35.広がる波面
シーラの船よりもやや大きいが、シーラと同じような構造の帆船か。船上には前後に二本のマストが立っていた。
ふ頭に停泊するその船の甲板に人影が集まっている。乗組員は、ラッキー、サルマ、カイトの三名のみの気楽な船だ。
この三名にシーラとテンも加わって、五人は円陣を組むように甲板の上に腰を下ろしている。
「うーむ。青の大海は落ち着きそうで、なかなか」
「長引きそうだったね」
シーラは腕を組み、深く頷いてから、さらに言った。
「一度はスピカートンが制圧していたんだけど、ララエールの内側から暴動が起きたみたいだ。そこに来て、インエルマまで参戦して来てね。これがどちらの味方でもないから、ややこしくなる」
「インエルマか。確かにそんな情報が前から流れていたが。本気だったとはな」
「いつまでもスピカートンにばかりいい思いをさせられねぇってとこだな」
「いい思いをしているのかねぇ?」
大人たちの話を、テンはじっと聞いている。
怒りもないし、恨みなどの感情もなさそうに見えた。
「お前もなかなか帰れねぇな」
ラッキーがテンの存在を思い出す。
「もう帰るつもりはないからね」
テンが言ったとき、大人たちは誰もそれについてとやかく言うことはなかった。
シーラなど笑っている。
「飲んでいくか?」
「いや、辞めておくよ」
「うぉ。お前が酒を断るだと?」
「大嵐の予感がするぜ」
「酷いなぁ。言い過ぎだよ」
「どの口が言う?」
重なる愉快な笑い声は、海にこそ似合う。
「この国は、二十歳まで飲酒が禁止されているんだよ」
「お前まだ二十歳じゃなかったか?」
「たぶんね」
「たぶんなら、飲んじまえよ」
「船上までは取り締まらねぇだろうよ。いい酒があるぜ?」
「今日は遠慮するよ。そろそろ行こうか、テン」
「お前らはまだこの国に?」
「いい仕事を見付けてね。もう少し稼いでから出るつもりだよ」
シーラは船縁から身を乗り出し、船の下を覗き込んだ。
「そろそろ来てくれる気がするんだけどなぁ」
「誰が来るって?」
「あ、ほら。イルハー!!」
大きな声で手を振ると、遠くでイルハが顔を上げた。
シーラの船よりずっと高さがあるから、甲板からは岸壁の地面が遠い。
それなのに、近付いて来たイルハに、シーラは言った。
「受け止めてくれる?」
「はい?」
「テンから行くね!」
イルハの元に、テンが飛んで来た。
子どもながら、迷いがない。
イルハが必ず受け止めてくれると信じているのか、自分で着地出来ると信じていたのか、いずれかは分からないが、イルハはしっかりと両腕でテンを受け止めた。
「私もお願いするよ!」
止める前に、飛んで来る。
もちろんイルハは、これもしっかりと受け止めた。というよりこの機に乗じて、シーラを抱き締めている。
シーラが地に下ろされるまで、テンより長く掛かった。
シーラはそれから船に向かって手を上げた。
「みんな、またどこかで!良い旅を!」
船上にあった三人の男たちは、ニヤッと顔を見合わせた。
「いい情報を得たな」
「また高く売れるぜ」
彼らはそれから間もなくして、海へと出て行った。




