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海の神々へ捧ぐ音(なろう版)  作者: 春風由実
第二章 海の洗礼

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37.一休み


「小さな池にも、こんなに大きな魚のいることがあるんだな」


 大きな二匹の魚は、どちらもヤニが釣り上げたものである。これを焼いて、皆で食べることになった。さらにシーラが用意した弁当があって、少し早いが昼食として合わせてここで楽しむことになった。

 弁当の中身は、ユメリエンらしくない辛くない料理だ。弁当箱は元々大きな作りであるのに、三段にもなっていて、この全部が辛さのない料理であったから。ユメリエンに着いてからというもの、腹が満たされることのなかった男たちは、大層喜んだ。トニーヨなど珍しく遠慮もせずに、ガツガツと食している。


「それは違うよ、王子。この池は小さくない」


「どう見ても小さいよな?」


「そう見えるけど。向こう岸は、岸じゃないよ。葦が生い茂っていて岸辺のように見えるけれど、下は水なんだ」


「この池は見えている部分だけじゃねぇってことか?」


「まるでユメリエンみたいでしょう?」


 王子はなんのことか分からず、シーラを眺めた。さて、こいつは何故ここにいるのか、と考える。フリントンが裏を見ろと言ったことと関わりがあることは間違いない。それよりも、シュウレンとタビトを引き連れていた理由は何だ?

 答えを求めてイルハに視線を移したが、ようやくシーラの隣に座ったイルハは、愛おしそうにシーラを見詰めるばかりで、王子の視線には気付かなかった。


「ユメリエンはどう?楽しんでいる?」


「楽しでいるとは言えねぇな。暑さも料理も酷過ぎる」


「辛い料理ばかりですからなぁ。トニーヨ殿など、今はよく食べておりますが、先まで腹を壊しておりましたぞ」


 嫌味のように、カイエーンは言った。自分とて、豚肉料理に苦戦しているというのに。とトニーヨは思うが、さてそれは張り合っていいことかと考え、自重する。豚肉を口にしてしまったことを、タークォンに戻ってから後悔するのではないか、それをトニーヨは恐れていた。


「それなら、いい薬があるよ。ねぇ、テン」


 テンがガサガサと袋を漁って、小さな白い紙の包みをトニーヨに渡した。


「とても苦いけど、凄く効くんだよ。味わわないように、水で一気に流し込んだ方がいいね」


「これは有難い。今は調子が良いので、後で頂きます」

 

 言いながら、トニーヨの顔が引きつっている。彼は辛さだけでなく、苦さも苦手だった。

 シーラが分からないほどに小さく笑い、イルハと視線を合わせていた。イルハも妻と再会出来て、嬉しそうである。


「どうにも腑に落ちぬことがあるんです」


 トニーヨが珍しく語り出した。


「どうしたの?」


「冬の間、ユメリエンを楽しんで来る者たちから聞いていた話とは違うように思えるのです。彼らは皆、わざわざタークォンの冬を避けて、この地を楽しんでいるはずで、誰もこのように厳しいことがあるとは申しておりませんでした」


「あぁ、それはね。季節が違うからだ。今はあまりいいときじゃないんだよ。ねぇ、ヤニ?」


「俺たちもこの時期には滅多に来ないな。この季節は冬のある国を楽しんだ方がいい」


「そうそう。ユメリエンみたいな国は、冬に来た方が過ごしやすいんだよ」


「いつも常夏の国ではなかったのですか?」


「いつも夏であっても、暑さは時期によって違いがあるんだ。ここまで冬が降りては来ないとしても、近付いて来ることには違いないからね。たとえば、万年春の国のモンセントでも、肌寒い日と軽く汗ばむような日があるんだよ」


「この時期に、夏だけの国にあえて来る者は少ないよな。ユメリエンに今来ている奴らも、ほとんどは仕事で来ているはずだぜ」


 ヤニの言葉に、イルハは疑問を呈した。


「ライカルも夏だけの国ですが、あの国は観光客が多いように見受けられましたね」


「ライカルは暑い国の中でも涼しい方だから、暑さが好きな人にはいつもちょうどいい国なんだよ」


「それに高地は案外と涼しいからな。あの国は避暑地が多いから、夏を楽しむにはもってこいだ」


 ヤニもシーラ側の人間だと、思い知らされるイルハだった。海を流れ、あらゆる国に立ち寄るという生き方でしか知らない価値観を、ヤニとシーラは共有している。

 だがイルハは、これをシーラから教わることは出来た。それが今は楽しいし、前ほど二人の違いに悲観的にはならない。ほんのりと悔しさのようなものは覚えるが、それでも受け入れるしかないところで悩む必要性を感じなくなっていた。

 それもこれも、シーラを妻にしたからだろう。


「辛い料理があるとも聞いていなかったのですが」


 トニーヨはやけに不満そうだった。旅の疲れが、いつも奥に隠していた負の面をじわじわと表に移動させている。


「冬が降りる頃には旅行者が増えるからね。旅行者向けに辛さを調節した料理が出るようになるんだよ。ユメリエンは豚肉料理ばかりだけど、旅行者に合わせて魚料理や野菜だけの料理も増えるんだ」


「何だって?それなら今も出せるよな?」


「それはどうかなぁ?」


 シーラはふわりと言うと、テンと視線を合わせた。テンは焼いた小魚を頬張っていたが、頷き、口を開く。


「この時期はお願いしても断られるんだよね。材料がないとかで」


「材料くらい、どうとでもなるだろうよ。そもそも辛さを減らすだけだぜ?辛くしているその味付けを辞めて貰えばいい話だ」


「宿に戻ったら頼んでみましょうか」


「辞めておいた方がいいと思うけど。ねぇ、シーラ?」


 シーラは頷き、テンから視線を移すと、王子より先にイルハを見詰め、微笑んだ。それから王子に視線を移す。


「下手をしたら、宿を追い出されるからね」


「はぁ?そんなことでか?」


「ユメリエンの人たちは、この時期の旅行者を望んでいないんだよ」


 王子はさっぱり分からんという顔でシーラを見詰めたが、シーラはにこりと微笑んで、イルハを見やった。そしてまた、王子に視線を戻す。いちいちイルハを見る必要性がどこにあるのかと疑問を持ち、王子は初めてこの夫婦に苛立ちを持った。


「辛くない料理を出す店があるから、あとで教えてあげるよ。そこに行くと、辛い料理が一つも出て来ないからね」


「それを早く言え!」


「さっき会ったばかりだよ、王子」


 それもそうだったと思いつつ、王子はこれまで苦労したあの辛い料理を思い出すだけで、嫌な気分になった。タークォンの王子で良かったと、心底思うのである。


 それからも話題はユメリエンの街で感じた不満や鬱憤についてだった。王子、トニーヨ、そしてカイエーンも、これについてはよく語った。それにシーラとヤニが同調し、あるときは否定的な意見を伝え、ユメリエンの事情を説明した。イルハは聞き役に徹していたが、時折知っている情報を補足し、皆の疑問をはっきりと言葉で示してみせた。

 しかしシュウレンとタビトは始終大人しかった。二人は輪に入らず、少し離れたところで、池を見詰め、別の弁当を食べている。

 そんな二人に、シーラは何の興味も示さず、話の輪に加えようとさえしなかった。それが不思議で、イルハは時折二人を観察するようにしていた。

 何故妻は、シュウレンとタビトを連れて来たのか。これを聞いて、はたしてすんなりと教えてくれるのだろうか。今夜は共に過ごしたいと願いつつ、すでに動き始めたものを確かにイルハは感じ取っている。


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