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海の神々へ捧ぐ音(なろう版)  作者: 春風由実
第二章 海の洗礼

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25.魔法使いたち


「ご安心くださいませ。この状況は長く続きませんぞ」


 灰の霧の中でカイエーンの自信に満ちた声が響く。


「普段は掴まらぬように避けるのですが、シュウレン殿は自信があるから灰の中を進むことに決めたのでしょう。あのように海を知った者があえて選んだことです。ですからどうかご安心を」


「軍船では避けるんだ?」


 シーラの声である。気が付けば、イルハの隣にはシーラが座っていた。その隣にはテンもいる。

 皆、互いの存在が分かるように、自ずから近付いていたから、小さな円を描くように男たちが集まっていた。その円にシーラとテンが(いびつ)な形で加わる。


「危険は避けるに越したことはありませんからな。いつも空模様を読める者が乗ることになっておりますぞ」


 カイエーンの言葉を受けて、シーラは乾いた笑い声を上げた。


「あんな大きな船なんだから、気にせず真っ直ぐに進めばいいのにね」


「その意も分かりますが、大事な御方を乗せておる場合には、要らぬ危険を回避することも必要なことなのです」


「この船には王子が乗っているよ?」


「シュウレン殿には、危険ではないという自信があるのでしょうぞ」


 シーラはいよいよ、大きな声を上げて笑った。海らしい歌うような笑い方だ。


「海にあった人を信用し過ぎると、痛い目に合うよ?」


「お前も信じるなと言いてぇのか?」


 王子はここぞとばかりに問うたが、シーラは「そんなことは言わないね」と言って取り合わない。

 けれども二人ともとても機嫌が良さそうだ。


「ねぇ、トニーヨ。灰の中では暇でしょう?魔法を見せてよ」


 トニーヨは驚いた。手元の見えにくいこの状況で?


「構いませんが、見えずに楽しめますでしょうか?」


「近付いてよーく見ていたら、魔法の正体が分かるかもしれないでしょう。ねぇ、テン。テンも見たいよね?」


「見せてくれるなら」


 相変わらず、さして見たいと思っているようには感じられない態度で、テンは言った。

 トニーヨはちらと王子を見やる。王子はもう、にやけていた。


「景色も見えねぇとなると退屈だからな。俺も楽しませてくれ」


「では、失礼ながら」


 トニーヨもトニーヨでカードの束を懐に仕舞っているのである。

 王子はトニーヨがさっと取り出したカードを切り出したときに、声を上げて笑った。


「待ってくだされ。魔法とは何ですぞ?魔術とは違うのですか?」


 カイエーンが問えば、トニーヨがこっそりと仔細を耳打ちして伝える。

 するとカイエーンは、誇らしげに頷き言うのだ。


「カードを使った魔法でしたら、私も得意ですな」


「カイエーンも魔法が使えるの!」


「使えますとも」


 シーラはテンの頭を撫で回しながら、嬉しそうに瞳を輝かせた。


「どんな魔法なの?ねぇ、見せてくれる?」


「どれ。お見せしましょう。トニーヨ殿、カードを貸してくだされ」


「先に私が見せましょう。その後でお貸しします」


 すでに準備を始めていたトニーヨは、このときはまだ、途中で辞めたくなかっただけだ。


「それはならん」


「ならんとは何です?」


「警備省の副長官に先を越されたとなれば、下の者らに示しがつかん」


「下の者などどこにもおりませんでしょう」


「噂というものは、どこからどう広まっていくか、分かったものではないからな」


「噂など流す者はここにはおりませんでしょうし、私はいつもお見せしておりますので、先を越されるかどうかなど要らぬ心配ですよ」


「ふむ。いつもお見せしているというならば、なおのこと、ここは私に先を譲って貰おう」


「お断りしましょう」


「何故だ?」


「私も同じ気持ちがあるからです」


 トニーヨの普段見せぬ態度に、王子はなお笑った。珍しいものが見られて、楽しいのだ。

 トニーヨは嫌ってはいないにしても、海軍省の者たちが好きではない。下からの報告を聞いていれば、それも仕方がないところである。

 そして今、カイエーンが露骨に警備省への対抗心を見せたのだから。これにはトニーヨもいい気分はしなかった。

 イルハはひっそりと微笑を浮かべているが、口を挟むつもりはない。法務省に所属するイルハが口を挟むと、事態がややこしくなると知っているからだ。

 

「殿下、私が先で構いませんよね?」


 トニーヨが王子に言えば、カイエーンはむっとして顔を歪ませる。

 王子は「好きにしろよ」というつもりだったが、先に声を出したのはシーラだった。


「ねぇ、二人とも。先にしない方がかえっていいこともあるんだよ?」


 今度笑ったのはイルハだ。笑うイルハに慣れないトニーヨとカイエーンは、二人とも同じような顔でイルハの笑顔を見詰めた。


「あなたの言う通りですね。先に披露してしまえば、後の者にそれを超える魔法を披露する権利を与えましょう」


「先にした方が楽なこともあるんじゃねぇか。手の内をすべて明かすとも限らねぇぞ」


 王子もにやつきながら、この話に参加する。


「それもまた確かなことです。ですから勝負のときには、己の状況をよく観察し、先手か後手か、いずれの方により利があるかという点を見極めることが大切になります」


 シーラはお腹を押さえて笑い出した。


「トニーヨとカイエーンは勝負をしていたの?」


 トニーヨとカイエーンは顔を合わせると、すぐに視線を逸らした。

 どちらも決まりの悪い顔をしている。


「勝負のつもりはありませんが、カイエーン殿が私に先を越されたくないと申しましたので、つい私も熱くなってしまいました。申し訳ありません」


「俺のせいにするのか?」


「私のせいだとでも?」


「二人ともどちらでも良さそうだね。じゃあ、こうしよう!」


 シーラが言った時、どうしてか、トニーヨもカイエーンも嫌な予感を覚えた。

 この娘が嬉しそうに提案をするとき、そこに何か良からぬものを感じるところは、警備省と海軍省の副長官に共通した危険察知能力らしい。

 しかしそれは憂いであった。このときばかりは。


「この灰はちょうどいいね」


 シーラは懐から銀貨を取り出すと、それをテンに渡した。

 シーラが何も言わないのに、テンは受け取った銀貨を高く投げ上げる。灰の霧の中へ突入して見えなくなるほど高く上がった銀貨は、あるところで止まり、今度は下降を始めた。銀貨は少しずつ加速して投げ上げた勢いと同じように戻って来ると、テンの左手の甲に美しく乗って、右手に覆い隠される。

 灰の霧の中でも、テンの動作は洗練されていて無駄がない。


「これで表か、裏か、懸けるとしよう」


 シーラの明るい声が飛ぶ。


「当たった方が先に魔法を見せるということですね?」


「しかし、慣れたものだな。これで行先でも決めているのか?」


 テンの迷いのない動作に感心していた王子が言う。


「まぁ、そんなところかな。ねぇ、テン?」


 テンは頷かなかった。これの使い道が違うことを知っていたからだ。

 硬貨が表か裏かを当てる遊びは、自分たちのためにしたことがない。何故なら二人にとって、それは至極無意味だから。


「さぁ、トニーヨ。カイエーン。どちらか選んで」


 カイエーンとトニーヨがほとんど同時に発した言葉は、重ならなかった。カイエーンは表を、トニーヨは裏を選ぶ。

 テンはわざとらしいほどゆっくりと、右手を上げた。

 テンの手の甲で硬貨がくるりと躍ったところを、誰にも見えないように。

 テンは抑揚もなく静かに言った。


「裏だよ」


 トニーヨに軍配が上がり、トニーヨは再びカードを切り出した。

 テンはトニーヨの手元がはっきり見える距離に近付いて、その手の動きを凝視しながら、時折シーラの横顔を見やった。灰の中で、シーラはにこにこと笑っている。


 硬貨は表だった。何故あえて、トニーヨに合わせたのだろう?

 シーラから視線を戻したときである。イルハが自分を見ていることに、テンは気が付いた。

 それですぐに表情を消して、トニーヨの操るカードに視線を向ける。


 カイエーンが先でない方がいい理由が、テンにはさっぱりと分からない。

 トニーヨが先である必要性はどこにあったのか?

 こんなお遊びのために、どうしてシーラはわざわざ結果を変えたのだろう?


 披露された新しい手品、もとい魔法を覚えながら、テンはシーラの考えを理解しようとした。けれども分からない。

 聞いても教えてくれないのだろうなぁと想いながら、テンは容易く新しい魔法を習得していく。

 次は何を買って貰おうかと考えながら、再びシーラの横顔を見詰めた。

 一瞬シーラはテンを見て、にこっと微笑む。それは意味ありげに。

 何か楽しいことが始まろうとしている。


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