序章1~なにかの報せ~
お久しぶりに書きます。
このお話は、一応最後まで手元の方で完成はしているので、加筆修正しつつ挙げていきたいと思います。
どうぞ、読んでいただければ幸いです。
……あ、ちなみに例のごとくヤンデレは出てきますので、苦手な方はご注意ください。
冷たく乾いた風が身に刺さる。
この国の罪だ、そう思った。つい数年前まで緑豊かだったこの国は、今ではただの荒れ野と化してしまった。小魚が泳いでいた河は涸れ、森の緑の多くは人間によって焼かれた。何百年、何千年もかけ育った美しい緑は、たった数年の間に灰色になった。灰色の土地を眼下に、風が吹き荒れる崖の上、その先に白銀の毛が揺れる。鋭い爪が土にめり込む。
--この爪で人間どもの首をかき切ってやりたい。
ドロドロした感情が自分の内側を埋め尽くす。まとわりついて、窒息してしまいそうだ。
目の前を真っ白な雪が舞った。今年も世界が白に覆われる季節がきた。そんな白とは裏腹な真っ黒な感情に浸食されながら、ある一点を見つめる。
この国の首都、ローファス。
あそこには、この国を腐敗に足らしめるやつがいる。自分のことしか考えない人間もたくさん。
また闇色に自分が染まっていくのを感じる。元々、人々から神の使いだと尊まれていた美しい毛並は、今では灰色に薄汚れている。このまま、黒く染まってしまいそうだった。
濁ってしまった目を隠そうと、視線を落とす。もう今はない景色から、逃れるように、思い出さないように。
「……信じない」
寂しく冷たいイス。
この場所はそういう場所だ。私はイスに腰掛けている。紅く、背の部分が長い。宝石が手掛けとイスの上部にちりばめられている。豪華な造りだ、それなのに……。
なぜだろう、ものすごく寂しい印象を受ける。一人では、孤独だと感じてしまいそうなイス。けれど、私は一人じゃなかった。
足元に、華奢な男の人が縋り付いている。彼がかき抱くように私の背中に手を回す。その細い体のどこから出るのか、あまりにも強い力。背中に指が食い込んで痛い。その力強さとは裏腹に、俯く彼はひどく頼りない。顔は見えないが、泣いているのではないかと思った。そんな彼の黒く艶やかな髪をなでてやる。心が伝わるように、ゆっくりと、そっと。脆い彼を愛しく思う。同時に、いつまでもここにはいられないことを知っていた。
愛しくて、切ない。もっと、私は……。
自分が涙を流していることに気が付いて目が覚めた。淡い水色の天井がかすんで見える。カーテンから差し込む光に目を細めた。
「またあの夢?」
夢にしては生々しかった彼の髪の感触と、胸が苦しくなるような気持ちに動悸が治まらない。どうして、私は彼をあんなにも愛しく思っていたのだろう。
「結希――!学校に遅れるわよ!!」
二階の自室までよく通る母の声で完全に目が覚める。また色々と口うるさく言われる前に下の階に行こうと、急いで高校の制服に着替える。薄く心地よい手触りのミルク色のブラウスを身にまとい、紺色のブレザーに袖を通して着替えを終えると、重い足を引きずって階下へ向かった。あんな変な夢を見たのはあの人のせいかもしれない、そう思いながら。
階段の最後の一段を降りたところで足が止まる。階段を下りた右側にはリビングにつながる戸がある。あとはこの戸を開ければいいだけなのだが、それだけのことに手が止まる。こわい。自分の手がかすかにふるえていることに気付く。しかし、避けては親に怪しまれる。ゆっくりと深呼吸をして、いっきに戸を開けた。
リビングに入ると、やわらかく微笑みかけてくる少年と目が合う。少し茶色がかった髪を肩につかないくらいの長さに清潔に整え、白く端正な顔立ちをしている。常に微笑みを絶やさない彼は結希と同じ年の従兄弟だ。結希の定位置の隣に腰を掛けて、朝食の食パンを咀嚼していた。
「結希も颯真くんを見習いなさい。いつもぎりぎりまで寝ているんだから」
「う、うん」
結希がやってきたことに気付いた母親がいち早く注意を促す。お小言もいつものことだが、従兄弟の早見颯真、彼と比べられ溜息を吐かれるのもいつものこと。
「おはよう、結希ちゃん」
結希が朝食を食べようとイスに手をかけると、颯真がいつもの笑顔で話しかけてきた。自分の肩が意志に反して大きく上下してしまう。
「お、おはよう。颯真くん」
横に居る彼にそう返す。違和感を与えずに挨拶することができただろうか。颯真の瞳が鋭くなったのを感じた。朝の光は眩しいほどなのに、彼の横のこの席だけ、黒く染まっているように感じる。
「はい、食パンとスープよ。はぁ、結希、あなたも颯真くんみたいにもう少ししっかりしていれば安心なのだけどね」
「いいえ、僕なんて全然ですよ。それに、結希ちゃんは今のままで十分です」
「そう?相変わらず颯真くんは優しくて、いい子なのよねー」
仲良さそうに話しをする二人をよそにそそくさと食パンを齧る。昔からずっと好きな黄色いシールが目印のバターを塗っているのに、味を全く感じられないことが悲しかった。
朝食を終えると、二人そろって玄関へと向かった。ローファーに足をいれる。玄関まで見送る母はやはり颯真の方を見ていた。
「いってきます」
「では、叔母さん。いってきます」
丁寧にあいさつをする颯真に、母は笑顔で手を振る。
「いってらっしゃい。颯真くん、気を付けてね。結希もよ」
おまけのように付け足された自分の名前。視線が俯く。いつも結希は付属品だ。
家からしばらく離れたところで、颯真の足が止まった。
「結希」
突然名前を呼び捨てにされ、足が地面に縫い付けられたかのように動けなくなる。冷や汗が噴き出す。自分は何か過ちを犯してしまったのだろうか、思い当たることを探し出そうと頭がいっぱいになる。
「さっき、僕が挨拶しただけでビクビクしていたよね。悲しいな――」
探るようにこちらを見ながら、しらじらしく言葉を紡ぐ颯真。
「ご、ごめんなさい」
「なに?聞こえない」
「ごめ、ごめんなさ……っ」
颯真が一足で距離をつめる。息をのむ。喉が上下する。外は冷たい風が漂っているというのに、額に汗が滲んだ。その緊張が伝わったのか、颯真は軽やかに笑った。
「そんなビクビクしないでよ。そんなことじゃ――ばれちゃうよ?」
「――っ」