16.ライカルの王様
噂のそれは、苦味が強く、香り高い珈琲だった。
単品では甘過ぎると感じる、クリームをたっぷりと使ったナッツ入りのケーキには、この珈琲がよく合って、シーラもテンも喜んだ。
テンはまだ少年であるのに、珈琲の苦みも平気らしい。
「美味しかったねぇ」
店を出て、森の中にあるような坂道を下り、街へ戻った。ライカルの街は人が多く、相変わらず賑わっている。
その賑わいが、強まった瞬間があった。わっという歓声の後に続く、さらなる歓声。
「何だろうね?」
「行ってみますか」
四人は声の聴こえた方へと足を運ぶ。
カイエーンはこのまま付き合うつもりらしい。
人混みを掻き分けてタークォンからすると狭い道を進み、ある角を曲がったところで、道の先に王宮が見えた。真っ白い外観をした王宮は、木製の家々がぎゅっと詰まったライカルの街に浮いている。
王宮の前に人だかりがあって、騒ぎはそこからだった。
近付けば、騒ぎの理由はすぐに判明した。
真っ白い王宮のテラスから、手を振る二名の男たちがあって、その一人が王子だったからだ。隣の男が誰であるかもすぐに分かった。
「こちらの王殿は凄い方ですなぁ」
カイエーンは呆けるように、群衆の後ろからテラスを見上げる。
「今日は王子も王子らしいねぇ」
「本当だ」
テンはぼそっと呟いたが、この少年の声も人々の歓声が掻き消した。皆が王の気を引こうというように、必死に手を振って声を上げている。
王がどちらかを向いて手を振れば、それだけで「きゃー」とか「わー」とかいう声が、王の視線の先から一斉に響くのだ。
王と目が合ったとか、王に手を振って貰えたと、皆がそんなことで喜んでいる。
「タークォンの王子様も素敵じゃないか」と言った者があった。「うちの王様には敵わないけど、男前だね」なんて声も聞こえて、イルハもカイエーンも苦笑する。
「ねぇ、二人はどう思うの?」
シーラは嬉々とした瞳で、イルハとカイエーンに問い掛けた。
「どうと申されましてもな。我が国とは違うと感じるくらいでしょうか」
「驚きはしますけれど、これを求めることはありませんね」
「そんなものなんだ?」
シーラは笑った後に、テンの赤毛を撫で回した。
テンは何も言っていない。
「前の王様はこうじゃなかったんだって」
「そうなんですか?」
「私もライカルには詳しくなかったから、聞いた話だけどね。前の王様のときは、こんなに人前に出ることはなかったそうだよ。元々王家は人前に出てはいけない存在だったとも言っていたね」
「王家の慣習を変えたということですか?」
「そう聞いたよ」
「それはまた…凄い王殿ですなぁ」
「我が国の王子殿下にも似たようなところがありそうで、先が思いやられますね」
イルハが言ったとき、カイエーンはぎょっとした顔をした。カイエーンには、王子に対してそのような物言いは出来ない。
「あれは困ったことに、民から人気を得れば、立派な王様であると思っておるんですなぁ」
しゃがれた男の声は、イルハのものでもカイエーンのものでもなかった。
見れば、知らぬ老人がシーラの隣に立っていたが、老人は晴れやかな顔で会釈をすると、すぐに人の中に消えて行った。
ここでカイエーンは辺りを見渡して、あることに気が付く。
「そういえば、ここにあるのは若い方ばかりですな」
「老齢の方からすれば、若い王殿の考え方を受け入れられぬところがあるのかもしれませんね」
それからイルハは、どうしてか声を落として、シーラに囁いた。
「今の方はお知り合いですか?」
シーラがにこっと笑えば、それでもう十分だった。
テンがじっとシーラを見詰めていることにも、イルハは気付いている。
これでイルハの中に、今の男が何者か、という考えは築かれた。




