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 お腹が鳴る。そういえば、昨日からなにも食べていなかったことを思い出す。自覚すると、またお腹が低く唸った。


「お腹、すいたな」


 木々の合間を縫って、森の中を散策する。森の中にいるため、お店というものはなく、山菜、果実など自分で調達しなければいけない。洞窟から出る前に、食べることができる山菜の特徴をキールから教わった。


「あ、これだ!」


 しなだれるような薄い緑の葉に細い茎。木のすぐそばに生えることが多い。キールが言っていた特徴に当てはまる。土の近くで茎を手折り、両手で持てるだけ採っていく。雪が多い時期でも採れる貴重な植物で、栄養価が高い。動物も食べるため、採れない可能性が高く、採ることができれば幸運だと言っていた。頬が紅潮する。山菜採りなどしたことがなかった結希にとって、とても新鮮で楽しいものだった。


「あ、これもだ!」


 キールから教わった特徴をもつ植物をどんどん見つけていく。時間が経つのも忘れて、結希は山菜採りに夢中になった。

 しばらく歩き進めた所で、ふと立ち止まる。


「あれ?」


 集中して下ばかり向いていたため、いまどこにいるのかわからなくなってしまった。こんなろくに知らない場所で迷うなんて、と顔を真っ青にしていると、木ではない大きな茶色の物体が目に付いた。ゆっくり近づいてみる。その正体の輪郭が鮮明に見えてきた。


「こんな所に、家?」


 茶色の正体は、こじんまりとした木造りの家だった。見た印象としては、小さなログハウスのようにも感じられる。しかし、現在は使われていないのか、ところどころ傷んでいた。


「……お邪魔します」


 この世界で老婆以外に人間に会っていない結希は興味から家に入ってみた。どちらにしろ、廃墟だったため、問題はないだろうと足を進めた。

 家の扉を開けると、ギイと金具が錆びた音を出した。踏みしめる足元で床が軋む音がする。何年も持ち主が消えた家は、当時の名残を残したまま、世界から取り残されているようだった。


「――!?」


 足元でなにかが割れた音がして、肩を竦める。その後ゆっくりと足をどけてその正体を探ると、そこには古ぼけた一枚の絵があった。どちらも三十歳頃と思われる、二人の姿があった。微笑を浮かべるやわらかな雰囲気の女性が椅子に座り、その傍らで屈強な体に精悍な顔つきの男性が緊張した面持ちで立っている様子が描かれていた。男は精悍だが、その目には優しさがたたえられている気がした。それはきっと、この女性によるものなのだろう。微笑ましい絵に心奪われる。

 まるで理想のようなその姿に、床に落ちたままにしておくことができず、拾い上げてそっと近くにあった机の上に横たえる。割れたガラスの一部が机にあたってカシャと欠ける音がした。


「踏んでしまってごめんなさい」


 この家の人はなぜいなくなってしまったのだろう。疑問が浮かんでは答えなどなく消えていく。

背後、家の扉がある方向から、床が軋む音が響く。誰なのだろうかと、慌てて振り返る。


「ここは危ない。はやく出よう」


 そこには、悠然とたたずむ大きな狼、キールがいた。見知った顔であることに安心する。どこの誰かも知らぬ者の家で、結希達がいることの方がおかしな話なのだが。周囲を警戒しながらもそばに寄ってくるキールの姿に安堵の息を漏らした。


「迎えに、来てくれたの?」

「……」


 照れたように耳をぴくぴく動かすキールの様子に心が軽くなるのがわかった。


「アンタが遅いから」


 言葉少なに言うキールに、頬が緩む。


「ありがとう」

「……べつに」


 キールは黙り込んでよそを向いてしまった。そんなキールに、先ほどの言葉の意味を尋ねる。


「そういえば、さっき危ないって言っていたけど。なんで?」


 結希の問いに、キールはまたあの虚ろで暗い目をした。


「――人間の家だ」

「……」


 なにも言えなくなる。結希自身も人間なのだが、ウルスタ皇国での常識も通じない結希は、キールのなかでは人間とは別のカテゴリになっているらしかった。

それにしても、キールの人間嫌いは凄まじい。嫌悪、憎悪、そしてなにより諦め、これら負の感情が入り混じった眼差しと声音に、その場にいることも躊躇われるほどだった。それなのに、こうして道に迷った結希を捜しに来てくれるキールは、生来とても優しい性分なのだろうと思う。だから余計に、ここまで人間嫌いなのはどうしてなのか、気になってしまう。なぜ、が降り積もってどうしようもなくなる。

 古びた家に差し込む光は、ぼやけて、かすかに影を落とした。


「どうして、そんなに人間が嫌いなの?」


 考える前に、言葉がこぼれた。口にしてしまったとたんに後悔する。自ら地雷を踏むようなことをしてしまった。案の定、キールは厳しい目で結希を捉えた。


「……アンタには、関係ない話だろう」


 低く唸るような声に身を竦める。せっかく迎えに来てくれたキールに対して、不快な思いをさせてしまった。軋む床の音が、痛いくらいに響く。


「ご、ごめんなさい」


 きっと触れてはならない話題だった。キールに近づけた気がして弾んでいた気持ちが、嘘のようにしぼんでいく。俯いていると、息を吐き出す音がキールから聞こえた。


「――別にアンタを責めているわけじゃないんだ。はやく出よう」

 

 そっけない口調で踵を返す。けれど、その内容は結希のことを想った言葉だった。キールの心に土足で踏み入るようなことをしたのに。やはり、彼はとても優しい。


「う、うん」


 家の扉をくぐり抜けるキールの後を急いで追いかける。大きな体のキールにとっては、コンパクトな家の扉はいくらか窮屈そうだったが器用な身のこなしで外へと出ていく。その後もキールとともに山菜など食べられるものを採り、早々に洞窟内へと戻った。




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