5.顔の見えぬ王子様
話を終えても、ハナは店から去ろうとしなかった。
それでシーラは困るのかと思えば、そういう気配も見せない。
ちょうどよく姿を見せたミアに頼み、リアという名の老婆を呼んで貰った。
老婆はゆったりとやって来て、ミアが用意した椅子に腰を掛ける。一体いくつ歳を重ねているのだろうか。指の先まで深い皺が刻まれていた。
「今日は何だね?」
「第二王子のことを詳しく聞きたいんだ」
「あんたも聞くなら、お代は二人分頂くよ」
シーラはとんとテーブルの上に袋を置いた。中身はもちろん金貨である。
「ハナはどうする?」
「何か新しい話はあるかい?」
「あんたが何を知っているか、知らないね」
ハナも懐から包みを取り出して、テーブルに置いた。
情報屋として、情報を買うことに抵抗はない。
リアがこう言ったからには、最新の情報が聞けるはずだ。新しい情報がないときには、はっきりないと言うものである。
それよりもハナは別のことが気になった。
「なぁ、シーラ。あんたは夫からこの手の話を聞き出さないのかい?」
「妻だからって国の大事な情報を流すような人を夫にはしないよ」
シーラは平然と言ったが、ハナは揶揄するようにこれを鼻で笑った。
「なんだい、本気かい?」
「夫婦になるのに、他に理由は要らなかったみたいでね」
「あんたにはたっぷりと理由がありそうなものだけどね」
「それが私にあるとは限らないよ?」
「夫側にあるって?」
「そうは言っていないね」
「言うようになったじゃないか」
テーブルに置かれた二つの袋は、まだ側に控えていたミアが受け取った。
「二人分、確かに頂いたわ」
リアもミアもテンを勘定には入れなかった。
この理由をテンも知っていたから、不満は見せない。
それよりもテンは、シーラとハナの会話を追い掛けることに忙しい。とても集中した顔で、これを聞いている。
「それで、何から話せばいいかい?」
「ねぇ、ハナ。その前に私にも支払って」
「なんだい?」
「私がこの国で得た情報を話すことになるからだよ」
「それも付けておいてくれたっていいじゃないか」
「まだ貸しを作る気?」
ハナは渋々という顔で、懐から別の包みを取り出した。
どれだけ金貨入りの包みを服の中に隠しているのか。隠す場所など無さそうな服に見えるが、どうなっているのだろう。
「これで足りるかい?」
受け取ったシーラは中身を覗くと、「足りないから、その分は貸しておくね」と言った。
「あんたも商売上手になったもんだよ」
「どこかの情報屋さんがよくよく教えてくれたからね」
シーラもハナも笑い声を上げる。
老婆リアはひっそりと微笑んでいたが、ミアはすでに姿がなかった。
「王宮にあると監視されていてね。これが後宮でも起きるから不思議だったんだ。それもいつもではなくてね」
「あんた、後宮にも出入りしているのかい?」
「あれ?それはまだ調べていないの?」
「あんたが第一王子の周りをちょろちょろしているとは聞いていたさ」
「その王子の奥さんとも知り合いなんだよ」
「どうやったんだい?」
「偶然知り合っただけだよ」
「その後宮での話をもっと詳しく聞きたいね」
「それには料金が足りないね。それに今はその話じゃない」
「金を払ったって、言うつもりがないね?」
「まぁね。今はリアから情報を貰いたいんだ」
ハナはズボンを探ると、ペンと小さなノートを取り出して何かを書き始めた。
シーラはこれを一瞥してから、老婆に視線を移す。
「この前教えて貰った配置通りなら、その魔術の出所はいつも第二王子の居る辺りなんだ」
「知りたいのは、第二王子殿下、あるいはこの側近が、魔術を使えるかどうかかい?」
「いいや、第二王子だけでいい」
シーラがにっと笑えば、リアはゆったりと頷いた。
「使えると聞いているね。幼少期によく学ばれたようだよ」
「やっぱりこの国は面白いなぁ。しかもあれはタークォンの魔術じゃないよね。誰が教えたの?」
「現国王陛下が、シュウレンという名の魔術師を海から引き入れた。これは何十年も前の話だよ」
「へぇ、海からかい?」
ハナはこれもノートに書き記しているようだ。
「その人が教えたと思っていい?」
「確かにその人かどうかは分からないね」
「直接でないにしても、関わりはあるんだね?」
老婆は頷いた。
シーラの瞳が躍っている。とても楽しそうだ。
「そのシュウレンという人は、この国ではどういう立場なの?」
「魔術省の役人さ。無冠にしては、良い待遇を受けているよ」
「あぁ、だから第二王子なんだね」
魔術省は第二王子の管轄だ。
他に海軍省と環境省が、第二王子の下にある。
シーラと付き合いのある第一王子は、法務省、警備省の他に、税務省も見ていた。
タークォンの国の機関はこればかりではなく、神祇省などの国王直結の部門も存在している。
この辺りの情報は、すでにシーラも仕入れていて知っていた。
おかげでテンもこの国の政の体制には、詳しくなっている。
「元は海にある魔術師か。それを引き入れるなんて、この国の王様も気になるなぁ。だけどまずは第二王子に魔術省だね。うん、面白くなってきたよ!」
「あんたが面白いと言うと、嫌な予感しかしないね」
ハナがぼそっと言ったが、シーラはこれを無視して、さらにリアから情報を聞き出した。
どれもこれも第二王子に関わる話である。
その育ちに加えて、知られた性格や逸話まで。よほど王子に近しい人から聞かなければ漏れるはずのない情報もあった。
話は第二王子の側近たちにもおよび、魔術省や海軍省の長官、副長官などについても、シーラは詳細を聞き出していく。
何をするつもりなのか、テンはシーラを見詰めながら考えるが、やはり何も思い付かない。
ハナは最後まで席を立ち上がらず、ケーキを食べ終えたシーラたちの方が先に店を出た。
外に出てしばらく歩いてから、シーラはパンと手を合わせる。
これを聞いたテンは、ふぅっと息を吐いていた。知らず、緊張していたようだ。
「あの人は海の仲間なの?」
「仲間ではないね」
「じゃあ、敵?」
「敵でもないけど、味方だとは思わないことだね」
テンは首を捻って考える。
海にあるものたちに対して、シーラはいつもそう言うけれど。
フリントンなどと仲良くしている様を見れば、仲間のように思えてしまう。
今しがた会ったハナとて、シーラとは随分仲が良いように見えた。
そういえば、さっき言っていたアザラシさんって誰なんだろう?
もしかして知っている人だろうか?
テンの思考は、シーラの言葉で中断される。
「テンにひとつ教えておくよ。情報屋に話を聞く時は、情報を奪われていると思いなさい」
シーラの珍しい口調に、テンの背筋がピンと伸びた。
「俺が聞いたのはまずかった?」
「あれくらい大丈夫だよ。テンが何者かなんて、もう調べてあるだろうし。これからは気を付けようねって話だ」
テンはしっかりと頷いた。
心は素直な少年である。
「さっきのララエールの話を聞いてもいい?」
「そうだったね。だけどそれは海の上でにしよう」
「海に出るの?」
「私は海の民だよ、テン」
「イルハはいいの?」
「問題ないよ。それにきっと面白いことになるからね」
聞いても答えないだろうけれど、テンは聞いてみた。
「何が起こるの?」
「それはお楽しみだよ!さぁ、テン。一緒に先を楽しもう!」
パンパンパンと手を鳴らした後に、シーラが駆け出すと、テンもこの後を追って駆け出した。
タークォンの石畳にぶつかるたびに、二人の靴底が高い音を鳴らす。
すれ違う警備兵たちは、娘と少年がじゃれ合っているように見えただろう。
確かに二人はこのときを楽しんでいた。




