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海の神々へ捧ぐ音(なろう版)  作者: 春風由実
第二章 海の洗礼

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21.海の遊び


 前の船はどんどん離れて行った。シーラがわざとゆっくりと船を動かしているからだ。


「テンはどうしたい?」


 隣に立ったテンに、シーラが問い掛ける。テンはそこに自分の意思が反映されないと知っていても、聞かれると嬉しくなった。


「美味しいものが食べられると言っていたよ。お酒もくれるって」


「遊びに行きたいんだね?」


「美味しいものは食べたいけど、どっちでもいいよ。シーラは?」


 シーラは遠くなる船を見詰めてから、またテンに視線を移した。


「そりゃあ、目の前に夫がいたら、一緒にいたいと思うよ!」


 それだけで終わらず、シーラはさらに続けた。


「もちろん、テンとも一緒にいたいけどね」


 テンは照れるわけでもなく、冷静に返すのだ。


「いつも一緒にいるけど?」


 それでシーラは、テンの赤毛を撫で回した。テンは横に目を逸らして、これが終わるときを待っている。


「灰が来たら船に戻るから、そのつもりでね」


「分かった」


 シーラはぐんと船を飛ばした。

 テンは加速により体が後ろに引かれたが、これにももう慣れていて、足を踏ん張れば転げることもない。


 シーラの船がぐんぐんと近付いて来たから、前方の船ではまた衝突するのではないかと青い顔になる者たちが居たが、シーラの船はもちろん衝突することはなかった。

 手が届きそうなほど近付いた後は、同じ速度で後ろを追い掛けて来る。

 またしても前方の船側には、後ろに船のある影響は感じられなかった。後ろの船の方が、前方の船が作る波の影響を受けているであろうが、それも見ている限りは感じ取れない。


 しかし、あるところで前の船にいくらかの衝撃があった。

 後方、一階部分の船縁の手摺りに、ロープが結ばれたのだ。そのロープの先は、シーラの船の甲板上の突起に結ばれている。

 操縦者であるタビトまでもが振り返って後ろを見たとき、シーラの船の白い帆が畳まれた。

 牽引させるつもりだ。


 これからどうなるのかと、タビト以外は後ろの船を見詰めていたが、後ろの船からさらにロープが伸びて来た。

 今度のロープは、二階部分を目指してやって来る。ちょうど王子が立っていた場所から近い手摺りに巻き付こうとしたから、王子は左足を引いて手摺りから身を離した。

 ロープはくるくると手摺りに巻き付き、しっかりと固定される。その先はシーラの手に繋がっていた。


 今度は何事だろうか。皆がよくシーラを観察している。


 すぐにシーラはロープを持っていない方の手でテンを抱え上げた。テンも騒ぐことなく、大人しく抱えられている。

 十二歳の少年はそれなりに重いだろうし、小柄なシーラからすればテンはもう抱えにくいほどの大きさに成長していた。しかも少年は前に荷袋を抱いている。

 これを片手で持ち上げられるのは、魔術を使っているからだろうか。それとも意外に力があるのか。海で暮らしていたら、体もよく鍛えられているかもしれない。

 

 というように、皆が観察しながら似たようなことを考えていたら、シーラが甲板から飛んだ。

 二艘の船は今、飛んで届く距離にはない。帆を畳んだときから、ロープの分だけ離れてしまっている。


 カイエーン、トニーヨ、それから王子までもが、口を開けて呆けた。

 イルハは冷静を装っていたが、少々頭が痛くなっている。

 シュウレンだけはよく笑い、タビトは前を見ていてこれに気付かない。


 飛び出せばすぐに海に落ちる。はずの二人の体は、空を舞った。


 明らかに魔術を使っているだろう。ロープはあり得ない角度で二人を持ち上げ、青空を背に二人は飛行した。一本のロープが人を持ち上げているという状況は異様だ。

 それからも、やはりロープの動きとしてはおかしな状態が続き、二人はゆっくりと空から下りて、二階の甲板に着地する。


「遊びに来たよ!」


 シーラは飛ぶように言いながら、テンを甲板に降ろし、手からロープを落とした。

 そうかと思えば、迷うことなくイルハに駆け寄って、飛び付くのだ。


「会いたかったぁ!」


 イルハの方も、周りを気にせずシーラを抱き上げて、口付けはしないまでも額を合わせた。


「私も会いたかったですよ」


「昨日別れたばかりでも?」


「いつでも一緒に居たいですからね」


「わぁ、嬉しい!私もだよ!」


 イルハがシーラを抱き上げた状態で、二人は甘い言葉を囁き合って、見詰め合い、笑い合う。

 

 タビトは振り返ったときに、二人に対してとてつもなく冷ややかな視線を向けていた。

 カイエーンは目のやり場に困って海を眺め始めたし、トニーヨも頬を染めながら同じように何もない海面を見詰めている。

 王子とシュウレンは顔を逸らさずどちらも笑っていたが、王子のそれは苦笑いであって、シュウレンは若い者を見守る優しい笑い方だった。


 苦笑する王子の横にテンがやって来る。


「アザラシの缶詰、食べていいって」


「言ってくれたのか?」


「他の缶詰も色々持って来たけど。あとお酒もあるよ」


「それでこの船に乗せてくれってことだな?」


「そうだと思う」


「俺はあちらに乗りたいんだが?美味いものを食わせたら、乗せてくれるよな?」


「それはシーラに言って」


「言ってねぇのかよ」


「乗りたそうだとは言っておいたけど」


「ったく。あいつも頑固だよな。お前も大変だろう?」


「何も大変じゃないけど」


「そうかよ。まぁ、いい。おい、タビト。船を止めていいぞ。休憩だ!」


 王子は途中から大きな声で叫ぶように言った。


 タビトはこれを受けて、前を見たまま、無言で船を止める。何もかもが面白くないのだ。

 それでも牽引している後ろの船がぶつからないように、ゆっくりと速度を下げて、静かに船を止める配慮は忘れない。

 シュウレンが「見事じゃ」と褒めてくれても、タビトの不機嫌さは解消されず、シュウレンは肩に手を置き、「それでは見えるものが見えなくなろう。もうちと楽しむことじゃ」と伝えた。

 タビトは渋々と頷き、外に向かう扉に手を掛ける。


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