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海の神々へ捧ぐ音(なろう版)  作者: 春風由実
第二章 海の洗礼

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3.少年の世界


 王宮を出たシーラは北へ向かった。テンがその後ろを無言で歩く。


 二人は王子の元で書類整理の手伝いを続けていたが、近頃は働き過ぎたようで、書類の方が追い付いていなかった。

 だから二人で自由に過ごす時間が増えている。

 シーラがイルハの妻になったという事実が、イルハだけでなく、王子の気も緩めていたようだ。

 けれども警備兵は相変わらず、二人の姿を追っていた。

 どこへ行くか見ておけと、王子から言われているのだろう。


 シーラはいつものようにしばらく歩いてから、両手を合わせて小気味良い音を鳴らした。音は一度だけだ。

 すぐにテンは、その顔に不満の色を浮かべる。


「今日はよく頑張ったね」


「王子もあんな人だったなんて」


「期待しない方が楽だよ、テン」


 シーラは優しく言って、テンの赤毛を撫で回した。

 それでもテンは不機嫌なままだ。


「王家なんて、この世にいらないんじゃない?」


「いらなくなった人の前でよく言えるね」


 シーラのそれが明るい声であったから、誰が聞いても嫌味とは感じないだろう。

 なにせシーラは笑っている。


「シーラは違うよ!」


 テンが強く言えば、シーラはなおテンの赤毛を撫で回すのだ。


「どこも違わないよ。むしろテンからすれば、最悪だと思うけど?」


「あいつらが見捨てたせいでしょ!」


「それは関係ないよ」


「関係ないことなんてないよ。だから罰が当たったんだって、みんな、そう言っていた!」


「そんなこと起こらないよ。罰が当たるなんて思うから、どれもこれも罰が当たったように見えて来るんだ」


「だけど本当にそうなったんだよ」


「そうかな?もっとよく考えてごらん」


「よく考えたってば!」


「そうだったねぇ」


 テンがむっとしたところで、シーラはこれを笑い飛ばすのだ。


「子ども扱いしないでよね!」


「そう感じさせたなら謝るよ。だけど、この国のことまで考えることはないよ、テン」


「それはそうだけど…」


 テンはまだ不満そうだ。

 そこでシーラは話題を変えることにした。


「まぁまぁ。それより今日はもっと楽しいことがあるからね」


「何かあるの?」


「『眠らない猫』に会えるかもしれないよ」


「人だったの!」


「さぁ、どうかなぁ?」


「そこまで言って、教えてくれないの?」


「考えるのは楽しいでしょう?」


 確かにテンは楽しんでいた。

 いつか自分の力で、海の隠語の謎を解き明かしたいと願っている。

 だから今シーラに種明かしをされると困るのだ。


「その人からどうやって連絡が来たの?」


「さぁ、どうやってかなぁ?」


「それも秘密?」


「秘密ではないけれど。今、知っていいの?」


 テンは悔しいと思う。

 シーラがあれもこれも話さないのは、海らしさもあるが、テンを楽しませるためでもあった。

 だけど幼いテンには、楽しさよりも、分からない悔しさが募る。


「海には色んな連絡手段があるんだよ。少しずつ知っていくと楽しいからね」


「悔しいなぁ」


 隠さず言ったテンに、シーラは優しく微笑んだ。

 

 それからシーラはもう一度テンの赤毛を撫で回し、テンの頭皮を指で軽くトントンと二度叩いた。

 テンは頷いて、顔付きを改める。



 二人は梟の描かれた小さな看板を掲げた喫茶店に入った。


 店内は相変わらず薄暗く、客がない。

 と思ったら、奥の席から声が掛かる。客がいたのだ。


「やぁ、シーラ!久しぶりだね!」


 やけに明るい声は、この店に似合わない。

 シーラは迷わず、その席に足を運び、テンもこれに続いた。


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