後に続いて、膝程の高さにある畳に腰を掛ける。

 「メニューは何処へ?」

 「ん?そんなものはない」

 「え?なんでよ」

 「おいおい、そんな何食もあるわけないだろ。どこだって食うのにも苦労してんだよ」

 なるほど、現代の感覚ではいけないなぁ。

 ここで、ふと財布をリュックにしまったままだったのを思い出して、

 「なあ、...財布部屋におきっぱにしちゃった」

 てへっ、と手を頭の後ろにつけて見せ誤魔化すように言った。

 「まあ、どのみち使えんだろうからいいよ」

 「そっか、ごめん」

 (んんん?)

 今なんて言った?

 「今なんて言った?」

 「え?だから使えないってば。お前の持ってるお金」

 「なんでよ?」

 お金が使えないとはどういう事だ?と言うより、一度もお金どこらか財布すら見せていないのにそれが分かるんだ?

 「そりゃ、その恰好を見れば大体わかるだろ」

 「恰好?」

 そこで、改めて自分を見下ろす。白く簡素なシャツに、同じく簡素で茶色いズボン。

 ...シャツにズボン?

 周りを見渡せば、ほとんどが藍色や薄緑色の小袖で、氏郷も紺色の口を縛った袴を穿き浅葱色の長襦袢を着て、その上に群青色の羽織を着ている。つまり、今ここで俺だけが洋風の服装なわけで、よく見るとさっきからチラチラと見られている。

 「...どうしたらいい?」

 顔を真っ赤にしながら、恥ずかしさに溢れる声で尋ねる。

 「服は買うしかないし、金は換金できる港町まで行かねぇとなぁ」

 「...」

 ああぁぁあの女狐はぁあ!!どうなっとんねん!!話と違いますやん!!

 「...はあああぁぁぁぁぁーーーーーーー」

 「取り敢えず、飯食おうぜ」


 

 「おぉ」

 氏郷の話ではかなり質素な飯が出てきそうだったが、出て来たのは丼ぶりいっぱいに鶏肉や野菜やらがたっぷりはいった炊き込みご飯のようなものだった。

 「なんだよ結構普通じゃん」

 「別に少ないとは言ってないだろ。ここ高いんだし」

 (高いんだ...)

 「...そういやお金ってどうしてんだ?」

 箸を手に取り鶏肉をひとまず口に放り込む。

 (うまい...!)

 「そうだな、俺は旅をしながら寄った町や村で妖の討伐や商人の護衛の報酬でやり繰りしてるかな」

 「ふ~ん。ところで神様の話だと冒険者っぽい職業があると聞いたが?」

 味の良く染みたご飯をゆっくりと味わう。口一杯に野菜と肉の風味が広がる。

 「...あるには、ある。ここでは一般に防人と呼ばれている。その上に衛士ってのもあるけど、耶摩背国限定だから省く」

 「防人ねぇ...」

 「ただ、防人になるにも国に登録しなきゃならん。最初は俺もそうしていたが、こいつはお勧めできねぇな」

 「何故?」

 濃くなった口の中を水でリセットし、氏郷の話に耳を傾ける。

 「単純な話だが、給料がかなり少ない」

 「たしかに、中級以上を討伐すれば上乗せで褒賞が出るけど、中級以上の妖やら魔獣やらが出るのは稀だし、その褒賞も武具の補充とですぐに無くなるし、碌に食っていけないのに命ばかり危険にさらされるし、割に合わないんだよね」

 なるほど。

 「今は傭兵を自称して、村長や商人やらに直接話を持ち掛けるのが多くなったかな」

 「...それって防人いる意味なくね?」

 「え?」

 氏郷は少し考えてから、思い付いた様に、

 「あ~つまり、国がわざわざ防人を用意しているのにそれよりもいい仕事があるならそっちに皆行くんじゃないかってことだろ?」

 「そう、それ」

 「それなんだけど、防人って妖やら魔獣やらを退治するときってなにも一人でするわけじゃないんだよ。防人だと、ちょっとした民間警備会社みたいな感じで采配してくれるんだけど、俺みたいな傭兵は仲間がいないと、基本一人なんだよね。もちろん集団で戦っても勝てないような敵に一人で、しかも場合によっては集団に挑むんだから誰もやりたがらないんだよねー。まあ、防人は勝手に国から出られないけどね」

 なんかすごいよねー、みたいな感じで言ってるけどそれってやばいんじゃね?

 「...なるほどなー」

 考えないようにして、ふと俺がここに求めているのが冒険であり、それをするなら傭兵にならなければならないのでは?と思ってしまった。

 すっかり丼ぶりも空になってしまって、お冷を飲み干した頃、氏郷が一つの提案をしてきた。

 「さっき話た通り一人で傭兵と言うのは非常に心許ない。正直昭典の能力は使いようにによっては確実に化ける。お前さえ良ければ一緒に傭兵をやらないか?」

 まあ、そんな気はしていた。正直未だ見ぬ未知の脅威に自分から身をさらしに行くことになる訳だが、断るにも断れない状況だし、なにより全国を旅するのに仲間は必要だ。

 ...我ながら軽い決断だと思う。多分後悔することも有るかもしれない。しかし、わざわざこっちに来たのにそのまま死ぬのは御免だ!

 「...フッ断る理由が無いな。いいだろうこの不肖昭典お供しよう」

 「どんなキャラだよ...まあ、そうなれば明日は装備を揃えようか」

 「おー!」

 この選択が未来にどう影響するかは分からないが、しかし、少なくともこの時昭典は希望に満ちていた。

 

 「ごちそうさま。俺は温泉を探す旅に出ようと思う」

 「そうか。途中で服を買うといい。あっ、いや、呉服屋で仕立てて貰った方がいいかもしれん」

 既に店の外に出て、宿に戻っていた。

 「なんで?金掛かるだろ?」

 「...新品の服って売ってないのよね、基本。市に出回ってんのは武士なんかが着てたやつだから臭いんだよね...」

 「...」

 しかし、今まで何から何までお世話になって、しかも明日は装備まで整えようってんだ。そこまで世話掛けて、節約できるところを節約しないのは、しかし...臭いのはなぁ。

 「遠慮すんな。ほんとに止めといたほうがいいから。...洗濯って重労働でね、無精な武将は洗わないんだぜww」

 「うっわ」

 「そこまで言うなら...お世話になります」

 「うむ。しかし、これも明日だな」

 そう言えば、と思い出したように氏郷が財布を出し、銀貨を何枚か取り出し、渡してきた。

 「ほれ、おこずかい」

 「ありがとさん。じゃあ先に温泉行ってきまっす!」

 タオルを手に取り、「気ぃ付けろよ~」と後ろから聞こえて、それを振り返らずに手を挙げ温泉を探して三千里。



  ◇ ◇ ◇



 案外すぐに温泉探しの旅は終わることになる。飯屋から続く通りの途中に大通りへ続く道があり、その大通りを少し行って左に大きな温泉施設があった。

 「結構近かったな...」

 町を見て回る名目も兼ねていたので、案外近くて落胆していた。しかし、温泉施設はかなり大きく、塀の外から見える松や、瓦屋根が日本家屋を思わせるような雰囲気を漂わせていた。大きな引き戸を開け中に入るとこれまた大きな玄関ホールがお出迎えする。靴を脱ぎ、上がる。まだ少し早いらしく客は見当たらない。どうすべきか迷ったが取り敢えずそのまま男と書かれた暖簾をくぐる。何も言われなかったので、帰りに勘定を払えばいいのだろう。客がいなかったのが幸いし、この奇妙な服も店の者に見られるだけで済んだ。

 「...ハァ」

 やっと落ち着ける。昨日風呂に入れなかったのもあり、体中が気持ち悪い。

 (これにも慣れないとかな...)

 一つの憂鬱を実感し、刹那の快楽の享受の為に切り捨てる。

 「フンフンフン、フンフフフ~ン」

 良くわからない鼻歌を歌いながら、ガラガラと音を立て温泉へ入る。

 「おおー」

 なかなか広い石造りの露天風呂で、周りが目の細かい竹柵で囲まれている。

 「...うぅ、流石に少し寒いな...」

 独りごちりながら、背を低くし、頭を洗うべく洗い場を探すがそれらしきものは見当たらない。しかし、桶が温泉の淵に並べられており、壁際にせっけんが木の皿の上に置かれて並べられていた。桶を取って水を汲み、頭を流して、体を洗った。石鹸はあまり泡立たなかったので体を洗うのには少し苦労した。

 

 よし、温泉に入ろうかとしたとき、今まで死角になっている岩の裏で全く見えなかったが、温泉の奥に人がいるのに気付いた。どうやら、桶を浮かべ、その中に酒を入れて呑んでいるらしい。中々贅沢な奴もいたもんだと思いながら、その対角線上に体を沈める。

 「こんな時間にも入ってくる奴がいるんだな」

 話しかけられないようにわざわざ距離をとったのに...ってん?何か違和感が...

 「...それはあなたもでしょう」

 「はははッ!それもそうだ」

 そう言って一杯飲んでいる人物の声が完全に女性の物であるのに気付いた。

 ...もしかしなくても混浴だこれーーーーーー!!??

 急に風が吹き、湯気が晴れる。湯気が晴れ、良好になった視界の先に、その女性はいた。今までこのような女性は見たことが無かった。額から二本の角が生えていたが、付け根は燃えるように赤く、先端にかけて段々と白くなっていた。整った顔立ちで、二重の深い赤味のある緩い釣り目だ。長く白く、端の赤い髪を水面に浮かせ、独り酒を呑んでいた。そして湯に屈折してそこまで大きくはないが美しい二つの...

 おっといけねぇ!煩悩退散!観自在菩薩・行深般若波羅蜜多時、照見五蘊皆空、度一切苦厄。舎利子。色不異空、空不異色、色即是空、空即是色...

 頭の中で必死に般若心経を唱え、全身の神経を股間に集中させ、仰角制御を全力を以って行う。

 「おや、見ない顔だ」

 「はは...ちょっとした旅のもですよ...」

 上ずった声で視線を外しながら言うと、

 「なんだい、まさか女体の一つも見たことないのかい?その年で?」

 「いぃやぁ!そんなことないですよぉ!?」

 なかば自棄に返事をする。

 「あはっはっは!そう顔を赤くしながら言ってもねぇ。面白い人だ」

 「私は隠形幽染。隠形家の三女だ」

 そう言って徳利からお猪口に酒を移し、呑む。

 「...岡倉昭典」

 少し拗ねたように言い放つ。どうも、この世界に慣れるのにまだ時間がかかりそうだ。

 「おや、私の名を聞いても驚かないのか...?」

 「いや、別に」

 「...そうか」

 良くわからないがまた少し機嫌が良くなったらしくもう一杯呑んだ。

 「...もう無くなってしまった。私は上がらせてもらうよ」

 「...どうぞ」

 そう言ってざぶざぶ音を立て歩き出し、昭典前まで来て顔をこちらに向け、

 「...若いってのはいいもんだね」

 そう言って出て行ってしまった。

 「...」

 下を見て噴火する5秒前。


 

 「ハァー...」

 「帰って来るなり溜息とはどうしんたんだ?」

 結局あの後、のぼせる前に上がったが、どうしても、最後の最後で御しきれなかった自分が、そして何よりソレを見られらのが恥ずかしいのだ。

 「もうねる」

 「お、おう。おやすみ。俺はまだやることがあるから」

 「おやすみ」

 こうして昭典の長い一日が終わり、長い、長い旅が始まった。

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