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海の神々へ捧ぐ音(なろう版)  作者: 春風由実
第二章 海の洗礼

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6.運航計画


 トニーヨはこの時間に王子の執務室を尋ねたことを酷く後悔した。

 なぜか王子の机の上に地図が広げられ、王子とイルハだけでなく、またあの娘と少年が地図を覗き込んでいる。


「トニーヨ、おはよう!」


 明るく挨拶をされても、トニーヨにはこの返事として何が正解か分からない。

 イルハの妻であれば直接話すことは失礼に当たる。それなのに、彼女はそのイルハの前で堂々と話し掛けて来るのだから。

 トニーヨはとにかく主君を敬うことにした。


「おはようございます。殿下、ご承認頂きたい書類をお持ちしました」


「あとで見ておくぜ。ところで、トニーヨ。警備省のお前に聞くことではないが。ライカルまで船でどれだけ掛かるか知っているか」


「貿易船でしたら、おおよそ十日ほど掛かると聞いております。距離から考えますと、軍船でもさほど変わらず、どんなに早くても八日は掛かるかと」


「ほらな、シーラ。これだけ掛かる」


「急いでいないんだよね?」


「急いで八日だと言ったんだ」


 トニーヨはこの話題に興味を持った。

 この娘が異国から来た旅行者で、一人で船を動かしていたという噂は耳にしている。

 シーラが最初にタークォンに来たときに行った船の検分については、用もないのに立ち合い叱られた警備兵が複数いたおかげで、事の成り行きが警備省の副長官であるトニーヨの元にも届いていた。


「ユメリエンの間違いじゃないの?」


「ユメリエンですって?」


 思わずトニーヨも身を乗り出して、地図を覗き込む。

 常夏の国ユメリエンは、この国で時間を持て余しているような者たちが、冬の直前に脱出して次の夏まで半年掛けて楽しんで来る場所だ。

 ユメリエンまでは、船旅だけでひと月近く掛かると聞いている。

 貿易船とてそれは変わらず、長い時を掛けてやって来るから、その分値段が跳ね上がり、ユメリエン産のカカオや果物はタークォンでは高級品として扱われた。


「大嵐でも来たらまた別だけど。そうでなければ、ライカルには三日もあれば十分だね。急いだら二日で行けなくもない」


 そんなことがあり得るのか?

 小さな船だと聞いていたのに?

 それも帆船で?


 普段の仕事振りから魔術師であることは知っていたが、その魔術が船の高速移動とは繋がらず、トニーヨはイルハの妻であることを忘れて、シーラをまじまじと見詰めてしまった。

 シーラににこりと微笑まれて、我に返ったトニーヨは慌てて視線を逸らす。


「これが真実かどうか、まずは見極めねぇとならねぇな。さて、トニーヨ。どうすべきだ?」


「はい?」


「お前ならどうする?」


「そう言われましても、実際に見て、確認するしかありませんね」


「そうだろう。というわけで、俺は行って来るぞ」


「行くとはどちらに?」


「ついでにライカルの国王に挨拶だ。ちょうど良い時期だろう」


「王子がライカルに行くの?」


「殿下。さすがにシーラの船にお乗り頂くわけには参りません」


 その通りである。自国の船ではなく、客船に乗る王家の者もあろうが、それがどこの馬の骨とも分からぬ旅人の、しかも小さな帆船など。まず許されるはずがないし、ライカルの者たちだって困惑するだろう。

 それがイルハの妻だからというのは、許される範疇にない。


 それ以前に、シーラはこれを断っている。

 それも踏まえてイルハはあえて言ったのだ。


 そのシーラは、イルハを見詰めて微笑んでいた。


「分かっている。だから、海軍省をけしかけるぞ。お前も付き合え、トニーヨ」


「は…はい?」


「なんだ、嫌そうだな」


「滅相もない!仰せのままに」


 警備省と海軍省は、とてつもなく仲が悪い。

 タークォンの陸上は警備省が牛耳り、海、つまり他国との問題は海軍省が見ているわけだが、警備省としては、長く国内が平和であるのは、自分たちの陸上における厳しい警備のおかげであると思っているし、海軍省としては、強い海軍があるからこそ平和が保たれているというのに、警備省が国内で偉そうな顔をしているのが許せない、というところである。


 ちなみにふ頭の守り人は海軍省の管轄にあり、ふ頭の警備は警備省の管轄だ。こういうところも揉める要因になっていた。


 それでどちらも嫌いなのが法務省である。

 この国の厳しい法のせいで、どちらも自由が利かず、それどころかすぐに法を犯したと糾弾されるのだから。法務省から常に厳しい規律を課せられていると感じていれば、良い付き合いが出来るはずもない。


 とは言っても、イルハもトニーヨも幼い頃から知った顔で、特に仲が良いわけでもないが、悪くもなかった。仕事上付き合いにくいところはあっても、王子の側近という立場に戻れば、身内のようなものである。


「海軍省だけで良いでしょうか?」


「そうだな。魔術省も呼びたいところだ。シーラ、見せることには問題はないな?」


「うん、いいよ。いくらでも見て!」


「海上でちょろっと乗せるのも嫌なんだな?」


「それは出来ないね」


「それがイルハならどうだ?」


 シーラが目を丸くして、イルハを見詰めた。


「イルハもライカルに行くの?」


「法務省の長官が行く理由を何にするかだな。何かないか、トニーヨ」


「造船に関わる法の発展のためでよろしいのではないでしょうか?そのような高速移動が、それも帆船で可能であるとなれば、世界にはどのような船があるかも分かりません。古い法に囚われて、新しい技術の採用が遅れては、我が国の利を損ねる大問題に発展します」


 言葉は溢れるように、トニーヨの口を衝いて出た。

 王子もイルハも目を見張っているが、トニーヨが誰よりもそんな自分に驚いている。

 それなのにトニーヨの言葉はなお止まらない。


「それから警備省といたしましても、シーラ殿の魔術の使い方を知っておきたく、また他国の警備状況というものを見ておきたいところでは御座います。長く戦争のない我が国においても、万が一のことをいつも想定しておく必要はありましょう。海軍は海上からの攻撃に長けておりましょうが、陸での戦闘には弱いものです。戦場が国内、国外、いずれの場合にも、警備省が共に戦うことは間違いありません。船の魔術に関しては、国の魔術でもあり、シーラ殿がこれに当てはまらないとしても、警備省としてよく把握しておく必要があると心得ます」


 途中まで驚きを露わにしていた王子も、トニーヨが言い終える頃には笑っていた。


「トニーヨも行くんだな?」


「可能であれば、という話です。ご命令頂ければ、警備省から人を選出します」


「俺が指名する。トニーヨ、お前が付いて来い。名目は俺の警備と他国の視察でいい」


「は」


「イルハ。お前も船と他国の視察だ。適当に法に絡ませていいから、付いて来い」


「御意」


 シーラとテンは顔を見合わせていた。

 テンは何を想うのか。シーラは笑顔であったけれど、テンは相変わらずの無表情である。


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