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アンナ

 しばらくして、クリメントがいくつかの山菜と水を入れた桶を手に帰ってきた。台と排水口があるだけの簡単なキッチンに移動し、持ってきたばかりの食材と水が入った桶を台の上に置く。いつの間に置いたのか、そこには他に赤みがかった茶褐色の干し肉と白いクリームのようなものもあった。


「あの、お手伝い……」


 キールの傷の手当や家に泊まらせてもらったこともあり、そう申し出ると、クリメントは小さく首を振った。


「いい、お客さんは、座って、いてくれ」

「でも……」


 何もしていないのではあまりに申し訳なくて、言いよどんでいると、クリメントは別の用を頼んだ。


「じゃあ、アンナの遊び相手に、なって、くれないか?」

「え?」

「アンナと!?おねえちゃん、アンナと遊んでくれるの?」


 クリメントの予想外な言葉に、アンナは目を大きく開け、体を寄せてくる。全く隠そうともせず、笑顔を溢し、しっぽを思いきり振るのが見える気がした。これでは、断れるはずもない。クリメントが申し訳なく思う結希のために見つけてくれた仕事でもあった。温かな仕事に、頬を緩める。


「もちろん、よろこんで」

「やった―!!」


 アンナが飛び跳ねて喜ぶ。栗色の髪が飛び跳ねるのと同時に舞う。クリメントはそんな娘のようすを嬉しそうに見ていた。


「おねえちゃん、お外に行こう!」

「え、外?」


 窓へ目をやる。今はもうすっかり雪が降り止んでいる。けれど、ご飯前に外に出てしまっていいものか考えていると、「ダメ?」と悲しそうな顔で首を傾げ尋ねるアンナと目が合う。


「え、えっと……」


 その視線から逃れるように目を逸らすと。いつの間に立ちあがったのか、物音させずにそばに来ていたキールの視線とかち合う。


「ご飯をつくっている間だけなら、いいんじゃないか?」


 キールのその言葉にキッチンにいるクリメントも頷いた。


「それ、なら、大丈夫」


 大丈夫、という言葉とは裏腹にクリメントは目を泳がせている。女の子二人だけというのが心配なのだろう。森ということで危ない動物もいる。それを敏感に察したキールが自ら名乗りをあげた。


「オレが二人に付き添うから。心配いらない」


 キールの申し出に、やや驚いた顔をする。


「け、けれど、ケガが……」


 怪我の具合を心配するクリメントに鼻を鳴らす。


「人間と一緒にするな。これくらいなら、問題ない」


 辛辣な言葉を紡ぐキールだが、その声音に昨夜のような険はない。クリメントは目を細めて頭を下げた。


「……あ、ありがとう」


 クリメントに手を振り、小さな扉をくぐる。外は身の締まる寒さだった。結希はクリメントに寒いだろうと貸してもらった毛皮でできた上着の首元を寄せた。狩人だからだろう、防寒具は生き物の毛皮でできていることが多かった。アンナも同じ素材の小さな上着を着ているが、寒さを感じさせないほど飛び回っている。


「やった―!誰かとお外で遊ぶなんて、ひさしぶり!!」


 両腕を空に掲げて雲の切れ間から覗く、コバルトブルーの空を見上げている。楽しそうな横顔に、こちらまで嬉しくなる。

家から少し離れた、広く視界が開けた場所にアンナに案内される。そこは人工的につくられた広場のように見えた。いまは雪が降り積もり、広場一帯が真っ白に覆われている。その雪を、こちらも毛皮でできた手袋で手を包んだアンナがすくいとる。降ったばかりの雪はサラサラと粉のようにアンナの手を滑り落ちていった。アンナはおもむろに手袋を外して、雪に触れる。


「つめたい!!」


 冷たいと言いながらも、声をあげて笑っているアンナは本当に楽しそうだった。しかし、あまり素肌をさらしていると風邪を引いてしまうのではと気が気じゃない。


「アンナちゃん、あんまり体冷やしちゃダメだよ」


 言うとアンナは少し頬を膨らませた。おせっかいだったかなと思い見ると、「アンナ、がいい」小さくつぶやく声が聞こえた。どうやら、引っかかったポイントは別のところにあったらしい。


「アンナって呼んでほしい」


 呼び方に距離を感じたのだろうか。それでは、と結希は言い直す。


「……アンナ?」


 なぜ呼び捨てというのはこんなにも照れくさいのだろうか、と躊躇いながら声にするとアンナは満面の笑みを浮かべた。


「おねえちゃん!!」


 駆け寄って、体当たりする勢いで小さな腕を腰に回して、下腹あたりに顔をうずめる。栗色の髪をそっとなでてやると、余計にアンナは腕の力を込めてきた。


「……おねえちゃんは、いなくならないよね?」

「え?」


 顔をうずめながらだったのでかすかにしか聞こえなかった。けれど、寂しげな声が耳に残る。なぜそんなことを聞くのか、尋ねようとした時、アンナは勢いよく顔をあげた。


「なんでもないよ!」


 不自然なほどの満面の笑み。これ以上なにも聞けないことを察した。アンナはまた走って広場の中央へ行ってしまう。雪でなにかを形作っているのか、それに集中してしまっていた。


「――随分と懐かれたな」


 一歩距離を置いて見ていたキールが、アンナが走り去ってから結希に近づいてきて言う。その声からなにを思っているのか察するのは難しい。


「さっきのアンナ、どうしてあんなこと……」


 おねえちゃんはいなくならないよね、という声が繰り返される。キールは表情を動かさずにアンナのようすを見つめる。


「いろいろ、あるのだろう。人間もウヴェーリも……」

「……」


 なにも言えなくなる。キールの言葉は重い響きをともなっていた。


「アンタも、遊んで来ればいい。見守るばかりじゃ、暇だろう」


 重たい空気を破るようにキールが口を開く。


「でも、私が見てるって言い出したようなもんだし。キールはそれに巻き込まれただけで……」

「オレがアンタ達を見ていると言った。自分の意思だ。巻き込まれたわけじゃない」


 申し訳なさで言い淀んでいると、キールはバッサリと言ってのけた。有無を言わさぬ声だった。


「ありがとう」


小さく微笑んで、キールに礼を言い、アンナのそばに駆け寄る。「おねえちゃん!」とアンナは嬉しそうに言った後、二人で雪のお城をつくった。



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