34.ユメリエンの朝食
それはホテルのレストランで朝食を取っていたときのことだった。丸テーブルを四人の男が囲んでいる。タークォンからやって来た王子、イルハ、トニーヨ、カイエーンだ。タビトとシュウレンは同じホテルにも居ない。
どの者も朝からすでに疲れている。
深夜には外の熱気がほんのりと柔らかくなっていたが、レンガ造りの建物は日中に熱を溜め込んでいるのか冷えることを知らず、窓を開けたくらいでは部屋が涼しくなることはなかった。
それぞれに寝苦しい夜を過ごした後で、睡眠不足と長旅の疲れから、とても気分が良いとは言えない状態にある。
イルハにとっては、シーラに会えなかったという事実がさらに追い打ちを掛けていた。あえて会わないでいるのだろうと捉えようと、妻に会いたいという気持ちが変わるわけではない。そこに満たされない想いは生じる。
「朝から元気がないなぁ。シーラに会えなくて、落ち込んでいるのか?」
明るい声に顔を上げると、王子の後ろに小柄な若い男が立っていた。王子とイルハには見覚えがあったが、トニーヨとカイエーンには知らない男だ。
「お前は確か……」
「ヤニだ。覚えておいてよ」
ヤニはそう言うと、テーブルからひとつパンを奪って食べ始め、隣の席から椅子を引いて、王子とイルハの間に座った。
「あんたらをこの国の裏側に連れて行けと言われたんだ。行く気はあるか?」
「お前の頭がそう言ったのか?」
「俺は頭以外の言うことは聞かない」
ヤニはあっという間にパンを食べ終えて、次のパンに手を伸ばした。
ユメリエンは固いパンの上に、小さく刻んだ豚肉と野菜を煮込んだものを乗せ、さらにチーズを掛けて、焼いて食べる。もちろん辛味の強い味付けだ。
これに、これまた辛い野菜のスープを添えたものがユメリエンらしい朝食で、どのホテルでも似たような朝食しか味わえない。
これが王子とトニーヨをうんざりさせていた。トニーヨなど辛さに負けて、昨夜から胃を壊している。
意外にも、イルハとカイエーンはこの国の食事の辛さを楽しむ余裕があった。
こればかりは個人の嗜好と体質の問題でどうしようもないが、おかげで王子はあまり機嫌が良くない。
暑苦しさ、合わない食事は、嫌でも人の元気を奪う。
トニーヨは機嫌が悪いことはなかったが、すっかり気落ちしていた。
「その頭はどうしたんだ?」
「あんたらに構っている暇はないとさ」
「その割にお節介だな」
「辞めておいてもいいよ。俺は別に案内したいわけじゃない」
「裏側というのは、この国の階級制度に触れられる場所に行くという意味ですか?」
機嫌の悪い王子に代わって、イルハが尋ねた。
「なんだ、知っていたのか?」
「多少は調べてあります」
「ふーん」
イルハをじっくり眺めた後、ヤニは笑った。
「行く気なら、連れて行ってやるよ。外から来た者が裏を見るには、少しのコツがいるからね」
「そこで、シーラに会えるんだな?」
聞いたのは王子である。
「俺は知らないね」
「もしかしてお前もまだここでは会っていないのか?」
ヤニが初めて王子を睨んだ。こちらは、いつも陽気な男ではないらしい。王子たちが出会った僅かな海のものの中では、最も素直に負の感情を示した男と言えよう。
「会ったけど、それがあんたと関係あるか?」
「関係はないが、その顔はあまりよく話せていないという顔だな?」
「関係ないことを、勝手に想像するな」
「海にあっても、いつも会ってよく話すというわけじゃなさそうだな」
「海にあると皆が仲良し小好しだとでも思っていたのか?」
「いつも自分たちは特別な存在だと言っているようだから、仲間意識が強いのかと思っていたぜ?」
「あんたがそれを言うのかよ」
ヤニは吐き捨てるように言うと、「あーあ、引き受けるんじゃなかった」と呟いた。
「お前らの頭が、命ずることもあるんだな」
「はぁ?何を言ってんだ?」
「頭に命じられて来たんだろうよ?」
「違うね」
「違うって、じゃあなんだ?自分の意思で来たのか?」
「そんなわけねぇじゃん。勝負に負けたんだよ」
「勝負だぁ?」
「うるせぇな。もう早く食べろよ。急がねぇと、連れて行ってやらねぇからな」
ぶっきらぼうに言うと、ヤニはさらに別のパンを取った。よく食べる男で、王子にはそれがテンと繋がった。
トニーヨとカイエーンは事態が飲み込めず、何度か顔を見合わせそうになって、それぞれに我に返って顔を逸らした。まったく面倒な関係だと、イルハはひっそりと思いながら、これから起こることに想いを馳せる。
間違いなく、ここでの経験は自分のためになる。それをシーラが導いてくれているのではないか。そんな気がしてならない。
この暑く不快な国で、一刻も早く妻に会いたいと、イルハは願った。




