人とちがうこと
「アンナは、あまりお外では遊ばないの?」
城の形を大まかに長方形になるようにと雪を固めながら、先ほど久しぶりだと言っていたアンナに聞いてみる。アンナは自分でとってきた木の枝で城の窓だろうか、部分を削って作りながら頷いた。
「うん。雪が降っている時は危ないからダメって言われるのもあるけど、一緒に遊んでくれる子もいないし」
「……」
さらっと言ってのけるアンナになにも言えないでいると、アンナはなおも続けた。
「ここらの村はね、ほとんどが狩人なんだ。森も近いし。――おとうさんは狩人なのに狩りも下手だから、みんながおとうさんのことハンパモノだっていうの」
口をはさめずに黙ったまま、ただアンナの話を聞く。お城作成に下を向いているため、小さな位置にあるアンナの頭しか見えない。
「それに、おとうさんのことね、みんな変だって言うの。おとうさん、あんな喋りかただから……」
途切れそうな小さな声。泣くのをこらえるように、わざと淡々と話そうとしているようだった。
「おとうさんのあの話し方は、おかあさんがいなくなってからなのに。おかあさんがいなくなったのは村のせいでもあるのに。なんでおとうさんだけ、せめられなきゃいけないのかな?」
作りかけの雪の城に触れながら、アンナの手に力がこもる。城の端が脆く崩れていった。
「おねえちゃん、キールってやさしいね」
突然話しを振られ驚いて顔を見ると、アンナは二人から離れた位置に佇みあたりを警戒しているキールを見ていた。それから、ゆっくりと結希へと視線を戻す。やけに大人びた顔のアンナと目が合った。
「おとうさんもね、すっごくやさしいの。それなのにどうしてみんなはちゃんと見てくれないのかな?――他人と違わないことが正しいの?狩りがうまくて力が強いことが正義なのかな?」
それはどうしても溢れ出てきた言葉だった。結希の学校や家での記憶が思い起こされる。他人と違うものは排除される、声の強いものが正義となる。それは、結希がもといた場所でも、この世界でも変わらないものだった。もしかしたら、人間の本質なんて、どこへ行っても変わらないものなのかもしれない。私はアンナの言ったどちらからも逃げて、この場所にたどりつき、いままた同じ問題に直面している。逃げるなと、誰かに言われているような気がした。
「それは違う、と私は思うよ。クリメントさんは優しいし、たしかに変わっているのかもしれないけれど、それが悪いことだとは私は思えない。だから、クリメントさんもアンナも、そのままで、いいんだと思うよ……」
言葉尻が小さくなってしまう。逃げた自分がこんなことを言ってもいいお笑い草だと思うとどうしても自身が持てない。自分の弱さにうんざりしながら俯くと、横にしゃがんでいるアンナが小さく笑った。
「そうだよね、そう!アンナもそう思う!!みんなが同じ考えで同じ行動をする同じような人間ばかりだったら、つまらないよね!!」
言って立ち上がるアンナは先ほどまでとは裏腹に明るく笑っていた。
「ありがとう!!」
アンナが笑顔で礼を言う。抱えていた気持ちに踏ん切りがついたのだろう。すぐに切り替えができるのも、小さい子のいいところなのかもしれない。自分も見習わなくてはと、結希も膝に手をつき立ち上がった。
「そろそろ帰るぞ!」
遠くから聞こえるキールの声に、二人で頷く。
「おねえちゃん行こ!」
「――うん」
差し出されるアンナの小さな手を握る。本当にお礼を言うのはこちらの方だ。先ほどのアンナの笑顔に少しだけ気持ちが軽くなっていた。この小さな手から勇気と自信をもらっている。結希は口のなかで小さくありがとうと呟いて、アンナ、キールと一緒にクリメントの待つ小さく温かな家へと向かった。
小さな扉をくぐり中に入ると、鼻腔を良い香りがくすぐった。
久しぶりのよい香りにお腹がなる。洞窟内でも食事は一応摂っていたが山菜を軽く調理しただけで食べていたので、久しぶりのしっかり調理のされた食事の匂いに、目頭が熱くなった。家に帰るとご飯の匂いがするとか、つくって待っていてくれる人がいる、ということがどれだけ幸せなことなのか嫌というほど実感していた。
「おねえちゃん、大丈夫?」
結希のようすに気が付いたアンナが不安そうにつないでいる手に力をこめる。
「ご、ごめん。大丈夫だよ」
そう笑顔でアンナに声をかけると、ほっとした顔をされる。こんな小さな女の子に心配されるほど、ひどい顔をしていただろうかと申し訳なく思う。アンナから視線を逸らすと、奥にいたキールと目が合った。
「――?」
しかし、目が合うと同時に逸らされてしまう。
(心配、してくれた?)
自惚れかもしれないと思いつつも、嬉しくなる。頬がゆるむのを感じながら、アンナに先導され、食卓に着いた。木目が浮いて見える茶褐色の木造りのテーブル、その脇にはこれまた木でできた温かみのあるイスが三脚揃えられていた。
「楽しかった、か?」
「うん!!」
そう問いながら、クリメントが薄い茶色の木でつくられた茶碗をコトッと目の前に置く。アンナが栗毛を弾ませ笑い、クリメントに頷いた。