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海の神々へ捧ぐ音(なろう版)  作者: 春風由実
第二章 海の洗礼

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15.海にあっても違うもの


 それは食事を終えて、追加でデザートを注文した後だった。

 デザートと共に運ばれるであろう、噂の美味しい珈琲を嬉々とした顔で待ち望んでいたシーラに、カイエーンは強張った顔で言った。


「シーラ殿」


「気にせず、シーラって呼んでよ」


「それはあまりに無礼ですから、どうかお許しを」


「何にも無礼じゃないよ?」


「ねぇ、俺はどう呼ぶの?」


 テンが珍しく口を挟むと、カイエーンはしばし考えた。普通の子どもなら気安く名を呼べるが、しかしこれがイルハの妻の弟であるとすれば、そうもいかない。


「テン殿とお呼びしましょう」


「俺はカイエーンと呼ぶつもりだったのに」


「そうだよ、カイエーン。私たちがカイエーンと呼ぶんだから、カイエーンもそのままに呼んで」


「しかしですな…」


「リタたちと同じように考えてはいかがです?」


 イルハがカイエーンを助けた。

 良くない汗を浮かべたカイエーンを、見ていられなかったのだ。


「リタたちと同じかぁ。それならいいよ!ねぇ、テン」


「別に何でもいいんだけどね」


「カイエーン殿。申し訳ありませんが、二人が貴殿を呼び捨てにする無礼をお許しいただけるでしょうか?二人には我が国の慣習という概念がないだけで、如何なる悪い意図もありませんので」


 イルハはシーラの夫およびテンの保護者として、カイエーンにも丁寧に頭を下げた。

 カイエーンは恐縮してしまう。


「構いませんので、どうかシーラ殿、テン殿とお呼びすることを認めてくだされ」


「いいよ!好きに呼んで!」


 シーラが笑った時、ようやくカイエーンの汗が止まった。


「では、先日のお詫びを改めてさせて頂きたく」


「それはいいや」


「いいやと申されましても」


「だって怒っていないよ?何にも気にしていないもの。ねぇ、テン」


「俺の船じゃないし、シーラがいいなら何でもいいよ」


「それでは私の気が済みません。どうか、お聞きくだされ。先日の無礼、この通りお詫び申し上げます」


 先よりカイエーンは声を落とし、店の雰囲気を壊さぬように気を付けていた。

 しかしそれでも、耳を澄ませる者はいよう。

 大の男二人が敬語を使っていて、若い娘と少年が気楽に話しているのだから。それも謝罪まで受けているのだ。何者かと気にならぬ方が無理な話である。

 その証拠に、奥のテーブル席にあった旅人らしい集団が、カイエーンを見ていた。


「それは自分の神に裁いて貰ってよ」


 シーラはさらっと不思議なことを言った。

 テンがじっとシーラを見詰めていて、そんなテンを見てイルハは微笑していたが、テンはこれに気付かない。


「自分の神にとは?」


「気にしているのは、カイエーンでしょう?私は何にも気にしていないんだから、カイエーンを裁くことも、許すことも出来ないよ」


「しかし、私はシーラ殿に失礼をしたと感じておるわけです。これを誰が裁くとしても、まずはシーラ殿に謝ることが筋ではないでしょうか?」


「謝る理由があるのもカイエーンで、私にはこれを受け取る理由がないね」


「されど、謝らずして、如何様に許されたら良いと?」


「それを決めるのもカイエーンだよ」


 イルハはもう少し聞いていたいと思ったが、そろそろカイエーンを助けねば、この場が収まらないように感じて、惜しい気持ちを飲み込み口を開く。


「カイエーン殿、妻もこう申しておりますし、先にも謝罪をされておりますから、この件はもう終わりにしても宜しいのではないでしょうか?」


「しかし…」


「自分がいかに悪いと思っていようとも、これを相手が気にしていないとすれば、許されたようなものでしょう」


 カイエーンはとても困った。謝罪をしてから話したいことがあるからだ。

 詫びもせずにこちらの望みを一方的に願い出るというのが、カイエーンはどうしても承知出来ない。だからすっかり謝って、許して貰いたかった。


「あなたの願いも分かっています。妻の船に乗りたいのですね?」


「なんと!さすがイルハ殿は違いますな」


「私の船には誰も乗せないってば!」


 シーラが嫌そうに口を尖らせた。

 こういう幼い顔もするのかと、あろうことかカイエーンはイルハの妻を見詰めてしまう。


「分かっていますよ。カイエーン殿も分かっておられますね?」


「えぇ。海にある方の船に容易く乗れぬことは知っております」


 シーラが首を傾げて、先の言葉を待っている。


「そういう意味で乗船するのではなく、たとえば、船を並走させて、海上でほんのひととき、互いの船を行き来するようなことは可能でしょうか?」


 シーラが笑ったとき、テンも小さな声で笑っていた。我慢出来なかったのであろう。


「遊びに来たいわけね」


「そういうことです」


 シーラは腕を組んだかと思えば、うーんと唸った。


「あんなに目立つ船と並んで走る気はないね」


「分かっております。小型船を出す予定です」


 シーラはにこっと笑い、問い掛ける。


「並んで走る自信があるんだね?」


 テンがまた小さく笑った。イルハがこの少年をよく観ている。


「共に乗って来たシュウレンという男があります。魔術省きっての切れ者ですが、この者が船を動かす魔術を持っておりまして、シーラ殿の船と並走したいと望んでおります」


「どんな魔術を使うのか気になるなぁ。その魔術は見せて貰えるの?」


「お望みとあれば、いくら見ても構わないと申しておりました」


 シーラは頷き、「そういうことなら、遊んでもいいよ!」と言って笑った。

 テンはもういつもの無表情で、何の反応も示さない。


 そこへ素敵なデザートと、噂の美味しい珈琲が運ばれてきた。


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