6.愉快な旅人
それから少しすると、今度は中央広場に面した一軒の料理屋の内部に、明るい声が響き渡った。よく通る声なのだ。
「お姉さん、これ、美味しいよ。リゾットはいくつかの港町で食べたことがあるけど、これが一番美味しい!」
「おやおや、旅人さん。嬉しいことを言ってくれるね」
「私はお世辞を言わないよ。本当に美味しいんだ。貝の味が染み出て最高だね」
店主のリリーは、とても嬉しそうに笑った。
「お嬢さん、いい時期に来たんだよ。この国には、夏と冬しかないことを知っているかい?二つの季節が入れ変わるときに、ここらの貝は一番美味しくなるんだ。それがちょうど今ってわけさ」
「今は夏になったばかりだよね?」
世界を巡る旅人にとって、季節とはどういうものか。
沢山の国が大海に浮かんでいるが、その季節は様々だ。
万年春の国や、いつまでも氷が解けない冬の国もあったし、春夏秋冬がはっきりと分かれている国があれば、この国のように夏と冬しかない国もあるのだから。年がら年中常夏の国があれば、冬だけがない国なんかもあった。
「よく知っているね。夏が始まったところさ」
「夏から冬に変わるときにも、この貝が美味しくなるんだ?」
「別の貝がいい味になるんだよ。良かったら冬にまたおいで」
シーラは、頬張りながら頷いた。
「ねぇ、リタ。夏と冬しかなかったら、季節が変わるときはどんな感じなの?」
「急に暑くなって、急に寒くなるのよ」
「わぁ、大変だね」
「そうなのよ。体が追い付かなくて。若い時はまだいいけれど、歳を取ると大変だわ」
「今はどう?体は辛くない?」
リタはとても優しく微笑んだ。
「大丈夫よ。こんなに可愛いお客様が来て、もう楽しくて、体の疲れも吹き飛んでしまったわ!」
シーラはとても嬉しそうに笑ってから、リゾットを頬張った。美味しいのか、凄い勢いで皿からリゾットが消えていく。
「はい、これはサービスだよ」
シーラがリゾットを食べ終わると、リリーは珈琲と共にデザートを差し出した。
「ベリーのパイだ!」
シーラの瞳がはっきり分かるほどに輝いている。向かいではリタが優しく微笑んでいた。これからレンスター邸宅では、この可愛い客人にリタの焼いた菓子がふんだんに振る舞われることになるだろう。
「サチベリーっていうベリーでね。この国にしかないベリーなんだよ。甘いものは平気かい?」
「大好きだよ。でも、いいの?」
「美味しそうに食べてくれたから、そのお礼だよ」
「わぁ、ありがとう!リリーって素敵だね!」
「また嬉しいことを言うね、お嬢さん。もっとサービスしたくなるなぁ」
「シーラだよ!シーラって呼んで!」
シーラは言って、また美味しそうにパイを頬張るのであった。それは、それは、幸せそうに。
「珈琲も美味しいね。この国の豆?」
「それはライカルの豆だね。この国じゃ珈琲豆は取れない」
「ライカルか。今度行ってみようかな」
「そんなに気に入ったのなら、少し豆を分けてあげるよ?」
「大丈夫、自分じゃ淹れられないから!ありがとうね、リリー!」
自信満々に言うシーラを見て、リタは少々不安になった。
「世界を旅して周っているのかい?」
「うん、まぁ、そんな感じだね」
「もしかして、流行りの自分探しっていうやつかい?」
「自分探し?自分なんて探さなくてもここにいるよ?どこかに無くしちゃう人が沢山いるの?」
リリーは、ぶわっと勢いよく笑った。
どこに行っても、シーラはそこに明るい雰囲気を紡ぎ出す。リタにはこの不思議な娘が、堪らなく可愛く見えた。そう遠くない未来に、もしかして、万が一、ひょっとしたら……という淡い期待を寄せながら、幸せそうにパイを頬張るシーラを見詰める。
長く側で仕えてきたが、主人があのように敬称も付けずに若い女性の名を呼ぶ姿を、リタは一度も見たことがない。




