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海の神々へ捧ぐ音(なろう版)  作者: 春風由実
第二章 海の洗礼

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4.情報屋


 店の奥のテーブル席に金髪の女性があった。

 シーラは堂々と向かいの席に腰を下ろして、隣にテンを座らせる。


「久しぶりだね、ハナ。こんなところでどうしたの?」


「シーラに会いに来たに決まっているだろう!」


「今日は一人なの?」


「あぁ、ちょっとね」


「また喧嘩中?」


「それよりシーラのことだよ!」


 ハナは興奮している。

 王子の正室キリムとは正反対の種別であるが、美しい女性に違いない。

 はっきりとした目鼻立ちで、分かりやすい美人だ。女性らしい体を強調するように、ピタッと密着する服を纏っている。自分の美しさをよく知っているのだろう。


「タークォンに夫が出来たって本当かい?」


 シーラは答えず、大きな声で笑った。


「笑いごとじゃないよ。こんな情報を仕入れたら、確かめに来るしかないだろう。こっちは忙しいっていうのにさ」


「それは大変だったねぇ」


「まったく他人事だと思ってさ」


「他人事だからね」


 シーラはなお笑った。

 からからと乾いた笑い声は、欝々としていた薄暗い店内に明るさを加える。


 ハナがここに笑い声を重ねると、一層店内は明るく彩られた。

 どちらも元気な女性である。


「それで?本当かい?」


「情報をただで仕入れるつもり?」


「それ相応の情報は提供するよ」


「ハナには貸ししかないけどねぇ」


 ハナはこれを無視して、シーラに問いただす。


「夫は法務省の長官殿で間違いないね?」


「さぁ、どうかな?」


「隠せると思っているのかい?」


「どうせタークォンで情報を仕入れたところでしょう?私のためだなんて言って、本当は別の仕事だ。ねぇ、ミア?」


 店の娘が二人分の珈琲を運んで来た。

 まだシーラは何の注文もしていなかったが、疑問を呈さず、この珈琲を受け入れる。


「お答え出来かねますね」


 ミアは可愛らしく首を傾げて見せた。

 店に似合わず、愛想のいい女性である。


 女性ばかり揃うのは珍しいなぁ、とテンは思った。

 海では男ばかりに会うからだ。しかしここは海ではない。


「今日は、リアはいないの?」


「ご用件があれば呼んできますよ」


「それなら後で呼んでよ」


 シーラはまたあの老婆から情報を仕入れるつもりらしい。

 この国には何かある。

 テンはシーラが何を聞き出すのか楽しみにしているが、自分では気付いていないようだ。


「あんたにも聞きたいんだけど。わざと情報を流したね?」


「どういうこと?」


「とぼけるのも上手くなったもんだよ。あぁ、ミア。私にも珈琲のおかわりを」


「かしこまりました」


 ミアが店の奥へと消えていく。

 余計な話は一切しない娘である。


「こっちはそのつもりで考えておくけど、いいんだね?」


「だから何の話をしているの?」


 ハナは歯を見せて笑うと言った。


「まぁ、いいさ。あんたはいつもそうだ。さて、伝言があるんだ」


「そのために呼び出したの?」


「あんたがなかなか無線機を付けないからだよ」


「静かにのんびりと海にありたいからね」


「陸にあって何を言うんだい?」


 シーラもハナもよく笑った。

 この女性たちの愉快気な会話を、テンは真剣な顔で聞いている。くすりとも笑わないから、この場にはとても不釣り合いだ。


「まずはアザラシさんからの伝言だ」


「その可愛い名前は、どうにかならないの?」


「それは私も何度も…って今はそうじゃなくて。仕事をさせておくれ!」


 ハナはそれからさらに言った。


「『冗談は海だけにしてくれ』だとさ」


 シーラがお腹を抱えて笑い出す。

 今までよりも大きな声が、店内に響き渡った。

 あまりに大きいから、外にも漏れていそうだ。


「その冗談みたいな名を変えてから言って!って返しておいてよ」


「本気ならお代を貰うよ」


「貸した分を返してから言ってくれる?」


「…承った。もう一人預かったけど、どうする?」


「そっちは要らないなぁ」


「聞くだけ聞いておくれよ。お代を貰っちまったんだ」


 シーラは聞くと言っていないのに、伝言は続く。


「『僕の愛する気持ちは揺らがないよ。これからも君は僕の妻だ。これでいつでも会いに行けるね』、だとさ」


「妻ではないし、二度と来るなって言っておいて」


「あんたらもよく分からないねぇ」


「こんなに分かりやすいのに、何が分からないの?」


「だから分からないんだよ」


「それならハナの方が分からないね」


「あいつの話はいいんだ」


 ミアが新しい珈琲を運んで来て、ハナの前に置いた。

 代わりに空いたカップを引き取っていく。


「ミア、テンと私に美味しいケーキを貰える?」


「私には塩辛いものを頼むよ」


「かしこまりました」


 ミアはいつも、店の奥に消えていき、僅かな時しか姿を見せない。

 店内の様子を確認するようなところもないし、それどころか客が来ても席に案内することもしないのだ。客が座ってようやく姿を見せるも、注文を取ったあとはさっさと店の奥に引きこもり、料理を運ぶ僅かな間だけ姿が見られた。

 それでも客側が必要としたときには呼ぶ前にやって来る、そんな不思議な娘である。


 テンはずっと我慢していたが、シーラの腕を軽く引いてみた。

 シーラが頷いたから、口を開く。


「あんた、情報屋なんだよね?」


「そうだよ、坊や?どうしたかな?」


 テンは隠せずにむっとした顔になる。子ども扱いが大嫌いなのだ。


「ララエールの王家がどうなったか知っている?」


「情報屋に何か聞く時は先に金を払うものだよ、坊や」


 懐を探ろうとしたテンの前に手が伸びた。シーラの手だ。

 相変わらず包帯だらけだと、テンは思う。

 それが包帯ではないと知っているけれど、テンには見た目の違いが分からない。


「ねぇ、ハナ」


「なんだい?」


「この子が誰の船に乗っているか知っているよね?」


 ハナはシーラを凝視した後に「それも本当かい?」と尋ね返した。


「ここにテンが居て、何を疑うの?」


「ちょろっと乗せているだけかと思ってね」


「乗せ方なんて大事じゃないね。テンは今、私の船に乗っているんだ」


 シーラとハナがしばらく見つめ合っていた。

 やがてハナからため息交じりの笑みが零れる。


「シーラへの貸しを返しておこうか」


「これくらいじゃ足りないからね?」


「う…それは時間と共に、帳消しになったりしないかい?」


「情報屋が何を甘いことを言っているの?利子が付いて上がっていると思った方がいいね」


 ハナの顔色がとても良くないことに、テンも気付いた。

 シーラはこの人に何をしたのだろう?と思ってシーラを見上げたら、シーラは優しく微笑んでテンの赤毛を撫で回すのだ。


「それでは、ララエール王家の最新情報をお伝えしよう。ララエールがスピカートンに落ちる前に海に出て、長く付き合っていたホウホウヤに逃げ込んだことは知っているかな?」


「それは前にシーラから聞いたよ。それでスピカートンが引き渡しを要求したって」


「その通りだよ。命の保証はするという話が出たから、ホウホウヤもこれに同意する方向でスピカートンと議論していたようだけどね。ところが今や、様子が変わっている」


「どう変わったの?」


「ララエールの内部から暴動が起きただろう。そこから事態が変わっちまったんだ。ララエールも同じように引き渡しを要求してね。それでホウホウヤも面倒は御免だと、ララエールの王家を海に放り出そうとしている。そろそろ海に出されちまった頃じゃないかい?」


「それで王家はどうなるの?」


「私が提供するのは確かな情報だけだよ、坊や。先の議論はしない主義さ」


 テンは頷いて、お礼の代わりにシーラを見上げた。

 シーラの顔がテンにはいつもより優しく見える。


「シーラには聞いてもいい?」


「もちろん」


「ララエールは王家を戻そうとしているということ?」


「そうじゃないね」


「違うだろうねぇ」


 シーラとハナの声がほとんど同時に発せられていた。

 先の議論をしないと言ったハナが、結局これに参加している。


「どういうこと?」


「処刑するために決まっているさ」


 ハナははっきりと言った。


 先の話をしてしまっているではないか。テンは呆れながら思う。

 海のものたちのこの適当さに、まだテンは慣れない。

 彼らはとても無責任なのだ。


「王家から自立する気があるんだ?」


 聞いたのはシーラである。

 するとハナは、先の話を堂々と語るのだ。


「いいや、新しく王家に変わるものを立てようとしているね」


「王家に変わるものって?」


 今度はテンが尋ねた。


「暴動を先導した奴が国をまとめたがっているからね。王家を名乗るつもりか知らないけど、いずれにしても何かしら偉そうな名を付けるんじゃないかい?」


「王家を名乗らず、何になるの?」


「信仰を曲げるのか、引き継ぐのか、それとも新しく始めるのか。その辺が絡むから、私にもまだ答えられないね」


「信仰って?」


 ハナはテンからシーラに視線を移す。

 シーラはこれを受けて、テンの赤毛をゆっくりと撫で回した。


「後で教えてあげるよ」


 テンは大人しく頷いた。それは十二歳の少年の顔である。

 ハナもテンの少年らしさを垣間見て、優しい母親のような顔を見せていた。


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