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大事


「この国はもともと、厳しい自然に、囲まれているせいか、他国との交流、がなかった。だから、ウヴェーリが人の言葉を話すことを、なんとも、思っていなかった。けれど、他国には、人語を操る獣、なんて存在していなかった」

「――え?」


 結希はてっきりこの世界では動物が話しをするということが普通なのだと思っていた。しかし、そうではないらしい。この世界でも、ウルスタ皇国というのは特殊な国として位置づけられているようだった。


「ウヴェーリ、には人里に好んで住むものと、山で、暮らすことを好むもの、がいた。山で暮らすもの、のほうが多かったが、それでも人間と、共生していた」


 懐かしむように目を細めるクリメントの言葉が過去形であることに引っかかる。


「もともとは仲がよかったなら、じゃあどうして……」

「時代が、新しくなって、他国の文化、が入ってくると、普通ではないウヴェーリ、を差別する人間、が増えた」


 息をのむ。結希のいた世界でもよくある話だった。他のことを知ることで、異物が浮き彫りにされ、排除しようとする。人間の性だ。クラスメイトの言葉が思い出される。

――お母さんが仲良くしなさいっていうから……。

颯真の親戚だというだけで、学校での結希の立ち位置は変わった。他とは違う異物になったのだ。


「それでも、人間とウヴェーリの、仲はまだ、どうにか皮一枚でつながっていた。ある事件、が起きるまでは……」

「事件、ですか?」


 なにがあったのだろうか、つづきを促そうとしたところで、少し離れた所から声がした。


「おとうさん、ねむいよ――」


 開いていない目をこすりながら、眠る準備を整えたアンナが裸足でとぼとぼと歩いてきた。近づいてきたアンナはそのままクリメントの膝におさまってしまう。


「アンナ、ちゃんと、ベッドで寝ない、と、風邪を、引いてしまう」

「おとうさんも一緒じゃなきゃいや」


 駄々をこねるアンナにクリメントの眉が下がり、八の字型になる。それでも娘が可愛いのか、クリメントの口角はほんの少し上がっていた。アンナの頭を撫でながら、困った顔でクリメントが結希を見る。話しの途中であることを気にしているのだろう。


「行ってあげてください。今日はクリメントさんに色々と迷惑もかけて、お疲れでしょうし」


 口早にそう言うと、クリメントは申し訳なさそうな顔で頭を下げ、ひざ上で安らかな寝息を立て始めてしまったアンナを抱える。キールが眠る部屋とは、また別の寝室のベッドへと向かっていった。あとに残った結希は、小さな窓から降りやまぬ雪の影をただただ目で追っていた。

 



カタカタとなる物音に目を薄く開く。いままではキールと二人きりであったため、複数の気配があるということが新鮮に感じる。軋むベッドの上で目を薄く開いた。いつの間に移動していたのか、キールが眠っていたベッドのもう片方のベッドに横になっていた。ベッドといっても、木でできた手製の土台に柔らかな布が敷かれているだけの質素なものだが、それでも洞窟の固い地面でしばらく夜を過ごした結希にとっては贅沢な寝心地だった。


(キールは……)


 昨日横になっていた、結希の通路を挟んだ隣のベッドにキールの姿がない。首を巡らすと、結希が眠るベッド脇の床に体を丸めて眠っていた。

 なんでこんなところに、と思い上体を起こすと、足元のほうでも小さく声がした。


「ん。……おねえちゃん、おはよう」

「お、おはよう」


 眠そうに目をこするアンナに挨拶を返す。しかし、いつの間に。昨日は確か別室のベッドでクリメントとともに眠りについたはずだ。人口密度が結希のベッドだけやたら高い。


「どうして、ここに?」

「だって、おとうさん早くに森に入っちゃって、寒いんだもん。一人よりだれかと一緒にいたほうがあったかいから!」


 寝ぼけ眼の全開笑顔にほだされてしまう。たしかに、一人で眠るよりも暖かかった。アンナはベッド脇に視線をなげる。その先にはキールがいた。


「……」


アンナは自身にかかっていた布団を退けると、大きく伸びをした。そして、結希の耳に小さな手をかざしてくる。内緒話の姿勢だった。意図を察して結希も耳を傾ける。


「キールって、おねえちゃんのことが大事なんだね」

「え、どうして?」


 突然のアンナの発言に戸惑いを隠せず聞き返す。アンナはキールを起こさないようにと、小さく笑った。


「だって、ケガで痛いはずなのに、自分のベッドから離れて、ずっとおねえちゃんのそばにいるんだもん」

「……――」


 足元の白銀の毛並を見つめる。地面は冷たく痛いだろうに、そこで丸くなるキールがいた。しかし、と結希は思う。


「大事なんて、そんなことはないんじゃないかな」

「え、どうして?」


 アンナは大きな目をいっぱいに開いて、結希に問いかける。


「だって、キールは人間が嫌いなはずだし……」


 そうだ、キールは人間が嫌いなはずなのだ。いま、結希がキールと一緒にいるのは単に結希のわがままからだ。キールにとっては、むしろ邪魔なはずなのだ。元の世界でも、なんでもない存在だった自分。変に期待して、落ち込みたくない。


「大事、なんてないよ」


 俯いて答えると、アンナは「そうかなー」と渋ってはいたがすぐに開放してくれた。ベッド脇で小さく動く気配がしたからだ。


「あ、キール、おはよう!」


 大きな声で、アンナはキールと目線を合わせる。まだ会って間もないのに名前を呼び捨てにされたキールの眉間には縦皺が寄っていた。


「呼ぶな。慣れ合う気は……」

「わー、キールの毛ってふっわふわなんだね!!」

「……――――」


 キールの声が聞こえていないのか、無邪気に背を撫でてアンナが笑っている。キールはなにを言っても無駄だと悟ったのか、その後はアンナの好きにさせていた。その様子に笑いを噛み殺す。キールと目が合うと、鋭く睨まれた。表情が緩んでいたらしい。その視線から逃れるように、結希はアンナに話しかけた。


「お父さんは森になにをしに?」

「朝食を採ってくるって」

「朝食?」

「うん。おとうさんの作る料理はおいしいよ!!」




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