31.ユメリエン到着
タビトの操縦する船がユメリエンのふ頭に到着したとき、王子はすこぶる機嫌が良かった。
当然ながら同じ頃、タークォンの三隻の軍船はまだ遠く離れた場所にあり、今の王子は何者でもない。それが王子の気分を自由にさせて、王子は今、開放感に満ちていた。
しかしながら、ユメリエンの入国手続きは厳しいもので、船から降りるまでにはかなりの時間を要することになる。
この暑い国に似合わない立派な軍服を纏った二人が現れ、威圧的な態度で船に乗り込むと、これまた嫌らしいほど威圧的な態度で船内の至るところを確認していく。
武器庫の検査などは、銃弾一つにまで及び、とてつもなく時間が取られた。
それは個々の乗組員に対しても行われ、王子たちはそれぞれに身分を偽り、タークォンの出国許可証を用意していたが、これを隅々まで確認されるだけに留まらず、さらに口頭でも身の上や来訪目的に関する質問を執拗に受けることとなった。
シーラとテンはどうやってこれを乗り越えたのか。イルハだけでなく、トニーヨやカイエーンまで同様の心配をしていたくらいだ。海のものたちは、ユメリエンにどのような理由を述べて、入国を果たしているのだろう。
あとでシーラに確認しようと、王子は呑気に考えながら、タークォンの王子らしいことも考えていた。
タークォンは法が厳しいと言われるも、毎日次々と現れる船への管理体制は甘い。
ふ頭の守り人たちが到着者への声掛けと、怪しい者がいないかという確認を目視で行ってはいるものの、船の内部にまで口を挟むことはなかった。
来訪者が身の上を登録するのも自己申告のようなもので、実際登録をせずにフラリと立ち寄るだけの旅行者も多い。
国内ではしてはいけないことが多々ある国で、国外の者がこれに逸脱するだけで目立つ環境にはあるし、街のそこら中に警備兵が立っていて、特別な魔術師を除けば、悪巧みの実現も容易ではないだろう。
それでももっと厳しく取り締まる必要があるのではないかと、王子は思う。
それで王子はイルハを見やった。イルハがこのようなことを知らぬ男ではなかろうし、船の管理について考えたことがないとも思えない。そのイルハがこれまで提言して来なかったのは何故か。
諦めだろうか、それとも機を待っているのか。
考えていた王子は、イルハと目が合った。
「どうされました?」
「帰ったらじっくり話したいことが増えたな」
「ふ頭の管理のことですね」
王子はにやっと笑うと、それ以上言わなかった。ここで話すことではないし、まだ船の取調べが続いている。一旅人ではないと、怪しまれては厄介だ。
当のイルハは別のことを考えていた。妻の船のことである。船室の惨状の意味について、考えを巡らせていたのだ。
荒れて酷い匂いを放つ船室は、誰もそこに長居したいと思わないし、その部屋に何か重要な秘密があるところまで頭が回らないのではないか。
それも相手は明るく笑う若い娘一人だ。今はさらに幼い少年がいるだけである。
片付けもままならない子どもの相手などしている暇はないと、さっさと仕事を終えようと考えるのではないか。
イルハはひっそりと笑みを浮かべたが、誰も気付いていなかった。
船から持ち出す荷物だけでなく、身に纏う所持品も確認されて、ようやくタークォンの面々は、ユメリエンの地に降り立つことが出来た。
「これは凄いな。噂以上だ」
少し歩いて、街の中心部を目指せば、王子も感心して唸るほどに、そこには見事な景観が用意されていた。
レンガ造りのあらゆるものが、すべて計算されて配置されている。その計算された美しさには、建物だけでなく、同じくレンガで出来た道路や、建物の前に並ぶレンガで出来た花壇と、そこに植わった色とりどりの花々、道路に沿って植えられた高さの揃えられた樹木さえも含まれていた。
こうして見ると、上に広がる空さえも、誰かが描いたもののようで、人工的な感覚を与えられる。人が塗ったような鮮やかな水色の空は、タークォンの空とも、今まで見て来た海上に広がる空とも、何か違って見えた。
一寸の乱れも許さないと主張しているようで、美し過ぎてもかえって落ち着かないものだな。王子は一人そんなことを考えていた。
王子はまた、タークォンの、ひとつ、ひとつ、形の違う石を積み上げたあの景観が美しいことを、異国にあってようやく悟った。
初めからあって当たり前のものを、美しいと知ったのだ。
これは先まで居たライカルでは感じなかったところである。ライカルのようにまるで違っていると、比較する気にもならないことを、王子は初めて学んでいる。
「シーラたちを探して来てもよろしいですか?」
問い掛けたイルハはいつもの澄ました顔をしていて、誰にも焦りを感じさせなかった。すでにシーラの船を見付けていたからだ。
ここにシーラの船があるということは、彼女たちもまた、厳しい入国審査を受け入れたということである。イルハとしては、早く詳しく聞きたいところでもあった。同じ地にあることを実感し、単純に会いたいという気持ちも強まっていたのだけれど。
それを態度として人に見せるほどには、慌てていなかったのである。海にあるものを妻にした夫として、イルハも少しずつ変わりつつあった。
「あいつらのことだから、またそこらで目立っているだろうよ。俺も一緒に行くぞ」
結局、カイエーンとトニーヨも戸惑いながら王子に従い、四人で移動することになった。
四人になったのは、魔術省のシュウレンとタビトが、軍船との約束の時までは別行動をすると宣言したからである。
王子に許可を得るとすぐに、二人はユメリエンの者と旅人とでごった返す人混みの中に姿を消してしまった。
「よろしいのですか?」
トニーヨが酷く心配した顔で、王子を見やる。王子はにやっと笑って、これに答えた。
「お前らだけじゃ、俺を守れないと?」
「左様な意味では御座いませんが。しかし……」
タークォン一の魔術師と名高いシュウレンが側にあれば、安心出来ることには違いない。
いつもこっそり守ってくれる警備兵がまだ到着してはいないのだから、安全に配慮すれば、やはりシュウレンは連れ歩いた方が良いだろう。
「冗談だ。今日の俺は、ただの旅人だぞ。俺を守る必要もない。お前らも国を忘れて好きに楽しめ」
そう言われて、楽しめるはずもなく、思わずトニーヨは、カイエーンと目を合わせた。
カイエーンもまた、同じ想いだという顔をして目を合わせたのだが、すぐにはっとして顔を歪め、体ごとトニーヨから顔を背けた。彼にはまだ、海軍省としての意地があるらしく、トニーヨもまた、むっとした顔になって、顔を背ける。
若い男四名は、本当にただの旅人に見えていたのか怪しいが、熱風に巻かれたユメリエンの街中へと歩み出した。




