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海の神々へ捧ぐ音(なろう版)  作者: 春風由実
第二章 海の洗礼

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17.ライカルの夜に


 夜になっても、湿り気を帯びた風は、肌の熱を奪わない。

 イルハとシーラは、手を繋ぎライカルの街を歩いた。

 シーラの手には相変わらず細く切った晒しが巻いてあり、二人の間を邪魔している。


「本当に不思議だね。イルハとライカルにあるんだ」


 喧騒の中にあった方が、落ち着いて過ごすことが出来ることもあるのだと、イルハは初めて知った。

 タークォンのように、見ている者もない。騒がしいおかげで、二人の会話が誰かに切り取られる心配もなかった。

 騒がしいはずなのに、どの音も耳が捉えず、遠く離れた場所にあるようで、静寂ささえ感じる。


 その静かなる気分が、静けさを求めたのか。

 二人は街の喧騒から離れ、気が付けば浜辺を歩いていた。

 手は固く結んだままで、時折イルハが親指で晒しから覗くシーラの指先を撫でている。


「イルハにはライカルがどう映るの?」


 波打ち際で二人は足を止めた。

 街の喧騒は遠く、波の音が続いている。


「あらゆるものが違って見えますが、我が国と変わらぬものもあるように想います」


「変わらぬものって?」


「我が国もライカルもあなたたちからすれば平和な国に違いないでしょうが、どの国も多少の問題を抱えているものですね」


 シーラが結んだ手を離した。

 薄暗く、シーラの顔もよく見えないが、シーラが両手を伸ばせば、イルハは迷いもせずにシーラの背に手を添えて、背中を丸めて唇を重ねた。

 異国の地では、よく気が緩む。


「イルハは凄いね」


「一応仕事で来ていますからね」


 シーラは笑った。そういえば、イルハは遊びでやって来たのではない。

 それなのに妻と浜辺で、このように楽しんでいるのだから。


「王子も凄い人だね」


 テンを預かると言ったのは王子だった。

 今頃テンは、どこかで王子からたっぷりと食事をご馳走になっているだろう。

 トニーヨもこれに付き合っているはずだ。

 堂々と肉を喰らう王子に、顔を青ざめている頃ではないか。


「私には勿体ないほどの主君ですよ」


 シーラはなお笑った。すぐ側に海が広がっていようと、ここは陸であるというのに、海らしく歌うような笑い方である。


「ねぇ、イルハ。さっきの知り合いに会いに行こうか?」


「お会い出来るのですか?」


「いつもの店で飲んでいると思うよ」


 シーラはイルハの胸にぎゅっと抱き着いてから体を離し、また手を取った。


「行こう!」


 二人は再び喧騒へと戻って行く。


 ライカルの街は夜になるほど賑わい、太陽が昇ると共に一瞬の静寂がやって来る、不思議な町だ。だからこれから夜が更けていくとともに人々はさらに賑わい、街全体がこの騒ぎに包まれることになる。

 二人はその中へと組み込まれようとしていた。


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