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海の神々へ捧ぐ音(なろう版)  作者: 春風由実
第二章 海の洗礼

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33.二人の仲


「意外と見付からねぇな」


 王子一行は早々にユメリエンの熱気に負けて、料理屋に入った。レンガで出来た店内は日差しを遮ってくれる分、少しは楽になったが、そのレンガが熱気を溜め込んでいるせいか、暑さに陰りがない。

 これがタークォンの男たちを苦しめた。

 カイエーンなど、出された水をあっという間に飲み干して、店員を呼び止めて、水入れごとテーブルに置いてくれと頼んでいる。


「どこかで遊んでいるのでしょう」


「余裕じゃねぇか。もっと焦って探し回るかと思ったぞ」


「早く会いたいとは願っています」


「少しは隠せ」


 イルハが微笑したとき、トニーヨとカイエーンは驚き顔を見合わせたが、二人ともすぐさま顔を背けた。イルハの優しい笑みはこの旅の間にも何度も見た二人だが、まだ違和を感じるらしい。それでも二人はこの気持ちの悪さを共有したくはないようだ。

 二人の態度に、王子とイルハが酷く呆れている。


「ユメリエンの料理は辛いものが多いようですが、皆さん、問題ありませんか?」


 メニューを見ながら、イルハは言った。念入りな下調べは済んでいた。王子を連れるのだから、当然である。


「暑い国の者たちは、辛いものが好きだそうですなぁ」


 カイエーンは呑気に言って、また水を飲んだ。


「暑い国で、どうして辛いものを食べるんだ?」


「余計に汗が出て不快さを感じそうですね」


 王子の意見にトニーヨも同調する。それぞれに王子と気楽に話すことにも慣れ始めていた。部下のいない船旅がそうさせたのだ。

 それでイルハの優しい顔には不慣れなままなのはどうしてだろう?


「それから、ここは豚肉の料理を基本としています。どうされます?」


 王子はにやっと笑い、トニーヨとカイエーンを見た。


「食べていいぞ?」


「私は遠慮したく」


 カイエーンは即答したが、トニーヨはまた迷った。


「無理に食えとは言わねぇぜ」


「いえ。頂いてみても宜しいでしょうか?」


 カイエーンが驚きトニーヨを見たが、トニーヨは王子だけに純粋な瞳を向けた。

 王子はやけに嬉しそうに、頷く。


「良く言った。イルハ、何も分からねぇから適当に頼んでいいぞ。肉と魚と両方食べられるようにしてやれ」


「では、店の者におすすめの料理を聞いて、これを頼みましょう」


 イルハが忙しそうに動き回る店員を呼び留めようと手を上げたときだ。


「やぁ、王子様。また会えたね」


 不意の声に皆が一斉に振り向けば、フリントンが隣の席に座っている。相変わらず美しい見目と佇まいで、王子より王子らしい。


「僕が注文してあげよう。君たちはいい店を選んだよ。この店には美味しいと評判の料理があってね。まずはそれを食べてみるといい。あぁ、肉と魚の両方のおすすめの料理を頼んであげるよ」


 フリントンは軽く言うと、店員を掴まえて、料理を注文してしまった。合わせて酒も頼んでいる。どうやら自分も一緒に飲むつもりらしく、グラスは五つ用意するよう依頼していた。

 ということは、一人なのか。いつも現れる面々が、遅れてやって来る気配はない。


 店員が去ると、イルハは静かに尋ねた。


「シーラの居場所をご存知ですか?」


「シーラのことなら僕は何でも知っているけれど、僕に聞いても無駄だよ」


 イルハの冷たい瞳が、フリントンを見据える。

 シーラとフリントンの仲に関する情報は、ほとんど入って来なかった。フリントンがシーラを気に入って執拗に追い掛け回している、という知った限りの情報しか入って来ない。それは不自然なほどだ。

 そのように仕向けているのだろうと、イルハは考え、その意味を求めた。しかしまだ答えはない。いくつかの想像は生まれているから、シーラのいないこの機にこれを確かめたいとイルハは想った。


「それよりユメリエンはどうだい?」


「暑くてならねぇな。昼間はおちおち観光もしてられん」


「タークォンも暑い国だけれど、こことは比べものにならないだろうね」


「あの…。船乗りの皆さまは、このような気候の変化にどのように対応しているのですか?」


 トニーヨが至極申し訳なさそうに尋ねた。この暑さに参っていて、対処法があるなら知りたかったのだ。


「おや?君と話すのは初めてだね」


「も、申し訳ない」


 誰に遠慮しているのかと王子はまた呆れた顔でトニーヨを見ていたが、トニーヨはもう俯いて、口を固く閉ざしてしまった。


「僕らは慣れているから、君たちのようにはならないよ」


「本当に慣れなのですか?」


 カイエーンが信じられぬという顔でイルハを見やる。

 フリントンという名を、カイエーンも海軍省の役人として以前から知っていた。海で突如すれ違った船に乗る者が何者か聞いた時、カイエーンは驚き、恐れたものである。

 この男が本当にその海賊であるならば、今は危険な状況に違いない。それなのに何故、イルハは平然と会話を続けているのか。カイエーンにはこれが分からなかった。


「僕は答えないよ」


「それで十分です」


 イルハの口角が薄っすらと上がったとき、何故かカイエーンとトニーヨが同時に身震いしていた。


「シーラに頼まれて、ここにいるのですね?」


「あの子が望むなら僕は何でもするだろうけれど、そういうことはないね」


 イルハは薄い笑みを浮かべたまま、さらに聞いた。


「あなたとシーラの関係について考えてみたことがあります」


「他人の仲など考えたところで意味をなさないよ」


「えぇ、そうですね。ですが、シーラはもう他人ではありませんから」


 イルハの前に、貴公子のように美しい笑みが差し出された。嫉妬も羨望もなく、他のどんな感情も示さず、ただ穏やかな美しい笑みがそこにある。まるですべてを受け入れる凪いだ海のようだ。


「あらゆる想像をしてみましたが、一番しっくり来た考えがあります。海の魔術師に伝わる話が本当であったとしたら、あなたはシーラの洗礼に関わったのではありませんか?」


「洗礼ねぇ。陸のものが好きな言葉だ」


 フリントンは呟いた後に、歌うような笑い声を上げた。シーラのそれとよく似た笑い方である。これがイルハの心をちくちくと傷付けた。


「なんだ、洗礼ってぇのは?」


 王子が問えば、イルハはにこりと微笑み、これに返す。


「古くから伝わる言い伝えです。海の魔術師はこれを行い、強力な魔力を得ていると言われてきました。しかし誰もその真相を掴めていません。それも真実かどうかは分かりませんが、海にはこの方法を探すために旅をしている者もいるそうですね」


「どこかの誰かが酒屋で適当に語ったことが、流れに流れて伝説になったのではないかな?人が伝える話にはそういう力があって、僕もよく驚かされているよ。僕自身が知らない僕の話なんか、山のように存在している」


 フリントンは晴れやかに言ったが、イルハは受け入れなかった。


「私もただの作り話だと思っていましたが、あなた()()に出会い、あり得るのではないかと考えるようになりました」


「僕()のどこに、そう思わせるものがあったかい?」


「強い魔力を持ちながら、それを漂わせない魔術師が存在していたからですよ」


「おかしなことを言うね。僕らはいつも、魔力を漂わせていよう」


「少な過ぎると言っています」


 シーラは確かに魔術師らしく、僅かな魔力を漂わせていた。それは、それほどの強さを持たぬ一介の魔術師としてのそれである。イルハはこれが納得出来ていない。


 トニーヨがごくっと唾を飲み込んだ。彼は今、とてつもなく緊張している。カイエーンも同じようで、暑さのせいだけではない汗を額に浮かべていた。


「僕が強いというのも、ただの噂話かもしれないよ」


「あなたが弱ければ、今頃ここにはいないのではありませんか?」


 フリントンは声高らかに歌うように笑った。熱気を取り払うかの如く、店内に明るい声が響き渡る。


「君は確かに面白い男だね」


 フリントンは笑い終えると、すっと静かに立ち上がった。

 酒を飲む気ではなかったのか。


「おい、待てよ。俺も聞きたいことがある」


 王子がフリントンを呼び止めたとき、せっかくほっと安堵していたカイエーンは焦って身を引き締めた。トニーヨも同じだ。

 立ち去ろうとしていたフリントンが振り返り、動きを止める。


「お前らの、その強い魔力とやらを得るにはどうしたらいい?」


「僕に聞くことが無駄になることを覚えた方がいいよ、王子様」


「いくら積めばいいんだ?」


 フリントンはまたしても歌うように笑った。とても楽しそうだ。


「僕らを金で買えると思わないことだ。君だけでなく国が危ない。あぁ、それから」


 フリントンは笑みを崩さず、王子に言った。


「ユメリエンの裏側も見ておくといい。壊れる前にね」


「裏側だと?ユメリエンには裏があるのか?」


「さて、僕はこの辺で。お邪魔をしたお詫びに、ここはご馳走しよう。好きなだけ飲み食いするといい」


 フリントンは、トニーヨ、カイエーン、そして王子を見た後、イルハに思わせ振りな視線を向けてから、店を出た。それは海の底よりも深い、何もかも見越したような瞳で、この瞳に捕えられたら逃げられないと感じたのはトニーヨだけではない。

 トニーヨは先まで暑さに参っていたはずで、それが今も変わらないはずなのに、何故か体が冷えたように感じた。


「おい、イルハ。今の話をもっと詳しく語れ」


「洗礼のことですか?」


「そうだ。どういう話だ?」


「すでにご存知ではないかと思います」


「何だと?」


「かつて海には強い魔術師がいたという話を聞いたことがありますよね?」


「あれだよな?昔、ある魔術師の男が世界を征服しようとしていて、そいつが信じられない魔力を持っていたとか」


「その話の続きのようなものですね」


 おずおずとトニーヨが口を挟んだ。


「確か彼の名は、トトエース・ギギ・ワーエンドでしたね?」


「よくご存知で」


「その話なら海軍省には知らぬ者がおりませんぞ。海には彼に憧れているものも多く、余計な発言をして彼らを刺激せぬよう注意喚起されておりますからなぁ」


「そいつが強い魔力を得る方法を知っていたということか?」


「彼が発案者かどうかは定かではありませんし、彼自身本当に存在していたかどうかも怪しいものです。しかし今もなお、彼が洗礼と呼ぶものを行って世界を征服し掛けた、という話が流れています」


「噂が長く流れながら、その術を知る者がいないのはどうしてだ?」


「本当に存在していないか。あるいは、それを行ったものたちが固く口を閉ざしているか。はたまた、行ったものたちが無事では済まなかったか。もしくは、偽りの噂を流し続けるものがいるか。そういうことではないかと」


「待て、待て。お前はシーラがそれをしたと思っているんだよな?」


「さて、どうでしょうね」


「お前がそうやって話し始めたんだろうが」


「シーラが魔力を隠していることは確かでしょう。あの程度の魔力で、海で生きられるとは思いません。けれども、それは無限の魔力ではなく、確かに底があるように感じます。噂をされるような、世界を征服出来るほどの強い魔力ではないはずです。でなければ、あのように怪我をしたり、熱を出したりするようなことはあり得ません」


「どこかには、怪我なんかも治せる魔術師がいると聞くな?」


「えぇ。それもまた、噂程度で、本当に存在しているか不明ですが。もし存在しているとなれば、シーラが洗礼を行ったという話に筋が通らなくなります。シーラがそれを知って、自分で使わないとは思えませんからね。底なしの魔力があれば、間違いなく自分の怪我など治してしまうでしょう」


 痛みが大嫌いな娘がそのような魔術を知って習得しない選択はないだろう。そしてシーラが知らないということも考えられなかった。あれだけの国を巡ってきて、海のものたちとの親交もあるなかで、その話を聞いたことがないとは思えない。知ったシーラがこれを追い掛けないはずもないだろう。

 ということは、その魔術が使えないのではないか。魔力が足りないか、習得出来ない理由があるか。はたまた、そんな魔術自体が存在しなかったか。これがイルハのシーラに対しての結論だ。

 ただし別の考えも生じていた。あるいは、あえて自分の前で……。この先をイルハは考えたくない。

 妻への想いは、確かにイルハの明晰な知性を歪ませている。


「その洗礼とやらは、俺たちにも出来るものか?」


「それも分かりませんね」


「何も分からねぇのに、どうしてあいつがシーラの洗礼に付き合ったと思う?」


「洗礼は決して一人で行ってはならない。そのような思想も出回っているからです。そしてまた、これも理由は分かりませんが、洗礼の際に立ち合うものたちは、洗礼を受けたものと深い縁で結ばれることになる、という言い伝えもあります」


「それであいつとシーラがそういう仲じゃねぇかと。そうだとすれば、面白いな。シーラからその術が手に入るかもしれねぇってことか」


 王子はよくやったという顔でイルハを見た。シーラをイルハの妻にさせたのは正解だったと、王子は自信たっぷりに想うのだ。後は時間を掛けて懐柔させて、海ばかりでなくタークォンのことも大事に想うよう仕向ければいい。

 そのためには長く海にやらず、タークォンに留めなければ。

 このようなことを王子は考えていたが、イルハは全く違うことを考えながら、静かに頷いた。


「あの…。イルハ殿はどうしてシーラ殿にお尋ねにならないのですか?」


 トニーヨは至極まっとうなことを問い掛けた。

 確かに、という顔で、王子とカイエーンもイルハを見詰める。


「もちろん聞いておりますが、面白いと言って笑われるだけですからね」


「再三聞くが、お前らは本当に夫婦になったんだよな?」


「間違いなく」


 イルハは堂々と答えた。王子はにやっと笑うと、イルハの肩を叩く。


「タークォンに戻ったら、キリムを使っていいぞ。なんとしても真相を聞き出せ。洗礼とやらが無いにしても、あいつは強くなる秘密を知っているはずだな?」


 イルハは会釈するのみだった。ここでは皆、殿下とも呼ばないし、あまり堅苦しい言葉を選ばないようにしている。今は王子を含め、皆が一旅人だからだ。いつものイルハなら「御意」と返していただろう。


 大皿料理が運ばれて来た。フリントンが注文したものだ。

 この後四人は、慣れない辛さに戸惑うことになった。美味いと言ったものが二名、水ばかり飲むものが二名といったところだ。

 何故かフリントンが頼んだ酒は届かず、四人は食後に改めて酒を頼むことになった。


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