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海の神々へ捧ぐ音(なろう版)  作者: 春風由実
第二章 海の洗礼

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1.トニーヨの試練


 警備省副長官であるトニーヨが王子の執務室に入ったとき、この日は最悪なはじまりだと知ることになった。


 王子が座るはずの場所に、何故か二つ椅子が並べてあって、そこに若い娘と少年が座っているのだ。

 しかも二人は、トニーヨなど見ておらず、手元の遊びに夢中になっていた。


「あの…」


 声を掛けると、二人は同時に顔を上げてトニーヨを見た。


「おはよう、トニーヨ!」


 娘からの呼び掛けに、トニーヨは困惑する。


 この娘がどうやら法務省長官の妻であるらしい、というところは噂から理解した。しかしその妻が何故、王子の執務室にいるのか。しかも夫どころか、王子も側に居ないのである。


 もっと分からないのは、この赤毛の少年だ。

 少年の方は愛想がなく、いつも無表情でトニーヨを見ていた。今日もそれは変わらない。


「王子はしばらく戻って来ないみたいだよ」


「はぁ」


 この二人にどのように接していいか、トニーヨはまったく分からなかった。


「書類?置いておくように言っていたよ」


「分かりました」


「ねぇ、トニーヨ」


 しかもこの娘は今までと違い、トニーヨに熱心に語り掛けて来る。

 いよいよ今日は、最悪な一日に決定だ。


「トニーヨはいつも忙しいの?」


「それなりには」


「それなりなんだ。今は?」


「何かありますでしょうか?」


 とりあえず敬っておこうと決めて、堅い言葉を使っておくが、自分でも納得出来ていないので、トニーヨは無意識に首を捻った。しっくりこないのである。


「トニーヨも魔法を使える?」


「はい?」


「もしかすると、この国では皆が魔法を使えるんじゃないかと話していたところでね。トニーヨはどう?」


 トニーヨには、娘の言いたいことがさっぱりと分からない。


「魔法とは、魔術のことでしょうか?」


「魔術じゃないよ。ねぇ、テン。見せてあげて」


 テンは表情も乏しく、声も掛けずにさっと小さな手のひらをトニーヨに向けた。


「ほら、見て。何もないでしょう?」


 言ったのは、シーラである。


 テンは無言のまま、ぎゅっと拳を握り締めた。

 間など空けず、すぐに手を開くと、その小さな手の平に金貨が乗っている。


「魔法とはこれのことですか?」


 シーラが期待一杯の瞳で見たとき、トニーヨの気が僅かに緩んだようで。


「以前カードゲームなどをなさっておられましたね。まだそのカードをお持ちでしょうか?」


「遊んでくれるの?」


「カードを使った魔法をご覧に入れようかと」


 机に書類を置くと、トニーヨはシーラが喜んで手渡したカードの束を華麗な手さばきで並べ替えた。

 美しくさらさらと流れるように、右手から左手にカードを移しただけで、シーラは大喜びだ。

 テンも興味があるようで、トニーヨの手元から目を離さない。


 これはやりやすい。

 トニーヨは自信を持って、裏にしたカードの束をシーラの前に差し出した。


「好きなカードを一枚お取りください」


「どれでもいいの?」


「えぇ、どうぞ。私にはカードの模様を見せないようにお願いします。お二人で見せ合っても構いません」


「分かった!」


 シーラがくすくすと笑いながら、抜き取ったカードをテンに見せている。


「それで、どうすればいいの?」


「カードの柄を覚えましたね?」


「覚えたよ!」


「それでは分からぬように裏にして、この束の上にお戻しください」


 シーラが恐る恐るカードを乗せると、トニーヨはそれが分からないように、カードを切って混ぜてしまった。それを何度も執拗に繰り返すところが、真面目な彼らしい。


「どうするの?」


「よく混ぜましたでしょう?」


 同意したシーラの瞳はきらきらと輝いていた。

 このように期待一杯の瞳で見つめられると、トニーヨも楽しくなってくる。

 ここからが面白いのだ。


「では、一番上のカードをお取りください」


「これ?」


「どうぞご覧ください」


 シーラはすぐに「きゃあ!」と叫んだ。

 テンも珍しく、目を見開いている。


「どうして一番上にあるの?」


 はじめて少年に話し掛けられて、トニーヨは驚いた。

 子どもの声に違いないのだが、落ち着いた声はとても子どもらしくない。


「それも魔法です」


「トニーヨって凄いんだね!オルヴェよりも、イルハよりも、王子よりも、凄かった!」


 オルヴェとやらは知らないが、トニーヨはこれまでイルハや王子より凄いと褒められたことがない。

 だから恐縮しながらも、滲む嬉しさを隠すことが出来なかった。自然と顔が緩んでいく。


「他にも何かお見せいたしましょうか?」


「まだ魔法が使えるの?」


「カードを使った魔法は得意でして」


「凄いよ、トニーヨ。まだ凄いことが出来るなんて!沢山見せて!」


 それでついうっかりと、トニーヨらしからず、夢中になって。


「楽しそうじゃねぇか」


 慣れた声が後ろから聞こえたとき、トニーヨは飛び上がりそうになった。

 一警備兵ではないにしても、警備省の副長官が、部屋の扉が開いたことにも気付かずに遊んでいるなんて。それもあろうことかお守りすべき王子の執務室で、王子に背中を見せてお迎えするなど。


「殿下、これはその…」


「王子!おかえりなさい」


「留守番助かったぜ。おい、トニーヨ。俺にも見せてくれ」


「はい?」


「こいつらだけ、楽しませる気か?」


 トニーヨは緊張のあまり手付きが危うくなったが、なんとか手品、もとい魔法を成功させることが出来た。

 相変わらずシーラは拍手喝采であったが、今度のトニーヨは複雑な気持ちである。


「やるじゃねぇか。たまにはこいつらと遊んでやってくれ」


 こんなことで王子に褒められるとは。

 あまり褒められた経験のないトニーヨは、不思議な気持ちになった。


「あの、殿下。噂を耳にしておりますが、こちらの方は…」


「イルハ!」


 トニーヨはまた同じ失態を犯した。

 扉が開いたことにも気付かず、後ろにイルハが立っていることを知らなかったのである。


「妻がお世話になりまして」


「いえ…え?それは本当なんですね?」


「何か問題がありますか?」


「いえ、何もありません。素晴らしい奥方様です」


「イルハ、トニーヨは凄いよ。イルハよりも凄い魔法が使えるんだ」


 トニーヨは顔を引き攣らせていたが、彼の予想に反して、イルハは笑った。

 それがまたトニーヨには奇妙で、奇怪で、また違う意味で緊張を誘うのである。


「私より良かったですか?」


「だって凄いから。ねぇ、トニーヨ。イルハにも見せてくれる?忙しい?」


「時間はありますので構いませんが」


 言ってから、トニーヨは自分の発言に酷く狼狽した。

 王子とイルハの前で暇だと言って良かったか。


「お忙しいところ申し訳ありませんが、宜しければトニーヨ殿の素晴らしい魔法を拝見させて頂けますか?」


 イルハは何もかもお見通しというように、トニーヨに柔らかく言う。

 いつもの彼らしくない感じが、またトニーヨを緊張させているのだが、イルハもそこまでは気が回らない。


「はい。もちろんです」


「さっきと違うのにしてくれ」


 王子に命じられ、イルハにまで見られ、先ほどよりさらに緊張したトニーヨは、何とかこれを成功させたが、彼の背中には嫌な汗が伝っていた。


「上出来だ」


「手先が器用なんですね」


「トニーヨは一番凄い魔法使いだね!」


「ねぇ、トニーヨ。あとで俺に魔法の使い方を教えてくれない?」


 赤毛の少年がはじめて自分の名を呼んだ。しかも、こちらも敬称などなく呼び捨てである。

 二人とも、子どもなのかもしれないな。海にあったから、礼儀を知らないのだ。

 トニーヨはこのように感じ取った。


 それからトニーヨは、次の遊びの約束までさせられて、その後にようやくこの部屋に来た目的である書類の説明を王子に伝えられた。

 やっとこの奇妙な状況から解放される。トニーヨの緊張が完全に解けようとしていた。


「トニーヨ!とても楽しかったよ!ありがとう!」


 王子の執務室の扉が閉まり、背中に掛かる明るい声が聞こえなくなると、トニーヨは笑っていた。

 なんだかもう、笑うしかなかったから。

 廊下にいた警備兵が訝しそうにトニーヨを見ていたが、彼の笑いは止まらなかった。


 トニーヨに築かれた常識は、あの娘が王宮に通い出してからというもの、ずっと崩れたままである。


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