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海の神々へ捧ぐ音(なろう版)  作者: 春風由実
第二章 海の洗礼

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19.内政


 二人は目的なく、ライカルの街を歩いた。

 お腹もいっぱいで、よく飲んだ後だから、すぐに迎賓館に戻らずに歩きたくなったのだ。

 それは言い訳で、もうしばし二人だけの時間を楽しみたかっただけかもしれない。


「どう思った?」


「彼らからすると、タークォンは悪魔の国に違いありませんね」


 シーラが大きな笑い声を上げた。


「私は悪魔に取り憑かれているみたいだね」


「あの方たちは知らないのですか?」


「知っていて言っているんだよ。あれは嫌味なの」


「あえてでしたか」


「この国では魔術を使うな、災いを与える前に早く立ち去れってね」


 シーラはとても気に入られているように見えたが、そうでもないらしい。


「この国に留まらない旅人だから、受け入れてくれるんだよ」


「この世界で魔術師を避けるとなれば、鎖国して、国を閉ざすしかありませんよね」


「それは出来ないでしょう?だから、あんな風に少しの嫌味を伝えておくんだよ。この国は法が緩くて、多くが信仰で成り立っているけれど、それはこの国にないものには通用しないからね」


 ライカルの珈琲豆は、世界中に売られている。その世界中の国々が魔術を使用している今の世で、今さらこの利益なしに国を成り立たせることは出来ないだろう。

 異国と直接付き合うことがなかったとしても、貿易商にも魔術師が多いから、これと付き合わずにはいられないはずだ。

 中でも重大な輸出国である隣国は、国中に魔術を利用しているときたら。

 利を取るために、目を瞑って大人の対応をしなければならないこともある。それをライカルでは国を挙げて行っているということだ。


「イルハからすると、あの人たちの不満は当然なの?」


「当然とは思いませんが、古き良き時代を知る者は、総じてあのように今の世を憂いるものです。それに人は、過去というものが美化されている点を忘れてしまいますからね」


「タークォンも同じようなことがある?」


「我が国ではこの手の問題がそこまで大きくなることはありません。国王が王位を退く時に、側近たちが共に引退するからです。民たちもこれに習い、老いたる者は退いた王と共に沈黙を良しとしています」


「今いる権力を持った人たちは、王子が王になるときにはみんな引退しちゃうんだ?」


「えぇ。信仰や忠義を理由としていますが、ライカルのような問題を解消するために、そのように取り決めた者があったのではないかと思いますね」


「じゃあ、今はイルハの方が大変だね」


「そうですね。この国とは真逆の状態です」


「王子の代になったら、イルハも自由に出来る?」


「そう上手くいかないのが、現実というものでして」


「まだ問題があるの?」


「表向きは口を出せぬ状態にあるならば、裏からすればいいと考える者もありますからね」


「イルハなら、それくらいどうにでも出来そうだけどなぁ」


「買い被り過ぎですよ。それに問題は山積みですからね」


「まだ何かあるの?」


 イルハは詳細を語らなかった。


「いずれは私たちも老いた方に回りますし、どのように世が変わっても何かしらの問題を抱えていくものです」


 二人とも堂々と手を繋いでいるが、誰も気に留める者はない。

 それどころか、これだけ人がいるというのに、二人を見る者もなかった。


「あなたはライカルをどのように見ているのです?」


 タークォンを含めて、イルハは聞いた。シーラもこれをよく分かっている。


「平和だからこその問題だと思うね」


「戦争が必要だとは言いませんよね?」


「戦争を肯定はしないよ。だけど、戦争をしている国の王家は楽でしょう?」


「共通の敵があると助かるというのは、分かります」


 外に敵があれば、民の意思を誘導しやすい。

 悪いことの何もかもを、そちらに繋げてしまえばいいのだ。


 けれどもシーラがこれを言うのは、不自然だった。

 シーラの祖国クランベールでは、これこそが上手くいかなかったはずである。


 イルハはこれについて深く話したいと思ったが、シーラが酷くぼんやりとした声でイルハに問い掛けたことで、それが出来なくなった。


「どうせ人は争うのに、どうしてまとまろうとするんだろうね?」


 それはイルハに問うというより、独り言のようだった。

 シーラは喧騒の中で歩みを止めて、星空を見上げる。


 イルハも立ち止まれば、流れる者たちは二人を避けながら、どこかへ向かっていった。

 こんな夜中に、人々が動き回っているのはどうしてか。すべての屋台を巡らなければいけない理由でもあるのだろうか。

 そのほとんどがライカルの若者たちだ。これでは泳いでいなければ死んでしまう魚のようではないか。

 その丈夫な体を使い、特産品である珈琲豆を栽培しようと思えないのは、国家として酷く残念なことであるとイルハは認識する。あの老人たちが、若者たちについて嘆きたくなる気持ちも分かった。

 衰退か、進化か。ライカルの珈琲畑でこれが問われるときは、間もなくだ。

 上手くいっていた時代を知る者たちが、進化を受け入れられるのか。その進化が成功するとも限らないし、若者たちの始めた商売が上手くいくとも知れない。

 しかしイルハは今、ライカルの先を憂い、老人たちへ同情するよりも、シーラの問いに回答したい。


「集団となったときには、誰かがこれをまとめる必要が出て来るのでしょう。一人、一人の意思だけが存在していては、衝突も絶えず、集団として暮らせないのではありませんか?」


「集団にならなければいいのにね。それぞれに生きることは、そんなに駄目なのかな?」


 イルハにはそれが、自分の生き方は間違っているの?と聞いているように感じ取れた。


「集団を目指すというより、一人では生きられないために集団が出来上がるのではありませんか?」


「そうかな?」


「一人で出来ることなどたかが知れていますが、集団になると出来ることも増えましょう」


「一人だって色々出来ると思うけどなぁ」


「あなたもまた、人が集まって暮らす恩恵を受け取っているはずですよ」


「どんな恩恵?」


「あらゆる国で食料や水を調達出来るのは、集まって暮らす者たちがそこにあるからです。衣服もそうでしょう。それから一人であるための船も、あなた一人では造ることが出来ないのでは?」


 シーラは分かっていて聞いたのだろう。

 頷くと、イルハを見詰め微笑んだ。

 屋台の上にいくつもの提灯がぶら下げられているせいか、ライカルの街はタークォンとはまた違った、妖艶な明るさがある。


「テンが心配でね」


 突然シーラは言った。

 シーラからテンの話を振られるとは思わず、イルハも少し驚いている。

 けれどもイルハは冷静を装って、平然とした顔でこれに返した。


「彼は王家を憎んでいますね?」


 シーラはこれに答えず、別のことを言った。

 このようにシーラの話に脈絡がなくなったときこそ、イルハは夫婦の会話に集中する。もちろん、普段からよくシーラの話を聞いているのだけれど、聞くという意志が強まるのだ。


「テンはとても危ういんだ。あれじゃあ、簡単に取り込まれる」


 イルハにはこれこそが最良の答えであった。

 これで色々なところが解明されて、繋がりを持ち、イルハの中にひとつの考えが出来上がる。


「それもあって、あなたはお世話をしているのですね」


「テンの人生だから、好きに生きたらいいんだけどね。船から降ろしたらどうなるか、今は分かったものじゃないから。それにね、イルハ」


 シーラはにこっと笑って、さらに言った。


「テンのことを気に入っちゃったからね!」


 シーラだけでなく、イルハも笑った。

 二人は示し合わせたように、歩き出す。もちろん、手を繋いだままに。


「国で抱える情報屋をご存知ですか?」


「そういう情報屋がいるとは知っているけど、会ったことはないね。タークォンにもいるんでしょう?」


「存在はしていますが、あなたにも詳細は明かせません」


「それはそうだよ」


「ですが、言えることもあります。少し前にユメリエンについて興味深い話を聞きました。それが、あなたがこれからユメリエンに向かう理由であると認識しています」


 しかしシーラは、やはりはっきりとは答えない。

 イルハもまたはっきりと言っていないのだから、同じことだ。


「王子は知っているの?」


「知らないでしょう」


「イルハだけが情報屋と付き合っているの?」


「いえ、陛下が直にお付き合いしています」


 シーラが不思議そうに首を捻ってから、イルハを見上げる。

 イルハはその瞳の中に、純粋無垢な幼い少女を見付けるのだ。


 ほどなく二人は歩みを止めて、体を向き合わせた。

 随分歩いたので、少しばかり周りを歩く人が減っている。


「私の父は、かつて陛下の側近をしておりました。その縁があって、その情報屋がタークォンに戻ったときには、私にも連絡をくれるのです」


「それでイルハは色々知っているんだね」


「ご存知だったのではありませんか?」


「イルハ」


 シーラは大真面目な顔で、イルハを見詰めた。


「私はイルハのことだけは、何にも調べていないよ」


「そうでしたか」


 イルハの手は自然と伸びて、シーラの頭を撫でていた。片の手はまだシーラの手を取っている。


「イルハのことは、イルハから聞きたいからね」


 シーラは確かに言った。

 はじめからそうなのか、否か。

 この言葉だけでは、そこまでは分からない。

 けれどもイルハは、そんなことなどはどうでもよくなっていた。嬉しさと愛おしさで胸が詰まる。


「そうなると、私は謝らないといけませんね」


「いいよ、分かっているから」


 イルハは、シーラのことを入念に調べていた。

 タークォンにある者としては仕方がないとはいえ、夫となった今は申し訳ない気持ちでいっぱいとなる。


「私もひとつ、あなたに知っておいて欲しいことがあります。私は仕事柄、どうしても人を疑うところから始めますし、あなたに対してもそうしないとは言いません。けれどもあなたのことだけは、悪い方に疑わないことを誓います。あなたと出会ったばかりの頃から、それは変わりません」


「そんな前から?」


「あなたがタークォンに災いを与えるような者ではないと信じられたからこそ、あなたの待つ自宅に殿下をお連れすることが出来ました。殿下のところに預けるようなことをしたのも、あなたが信用に足る人物だと判断していたからのこと。そこに理由があったかと問われても、確かなものはありませんよ。そうだとしても、私はあなたを信じられたのです。それはこの先も、ずっと変わらないでしょう」


「いつも疑っているのに、どうして信じられるの?」


「あなたを疑っていると言ってしまいましたね」


 イルハは軽やかに微笑むと、自信たっぷりに言った。


「表現が難しいところです。疑うというよりも、あなたが何を考えているか想像してしまうと言えば良いでしょうか?」


「想像かぁ」


 シーラはまた酷くぼんやりと言った。

 今宵は少々酔い過ぎているのかもしれない。


「あなたに言えぬところがいくらあっても構いませんよ。私には楽しみが増えるだけですからね」


「隠されて、楽しいの?」


「あなたといると考えることが増えて、とても楽しいですよ」


 シーラは嬉しそうに笑う。


「やっぱりイルハって面白いね!」


「これについては、お互い様ではありませんか?」


 シーラはくすっと笑うと、勢いイルハの胸に飛び付いた。


「イルハ、大好き!」


 イルハは何を想ったのか。人目など気にせずに、シーラを両手で抱え上げてしまった。


「タークォンの人たちも沢山いるのにいいの?」


「酔っていたとでも言えば良いでしょう」


「仕事で来ているのに?」


「仕事中に酒を飲み、妻と楽しんでしまうような、どうしようもない長官とでも言い広めて貰いましょうか」


「言える人がいるかなぁ?」


「私はそんなに厳しいですかね?」


「私に聞くの?」


 イルハはシーラを抱えたまま、ライカルの街を歩き出す。


 シーラもイルハも楽しそうに笑いながら、ライカルの夜を最後まで堪能した。

 シーラがタークォンにある理由が、隣国ライカルにおいても生まれつつある。


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