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クリメントの家へ


 クリメントが屈み込み、キールの脇腹当たりの毛をかき分ける。ふと赤黒く色のついた毛をよかしていた手が止まった。


「どうしたんですか?」


 首を傾げると、真剣な表情のクリメントの横顔があった。


「これは、酷い……」


 クリメントは小さくつぶやいて、キールの顔を見る。キールは前方を向いたまま、表情は変わらない。自分の体のことなのに、興味のない顔をしていた。


「よく、これで――」

「いつものことだ」


 短く、なんでもないことのようにキールは言う。


「そんなに、酷いんですか?」


 結希が聞くと、クリメントは頷いた。


「この傷だと、普通は、動けない……」

「人間の普通と同じにするな」

「キール」


 傷をみてもらっているのに、不遜な態度をとるキールをたしなめる。


「それにしても……」


 そんなにキールの傷は深いものだったのかと再認識する。たしかに、初めて見たときは傷の深さも酷いものだったし、正直死んでしまってもおかしくないのではと思うほどの出血量だった。

しかし、あまりにもキールが普通に動き回っているので、確信なく大丈夫なのかもしれないと思っていた。


「治ります、よね?」


 傷口の様子を探るクリメントに話しかける。

クリメントはああ、と返事をしたが、なにかものが詰まったかのように歯切れが悪い。


「――?」


 首を傾げると、クリメントは重く口を開いた。


「ただ、今持っている薬草だけ、では足りない。しばらく、様子見も、必要だ」

「そんな……」


 枯れ木ばかりの冬場。緑がやっとこさ見つけられるぐらいでしかないこの環境で、たくさんの薬草なんてどう探せばいいのか。途方に暮れていると、クリメントが思いがけないことを口にした。


「よかったら、家に、くれば、いい」


 予想だにしなかった誘いに、目を丸くする。


「クリメントさんの、家に?」

「そう、だ。オイの家になら、採っておいた薬草が、たくさん、ある」

「でも、いいんですか?クリメントさんに迷惑がかかるんじゃ……」


 人間とウヴェーリには、なにか大きな溝があることはわかった。それなのに、キールを家に招き入れたりして、クリメントは大丈夫なのだろうか。心配になり聞くと、クリメントは優しい顔を向けた。


「オイの、心配をしてくれるん、だな」


 嬉しそうに目を細めている表情は、どこか哀しげにも見えた。


「いい、んだ。オイは、なにもしていないお前達、に対して、酷いことを、した」


 自分を責めるように呟くクリメントに、かぶりをふる、やはり、この人は悪い人なんかじゃない、そう思った。


「ありがとうこざいます。お世話になってもいいですか?」

「ああ」

「……―――」


 クリメントがゆっくりと頷く。キールはなにも言ってこない。ということは、了承と捉えていいだろう。結希は胸をなでおろした。

 人間の家になど行かないと言われたら、今度はどう説得すればいいのかわからなかった。キールは人間のことが心底嫌いだと言いつつも、どこかで人間のことを信じたいと思っている気がした。それが言葉、仕草や態度から少しだけ感じられることがある。だから、結希は心許せた。

 そして、それはクリメントも同じように思っていたのかもしれない。でなければ、いくら酷いことをしたとはいえ、家に招待してくれるとは思えなかった。

 その後、結希とクリメントは、必要ないというキールの言葉を無視し体を支えながら、クリメントの家へと歩を進めた。

 

 先ほど通った南西への道。木々の数が減っていく。やはり気のせいではなく目に見えてなくなっていく。もしかすると、この国でいう町、人里に近い場所なのかもしれない。周囲の様子を見ながら歩いていると、クリメントが歩く速度を落とした。


「あれが、オイの住んでいる、家」


 濃い茶色の建物が見える。こちらの家も、以前森の中で見つけた廃屋と同じく、ミニチュアのログハウスのような外観だった。しかし、温かな光が灯っているからか、以前見た家とは随分と印象が違った。人がいるのといないのとではこんなにも違うのかと実感する。


(そういえば……)


むかし家族で行ったコテージを思い出す。森の中にあった、小さなお家。後にも先にも家族で旅行へ行ったのはあの時だけだった。あの頃は、夢も、欲しいものも、本当に自分がしたいこともはっきり言えていた。 

 感傷的になりそうで、大きく首を振って気を取り直す。キールを片手で支えながら、足を進める。

いまはそれより、キールの傷のことを考えたかった。それすらも、現実逃避なのかもしれない、そう感じながら。足元ではキュッと雪が踏まれて軋む音がした。



クリメントが人一人がちょうど入れるほどのコンパクトなドアをノックする。ドアが内側から勢いよく開かれた。


「おかえりなさい!!」


 元気よく飛び出してきたのは、まだ幼い少女だった。歳はようやく両手で数えるくらいだろうか。少女は肩にかかる栗茶色のくせ毛の髪をふわふわとゆらし、クリメントのお腹あたりに抱き着いた。


「あ、アンナ……」


 元気いっぱいな少女、アンナの様子にクリメントがおどおどと背中に手を回す。


「お、お客さんが、いるんだ」


 クリメントがアンナの背をとんとんと優しくたたき、緊張した面持ちで告げる。その言葉に、アンナはいま気が付いたとばかりに、クリメントのそばに立つ結希達を見る。寒空の下、見たこともない服を着ている結希と、その傍らには大人三人分はあろうかという大きさの狼。明らかに怪しいだろう、当の本人である結希自身が思った。案の上、アンナという少女は困惑の表情を浮かべている。


「だ、だれ?おとうさん、ウヴェーリが、いるよ……?」


 幼い顔に、恐怖の色が見て取れた。こんな小さな子まで、ウヴェーリという存在を恐れているのか。ここにきて改めて感じる、人間とウヴェーリの溝。

 先ほどから降り始めた雪が顔にかかる。

人間の発するウヴェーリと呼ぶ響きは、どれも凍えるように冷たく、冬の寒さよりもよほど辛く、身に染みた。



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