40.深まる夜に
ユメリエンの街の一角。地元の者で賑わう酒場に、イルハとシーラの姿があった。壁際に置かれた丸テーブルの前で、椅子を寄せ合い座っている。ここももちろんレンガで出来た建物で、二人の前には分厚い赤茶色のレンガが均一に積み重なっていた。
「イルハは平気なんだね」
「えぇ。辛味には強いようです。デザートでも食べます?」
「うーん、どうしようかなぁ。イルハは好きに食べていいよ」
「店の方と相談して決めましょうか」
若い男に注文を頼むと、二人はすぐに届いた酒を楽しんだ。パイナップルの酒である。グラスにたっぷり注がれた鮮やかな黄色い液体は、やはりとても美しい。
「シーラ、疲れていませんか?」
「元気だけど、どうしたの?」
「では、周りに聞こえないようお願いしても?」
目を見開いた後のシーラは、とびきり優しい笑顔を見せた。
「イルハって、どうしてそんなに面白いの?」
「あなたに分からなくて、どうして私に分かるのでしょう?」
微笑むシーラの右手を取ったとき、ふわっと何か温かいものに全身が包まれた感覚をイルハは味わった。
「何を聞きたいの、イルハ?」
「夫として聞かせていただきたいのですが」
「タークォンにはないと言いたいのね?」
「あなたが信じられるかどうか、それはあなた次第になります」
シーラはふふっと小さく笑うと、イルハの手を握り返した。
「イルハの情報屋さんは、なんて?」
「知りたいのであれば、私からというわけですね」
イルハもまた優しく微笑すると、いつもよりゆったりとした口調で語り出す。
「ライカルで軽く伝えましたが、ユメリエンで暴動を起こす企てがある、これが私の聞いた情報です」
「いつ、誰が、どこで、どうやって。それは?」
「その前に私も聞いていいですか、シーラ。あなたはどちらにあるんです?」
またシーラはふふっと小さな笑みを零した。二人のときしか見せない、このシーラの笑い方は、イルハにとっても特別な感情がある。愛おしくなってグラスを置いて、シーラの頬に右手を伸ばした。イルハの指先が頬に触れると、シーラはくすぐったそうに、また小さく笑うのだ。
「私はいつも海にあるんだよ」
「彼らもまた海にあるようですが」
「海のものは、あんな風に集わない」
イルハは頷き、右手を戻して、また先を語る。
「あなたの気に入らない方の彼らが、西側にも手を回そうとしていると、警告を受けました」
「イルハは面白いなぁ。私があれに関わるかもしれないのに、妻にしたの?」
「それは警告を受ける前の話です。もっとも、あなたがあれと表現した彼らの仲間であると疑ったことはありませんが」
疑いがないからこそ、今、聞いたのだ。もっと深い話をするために。
「関わりがないとしても、海のものだよ?その警告を受けてもなお、妻にしておいていいの?」
「そのようなことなど気にならないくらい、あなたを妻にしたいと願い、何を聞いてもそれが変わらないほどにあなたを想っている。そのように捉えてくれませんかね?」
シーラの体が傾き、その顔がイルハの腕に寄り添った。イルハがそこで繋いでいたシーラの手を離して、堂々と背中から腰に腕を回したから、シーラの顔はイルハの脇腹へと落ち着いた。
「あなたの国にも、同じ者たちが手を回していましたね?」
「恨みはないよ、イルハ。本当に何もない」
「私はただ事実を知りたいだけです」
「今となってはそれも分からないことだよ。分かっているのは、クランベールはもうないということだけ」
イルハは頷き、一度酒を飲むと、さらに語った。
酒場は多くの人で賑わっていたが、不思議と二人の耳には喧噪が届かない。いや、イルハにとって、これはもう不思議なことではなかった。
いくら夜が更けようと暑い国であるのに、今宵それを感じないのは誰のおかげか。イルハはよく分かっている。
「彼らの目的はなんです?」
「それは私に聞いても分からないよ」
「接触はありましたよね?」
シーラは答えなかった。あったということだ。
「あなたと仲の良い彼もまた、あちらにはないと思っていいですね?」
「フリントンは、誰かと一緒には動かない」
「あなたを除いて、ですか?」
「それは違うよ、イルハ。フリントンは、私とも一緒には行動しない」
「……正直に言っておきます。その情報屋はあなたたちに関してある憶測を伝えてくれました。あくまでそれは彼の憶測であって、情報屋の範疇にない仕事ですが」
正しい情報は、フリントンがシーラを執拗に追い回す、それだけだ。しかし情報屋は憶測として、ある物語を組み立てた。それを聞かせてくれたのも、イルハが幼い頃から彼と懇意にしてきたからだろう。普通の情報屋はそのような不確かな情報を提供しない。
「憶測なんだよね?」
「そうですが、情報屋の説明は私にも納得出来る形に収まっていました。集めた情報から、想定した話としては、ある程度信用出来るものではないかと」
「珍しい情報屋さんだね」
「あなただから伝えていますよ」
イルハはシーラが何かすると思って、言っているわけではない。それもシーラは分かっているのか、くすっと笑った。
「イルハは、私たちが本当の情報を世界に提供すると思うの?」
「そうは思いませんね」
シーラが楽しそうに笑い出す。
「イルハって面白いなぁ」
「今宵はもっと楽しみましょう。あなたとフリントンと、幾名かが、集まって何かしている。それは違いませんよね?」
くすっと笑ったシーラは顔を上げた。自然とイルハも下を向き、二人の顔が近付く。
「海にあるものは集わないんだよ」
「それぞれに考えを異なりながら、協力するという形ですか?」
「それも違うね。だけど私たちはお金のために働くことはある。その仕事が重なることはあるかもしれないね」
「そこに何の思想もないとは言いませんよね?」
「仕事はそれぞれに選ぶものだよ、イルハ。そこに同じ思想なんか、存在しない」
ここで音の質が急に変わった。
若い男の店員が、イルハが選んだ料理と、シーラのために頼んだパウンドケーキなるものを運んで来たからだ。
「わぁ!いい匂い!」
皿には生地だけの四角い茶色のケーキが分厚くスライスされた状態で並んでいた。練り込んで焼かれているのか、生地の中には煮詰めたフルーツが散らばっている。シーラはすっかりこのケーキに気を奪われて、自然とイルハと触れていた体が離れた。
「ねぇ、イルハ。まさか辛くないよね?」
「甘いお菓子だと言っていたでしょう」
「そうだったね。食べてみよう!」
切り分けてあるから手で食べろということなのか、フォークなどは添えられておらず。皿の前で手を合わせたシーラは、フルーツがたっぷり入ったそれを手に取り、一口頬張った。すぐにシーラの瞳が輝く。
「美味しいよ、イルハ!ユメリエンには、こんなに素敵なデザートがあったんだ!」
「食べたことがなかったんですか?」
「デザートまで辛かったらどうしようかと思って、いつも果物を食べるくらいで済ませていたの」
シーラでも人に聞かずに辞めることがあるのだなぁと、イルハは少々驚いていた。
そういえばこの国はその時期でない限り観光客に優しくないと言っていたが、以前に何かあったのかもしれない。
「そうでしたか。それなら、今日は食べられて良かったですね」
「イルハのおかげだよ。ありがとう!凄く美味しいから、イルハも食べてみて」
辛い豚肉料理を前に、デザートか。とイルハは思ったが、シーラの手からパウンドケーキの欠片が口元に運ばれると、自然口を開いていた。
「お酒の味が強いですね。これは美味しいです」
「お酒をどうやってケーキに入れているんだろう?焼く前の生地に合わせちゃうのかな?」
「これはフルーツをお酒に浸けているのでしょう」
「イルハはデザートにも詳しいの!」
「そこまで詳しくはありませんが、タークォンでも、酒に浸けた果物が入ったケーキがありますよ。戻ったら食べましょうか」
急にタークォンが懐かしくなったのは、イルハだけではない。
「リリーの料理が食べたくなってきたね。リタたちはどうしているかなぁ?」
こうやってタークォンを懐かしんでくれることが、イルハにはとびきり嬉しいことだった。
「きっと泣いて暮らしていると思いますよ」
「イルハが長く家を空けることはなかったものね」
「いえ、おそらくはあなたとテンのために泣いています」
「私たちなの!」
「主人より、二人が気になるそうで」
「本当かなぁ?」
「出航した日のあれをどのように解釈したら、違うと言えそうですか?」
楽しそうなシーラを横目に、イルハは会話を戻すことにした。この妻を前に、機会を逃してはいけない。
「私はタークォンのためならば、何でもしますが。あなたのためにも何でもしますよ、シーラ」
「イルハは私が何かすると思っているでしょう?」
「そのためにここに来て、さらに私たちを連れて来た。違いますか?」
次のパウンドケーキへと伸びていたシーラの手が止まった。そういえば、また静寂だ。
「イルハが想うことを言ってみて」
「あなたはタークォンを、いえ、ユメリエンも、ライカルも、どこもどうにかする気はないですね」
「私は国に手を出そうとは思わないよ」
「それでも彼らは気に入らない。これも正しいですか?」
「好きではないと言っておくね」
「国ではなく人となら対峙する。これはどうです?」
「人と争うことも好きではないよ?」
「では、気に入らない彼らと対峙する者からの依頼を仕事として受けることはある。こうですね?」
シーラはふふっと笑って「さぁ、どうかな?」と濁すのだ。
イルハは止まらない。
「それが可能であるとすれば、国ではなく、国にある者と協力する。これはどうでしょう?」
「それはタークォンとして?それともイルハと?」
シーラの止まっていた手が動いた。切り分けられたパウンドケーキを一枚取って口に運び、一口食べてはにこりと微笑む。「美味しいねぇ」と言って。
イルハも語りながら、料理を楽しんでいた。イルハには分からない草が巻かれた豚肉を焼いて辛く味付けたそれは、確かに辛いが、イルハには素晴らしい味わいである。香草なのか、草の独特の風味が辛さに隠れず鼻に抜けて、それが辛さのいいアクセントになっているのだ。辛いだけの料理ではない。
頬張っていたものを飲み込み、それから軽く酒を流し込み、ようやくイルハは答えを言った。
「あなたの望む方で、と言っておきましょう」
「それは狡いよ、イルハ。私には選べない」
「選ばなくても構いませんよ。いずれかのとき、私が選ぶことになるでしょう。今は、あなたにその意思があると分かれば、それでいいんです。あなたがここに私たちを連れて来た意味も理解出来ましたから」
シーラは声を上げて笑った。我慢出来なくなったのだ。
「イルハって本当に面白いや。ねぇ、イルハ。もうすっかり考えているのでしょう?それを全部教えてくれる?」
「それで楽しいですか?」
「それもそうだね」
「楽しい話はこれからゆっくりしていくとして。その前にお聞きしたい。タークォンが消失する可能性はどれくらいだと思いますか?」
イルハが言ったとき、ちょうどシーラはパンケーキを口に入れたところで、回答までに間が空いた。
今宵の会話はゆったりと進んでいるが、二人ともに他意はない。
「可能性を語るまでもなく、完全に」
「期限はどう見ていますか?」
「そう早くはないよ。彼らはとてもゆっくりと動くから。じわじわと影響を与え、浸食し、誰も彼らのせいだとは気付かないように終わらせる。それにこちらは冬があるから、今までと同じようにはならない。その影響を考えて、これだけ待っていたんだと思う」
イルハは頷いた。仕入れた情報はどうやら正しい。
「はっきり言っていただき、助かります」
「イルハは凄いね。怒らないの?」
「怒る必要がどこにあるのでしょう?それより、考えることが山積みです」
「その情報屋さんは、いつから警告を?」
「漠然としたものは、あなたが二度目にタークォンに来た、翌年の夏のことでした。当時はしかし、不穏な噂が流れていると聞いただけで、詳しい話は仕入れられていません。出来るだけ早く情報を集めるようにと依頼しまして、ようやくそれが手に入ったのは最近のことです」
「私の情報は?」
「あなたのことを調べてもらえないかとお願いしたのも、同じときでした。当時はあなたに関しては、何も知らないと言っていましたね」
それは本当だった。イルハは海にあり続ける少女が何者か、目の前のシーラに触れながら探っていったのだから。すぐに分かったことは、確かにそういう名の少女が海を渡っている。それだけである。
「それは良かった。それで、結果はいつ貰ったの?」
「同じときですよ。あなたと夫婦になった後で情報屋に会うことが出来まして。そこであなたの話と共に、タークォンへの厳しい警告を受けました」
「憶測まで語ったのは、結婚したと聞いたからだね?その人は、私なんか辞めておけと言っていた?」
「そのような判断を押し付ける人ではありませんが、遠回しになかったとは言いません。たとえば、あなたが東の方で何かしてきた話などを聞きましたから」
「東?テンを拾った話かな?」
「その少し前の話です」
シーラはにっと笑うと、それからまたパウンドケーキを食べ始めた。かなり気に入ったようである。
「ねぇ、イルハ。食べ切ったら、おかわりしてもいい?」
「もちろんですよ。明日の朝の分も買って戻りますか?」
「わぁ、素敵!テンも喜ぶよ」
「彼は何でも食べますね」
「ねぇ、凄いの。私もびっくりしちゃった」
「彼を連れ回す理由は、彼だけの理由ではありませんね?」
「それは考え過ぎだよ」
「そうでしょうか?」
イルハは今、とても楽しかった。ようやく妻をつかまえられて、深く語り合えているのだから。
「私がテンを連れ回すという考えも持っていないよ。確かに私はテンを気に入っているけれど、乗ると決めたのもテンだし、いつ船を降りるのか、それもテンがこれから決めるんだから」
「テンが決めたから、乗せたんですね?」
「それはもちろん。人でなくなる覚悟がなければ、乗せられないからね」
「海の理ですね。それも情報屋からようやく教えて貰いました。本当はあなたから聞きたかったのですが」
シーラはパウンドケーキを頬張りながら、優しく微笑むのだ。
「海のことは、海にあっても語らないんだよ、イルハ」
「それさえ聞きたいと思うのは、夫として甘え過ぎですか?」
「イルハは狡いなぁ」
シーラは嬉しそうに笑って、またパウンドケーキを一口齧った。
「不思議なもので、テンのことも今や大事に想う気持ちがあるんです。ですから、知られるところまでは教えて頂きたいと願っています」
「テンは可愛いからね」
「えぇ。彼の成長が楽しみです」
子どもの成長を楽しむことなど、かつてのイルハにとっては考えられないことであった。子どもどころか、誰にも興味を示してこなかったのだから。
テンのことを長く語るのもいい。けれどももっと話したいことが、今宵は多過ぎた。
「何かする、しないではなく、あなたの気持ちを教えてください。あなたはタークォンを温存したいという気持ちがありますか?」
シーラは一度酒を流し込んでから、イルハを見詰めて、今夜一番の優しい笑みを浮かべた。
「私はね、イルハ。海にあって沢山の国を見て来たから、気付いているの。留まるものは何もなくて、世界は変わり続けるものだって。それに世界が変わっていく様を見るのも、とても楽しいんだ」
「彼らの目的が達成したとしても、それもまた世界の変化になりますね」
「そうなるなら、私はそれでもいいと思う。だけど私はこうも思うの」
イルハにはシーラが歌っているように聞こえた。シーラの声があの出会ったときの美しい歌声と重なっている。
「古くから紡いできたそれを、大事に、大事に、長く繋いでいくこともまた、変化なんだなぁって。変化しないように変化していく。言葉にすると、とてもおかしいことだけれど、そういう変化もあるんじゃないかな」
「分かりますよ。タークォンにもそれが沢山存在していますね」
「そうなんだ。それで私は、そういう変化が大好きでね。そうやって大事に続けているものを、あえて壊そうとする人がいるなら、抵抗する人がいてもいい。こうも思うよ」
「それがあなた。いえ、あなたたちの共通意思ですか?」
「違うよ、イルハ。私たちはいつも集わない。それぞれに思い、それぞれに動く。それだけだ」
「それでも協力していますよね?」
「陸と同じように考えたら、痛い目に合うよ、イルハ。本当に気を付けて」
シーラがはっきりと警告をすることは、あまりない。
シーラ自身も、フリントンらを信用していないということか。イルハはそのように捉えた。仲間のようで、仲間ではないのだろう。
「ではあなたの想いだけを聞きます。それは国のためにではなく、人のためですか?」
主君と同じ質を、確かに妻から感じることがある。
イルハは食べる手を止めて、再びシーラの腰に手を回した。ところがシーラはパウンドケーキを手に持ったままで、食べながらイルハの脇に寄り添うのだ。
「それも違うかな。私はいつも、私のためでしかなくて、私が決めたことをするだけだから」
「協力は出来ますか?」
「もう夫婦だよ、イルハ」
「そうでしたね」
聞きたいことが山ほどあるのに、言葉が出なくなった。イルハは思う。受け取った情報と、さらに自分で調べ上げたことをまとめ、それから考察して検討してきたことが、現実化していこうとしている。それはとても恐ろしいはずなのに、どこか喜びを感じるのだ。不謹慎だと思うも、自分の感情を止められない。
「ねぇ、イルハ」
「どうしました?」
「人はいつか消えると知っているけど……」
「それは私から願いたいところですが」
「……駄目かなぁ?」
シーラが顔を上げたとき、イルハは顔を落として唇を重ねた。店内の端のテーブルだ。周りからは背中しか見えない。
「辛くて嫌」
言われたイルハは笑う。
「これは申し訳ないです」
「あとで沢山歯を磨いて!」
「そうします。うがいも念入りに」
それから二人はしばらく黙って寄り添っていたが、またイルハから口を開いた。
「あなたにどうしても聞きたいことがあります。魔力のことです」
「海の魔術師は何も語らないよ」
「あなたはかつて、海の魔術師は伝える人を選ぶと言っていませんでしたか?」
「……言ったかなぁ?」
シーラも案外と適当なのか。イルハは笑って、さらに言った。
「ですから、夫として聞きます。幼い頃に、情報屋から洗礼の噂話を聞かせて貰いました。それは子どもだましのおとぎ話のようなもので、当時は楽しく聞いておりましたが。あなたのことを調べる依頼をするときに、それについても詳細を教えて貰えないかと依頼していたんです」
「その人は何を言ったの?」
「完全なことは分からないと。けれども、あなたにとって、とても良くないことですね?」
顔を上げたシーラの顔付きが、ほんの少し前のものとは違っていた。
イルハには答えが分かる。
「辞めるようには言えません。それを辞めても、あなたは危険に晒される。そうですね?」
「どう聞いたら、そうなるのかな?」
「いずれにせよ危険ならば、なるべくここに」
「ここって?ユメリエンに残るの?」
「いいえ。私と共にあってください」
シーラの目が丸くなる。
「イルハと一緒にいたらいいの?」
「夫が妻といたいと望むことは可笑しくありませんよね?」
シーラはまた明るい声で笑った。
「やっぱり面白いね、イルハ」
「面白い夫が、面白いことを言い出したと。そう言い降らせばいいでしょう。タークォンにも共に戻りましょう。それから長くタークォンに留まってください」
「うーん。冬は困るなぁ」
「まさか半年も夫に会わない気ですか?」
前と違って、イルハも堂々と自分の気持ちを伝えている。夫婦になってからも、イルハはどんどん変わっているのだ。
「だって船が出せないよ」
「タークォンに留まってみたらいいでしょう。冬は嫌いです?」
「冬はよく知らないの」
海にあればそうだろう。海の凍る冬を避けて、船を動かすのだから。
けれどもシーラはそれだけではない。
「あの国も、春と夏と秋しかなかったからね」
「そうでしたね」
「だから冬と言われても……海が凍る嫌なイメージしか浮かばなくて」
「冬もまた美しく、楽しいものですよ」
「本では読んでいるんだけどね」
「あなたの好奇心をくすぐりませんか?」
「見てはみたいよ。だけど海に出られないと考えただけでムズムズしてくるの」
困った顔をする妻が愛らしくて、イルハはまた顔を寄せた。シーラが笑って嫌がるから、とても軽いキスを置く。
「夫からのお願いは聞いてくれませんか?」
「イルハのことは大好きだけど、それとこれは別じゃない?」
「別にしないでください。その大好きな夫からの願いです」
「海が凍るから」
「凍るから、タークォンに留まるのですよ」
「凍るから、冬の来ない海に行くんだよ?」
「あなたとテンが留まれば、リタもオルヴェも喜ぶでしょうねぇ。張り切って、冬の遊び方を教えてくれるでしょう。冬の料理も体が温まり、格別に美味しいものですよ」
「イルハって、狡い」
「駄目でした?」
「駄目じゃないけど、駄目!」
「駄目と言わず、考えてください」
「イルハが海に出たらどう?」
「船に乗せてくれるのですか?」
「それは……どうだろう?」
見つめ合い、笑い合い、触れ合って。楽しく過ごしているのに。時々恐ろしい会話になった。そんな変わった夫婦の夜が更けていく。
イルハには、ユメリエンを出るところから、シーラを手放すつもりがなかった。ここからは離さないと決めていて、勝手に計画を立てている。あとは妻がするっと逃げてしまわないよう、手を握り締めておくことだけだ。
すっかり酔いが回った頃にイルハは聞いた。ユメリエンについて語っていたときだ。
「この国ですでに協力出来ることはありますか?」
「まだ何もないよ。ただ見てくれるだけでいいの」
イルハは静かに頷いた。このときにここにあること。それは必ず、未来のタークォンを助ける。それが彼には見えている。




