47.国交
「シーラの隣がいいわ!」
アンナの要望に応えるために、一同は席を変えることになった。
もうトニーヨの常識は通用しない。
最も上座に当たる一番後ろの席に、シーラを間に挟んで、姫とテンが座った。
その前の席に王子とイルハ、それからヨタが並び座って、トニーヨは変わらず運転席の隣にあった。
車内は満席で窮屈感もある。
トニーヨにはもう正しいことが分からない。
そもそも王子の執務室でこの娘が働き始めたところから、理解出来ていないのだけれど。
この娘と少年は、どの国でもこのように王家と知り合い、付き合いを深めているのだろうか。
はじめてトニーヨはこの二人に興味を持った。
今までは迷惑極まりない存在と捉え、早く海に出て行けばいいと思っていたのだ。
「この国は本当に石ばかりね。面白いわ」
「そうそう。それで前にテンと、歩くには石がいいか、土がいいかって話し込んでね」
「石も素敵だけど、やっぱり私は土がいいわね。土の柔らかい感じが好きだわ」
「それなら、テンと一緒だね」
アンナもテンも嫌そうに顔を歪めた。アンナはもうただの少女で、姫らしさがない。
「こんな子と一緒にしないでちょうだい!」
テンはあえて何も言わないのだろう。面倒臭そうに顔を顰めて、窓の外を眺めている。
王子とイルハが何度も振り返り、これを珍しいものとして見ているが、テンは感情を隠そうとしない。隠せないほどに嫌なのだろう。
この二人に何があったのか。それとも余程相性が悪いのか。
態度を変えたのは、王子やテンだけではない。イルハも先ほどまでとは変わっている。
シーラの知り合いと分かってからは、堂々と姫を見るようになった。王族の女性への遠慮が消えた。
そのイルハの隣にあるヨタは、ずっと苦笑いを浮かべ、前だけを見ている。
「シーラは石の方がいいの?」
「そうだねぇ。海以外何でもいいかな」
「んもう、適当なんだから!」
シーラは楽しそうに笑ってから、さらに言う。
「何でもいいけど、観て楽しいのは煉瓦だね。あれは美しい」
「土を焼いて作るのよね?」
「よく知っているね」
シーラが褒めれば、アンナは得意気な顔でさらに言った。
「石や木があまり採れない国で使われているのでしょう?」
「その通りだね。アンナは物知りだ」
シーラがさらに褒めれば、アンナは満面の笑みとなった。
そうすると、顔を見ていないはずのテンが、さらに不機嫌に顔を顰めるのである。
アンナとテンの感情は、反比例する関係のようだ。
「どこで見られるかしら?」
「そうだねぇ。ここから近いところだと、ユメリエンだ」
「行きたいわ!ヨタ、次はユメリエンでいいわね!」
「姫様、外遊には予定というものがございます」
「それなら帰りに寄りましょう」
「そちらは通りませんぞ」
「通るようにしてちょうだい!」
ヨタが困っているのに、シーラは軽快に笑った。
王子とイルハがシーラをよく観察しているのは、いつもと雰囲気が違うように感じたからだ。
「まぁまぁ、お姫様。煉瓦は他の国でも見られるよ。これからどこに行くの?」
アンナではなく、ヨタが詳細を説明した。
「次はレインポートに向かいます。そこからは南に下りて、アルニアへ。それで終了です」
「それならアルニアで観られるね」
アンナはさらにアルニアについて聞こうとしたが、これをシーラが制してしまった。
「せっかく来たんだから、今はタークォンを観た方がいいよ。モンセントとはまるで違うでしょう?」
「そうね。似ても似つかないわ」
アンナの興味が窓の外へ向かう。
石造りであることも然りだが、家の形からまるで違った。モンセントは木の家が主流で角ばっているが、タークォンの家々はどこも丸みがある。どうして石で出来ているのに、あのように丸く作ることが出来るのか、アンナには不思議でならない。
王宮などまるで違った。モンセントでも王宮には石を使っていたが、この国とはまるで違う仕上がりになっている。外観が違えば、部屋の様子も違って、家具も装飾品もまったく異なっていた。
違うところは、それだけではない。
通りに沿って植えられた街路樹は、モンセントでは見たことのないものだ。家々の軒先に並んだ鉢植えにも、知らない花が咲いている。
そのせいか漂う香りも違った。料理に使っている香辛料なども違うせいか、街全体の匂いが違う。それは船を降り立ったときから分かった。
違うのは街の様子だけではない。人の姿も異なっている。同じ人間には違いないけれど、服装が違い、髪型も違った。
通り過ぎる人たちは頭を下げていて顔が見えないが、所作も何か違うように感じる。
それは王族や従者たちにも言えることで、ちょっとした仕草にも違和があった。
言葉も違った。同じ言葉を用いているのに、強弱をつける部分、語尾の伸ばし方、そういうものが微妙に違うのだ。
これはタークォンだけの話ではない。すでにいくつかの国を回ってきたが、異国にあってはじめて、モンセントがすべてではないことをアンナは悟った。
世界には沢山の国があることを知っていたが、こういう違いは経験しなければ分からないものである。
「シーラがいつも話していたことが、本当だと分かったわ」
「何の話?」
「色んな国の話をしてくれたでしょう。そのどれもおとぎ話のように思っていたけれど、本当にあったのよ」
「そりゃあ、本当に観たことしか話していないからね」
「シーラが羨ましいわ」
シーラは同情を示さず、「アンナ、あれはこの国でしか見ない花だよ」と窓の外を指した。
「さっき舞っていた花ね」
「あれは綺麗だったね。なんて花だっけ、イルハ?」
「サルスベリですね」
イルハは振り返りもせずに淡々と答えた。王子がその横顔を凝視しても、ただ前を見ている。
先まで何度も振り返ってシーラを観察していたのに、話し掛けられたときには顔を見せない。この意味を王子は考え、人知れず小さく笑った。
「モンセントにはあんなに花が咲いているのに、まだ知らない花があるなんて不思議ね」
万年春の国であるモンセントには、一年中あらゆる種類の花が咲き誇っている。それも色とりどりの鮮やかな花が。
「この国は法に厳しい国なのよね?」
「モンセントからしたら、厳しいだろうねぇ」
ご機嫌な姫の邪魔をしては悪いかと、聞くだけに留めていた王子が口を出す。気遣いよりも、興味が勝った。
「モンセントには法がないのか?」
「ひとつあるわ」
「ひとつしかないのか?」
「えぇ、そうよ」
シーラが笑いながら、「凄いんだよ、王子」と言う。
「どんな法だ?」
『人のものは奪わない』
シーラとアンナの声が重なっていた。直後には高い笑い声も重なる。
「分かり易くて助かるんだ。おかげで法を犯す心配がないからね」
タークォンの面々は、一様にそれでどうして国が成り立つのかという疑問を持った。
タークォンからすれば、信じられない国である。
「俺も行ってみてぇもんだな」
「外遊で来たらいいわよ。案内するわ」
「それはいいな」
王子はイルハを見たが、イルハは特別な意を示さなかった。さすがにモンセントに行くとなると、よく考えねばならず、安易に同意出来ない。
この姫がタークォンにやって来たことも、驚くべきことである。モンセントとタークォンは近い国とは言えないのだから。
「そういえば、アンナ。この国の料理は食べた?」
「沢山頂いたわよ。貝のスープが気に入ったわ」
「この国は貝が美味しいよね。モンセントの白魚も好きだけど」
「食べに来てちょうだいよ!」
「食べたくなったら行くよ」
「食べたくなる前に来てちょうだい!いいえ、もうずっと居たらいいわ。毎日白魚を出してあげるわよ」
「アンナは欲求が多いなぁ」
シーラはぼんやりと言った。それはイルハの胸に突き刺さる言葉でもある。
「言うくらいいいじゃない!言ったって、そうしてくれないんだから!」
「結構聞いて来たと思うんだけど。ねぇ、テン?」
「俺は知らないよ」
テンはまだ窓の外を眺めていた。視界に入れたくないほどに、姫を嫌っているのか。
シーラは軽く笑って、姫に視線を移す。
「そうそう、アンナ。この国はデザートも美味しいんだ」
「そうね。頂いたデザートはどれも美味しかったわ。なんて言ったかしら、あのベリーを使ったタルト」
「きっとサチベリーだね。あれは私も気に入っているよ。お酒にしてもいい味でね」
「まぁ、あとで飲みたいわ!」
王子だけでなく、イルハもトニーヨも、そして運転手までもが驚いた。
モンセントには法がないと言っていたが、この姫はまだ十二歳だ。
「アンナはもう飲めるのか?」
王子までアンナと呼んでいた。これもシーラのせいだ。
「えぇ、少々嗜むわ!」
シーラが笑い出す。
「笑うなんて酷いわよ!」
「無理しなくていいのに」
「無理なんてしていないわ!いつも飲んでいるじゃない!」
「寝ちゃうでしょう?」
「夜は眠るものだわ!」
シーラは明るく笑ったが、ここでテンも小さく笑ったのが良くなかった。
その小さな声をアンナは拾い上げてしまう。
馬なしのこの馬車が、蒸気を使わず、魔術によって駆動しているというのも良くなった。内部が静か過ぎたのだ。
「あなたは飲めないじゃないの!」
テンが振り返り、アンナを睨む。
「飲めないんじゃなくて、飲まないんだよ」
「屁理屈ね」
「事実だよ」
間に座るシーラはよく笑っているが、シーラ越しにアンナとテンは顔を背けた。
テンが笑ったことに、まず王子とイルハは驚いた。
そうしてこのように言い合うことにもまた驚かされる。
テンも十二歳の少年なのだと、二人は改めて実感するのであった。
「ねぇ、シーラ。あとで部屋に来てちょうだい。一緒にお酒を飲みたいわ」
「それは出来ないよ」
「どうしてよ!用事でもあるの?」
「この国は二十歳になるまでお酒が飲めないんだ」
「シーラは飲んだのでしょう?」
シーラは首を捻って、一間を置いた。
「どうだったかな?お酒を買って、船で飲んだ覚えがあるね」
未成年が酒を買うことも禁じられているが、イルハは涼しい顔でこれを聞いている。
ちらとイルハを見た王子は、何もかも分かって笑った。
「シーラの嘘は分かりやすいのよ!ねぇ、王子。お部屋で飲むくらいは、いいでしょう?」
いつの間にか、アンナもシーラと同じように王子と呼んでいる。アンナはシーラと同じようにしたいのだ。
王子はにやけた顔のまま再びイルハを見て、「他国の姫様にまで、法は及ばねぇよな?」と問い掛けた。
しかしイルハは予想に反して、淡々と語るのだ。
「この地にある以上、どの者にも法は及びましょう。されども外交の問題が絡みますので、殿下のご判断の元に特例というご対応であれば、不可能ということは御座いません」
「何でも俺のせいにしやがって。アンナ、部屋ならいくら飲んでもいいが、外では民たちに示しがつかねぇから、辞めておいてくれると助かる」
「お部屋で頂くわ!ねぇ、シーラ。部屋に来てちょうだいよ」
シーラが答えなかったから、アンナはシーラの腕を掴んでさらに強く言った。
「来てちょうだいよ!」
シーラは「うーん」と唸ってから、「お姫様の仰せのままに」と言うのである。
トニーヨには分からないことだらけだが、ひとつだけ確信出来ることがあった。
タークォンとモンセントは、次の代まで良好な関係を築けるだろう。
馬車が止まった。
目の前は、馬車の中で話題となったサチベリーの畑である。その向こうには、水田も広がっていた。
北側は海から切り立った崖となっていて、皆が立つその場所からは、田畑を縁取るように真っ青な海が遠くまで見渡せた。遮るものは何もなく、一隻の船もない。空の青さと相まって、緑と青と青のコントラストが美しい。
アンナが関係者から畑の説明を受けている間ずっと、シーラは後方に控えて青い海を眺めていた。
イルハもまた、何を想うのか探るようにシーラの横顔を見詰めている。
二人の思想が相容れぬことを、美しい景色が説明しているようだった。




