34.船乗り仲間
それはリリーの店を後にして、すぐのことだった。
「ラッキー!サルマ!カイト!」
シーラの叫び声に振り返った男たちは、最初、彼女が誰か分からなかったようだ。シーラが駆け寄ると、ようやくシーラと認識したらしい。
「シーラじゃねぇか」
「らしくない恰好だから、分からなかったぞ」
「その包帯はどうした?また派手に転んだか?」
お世辞にも品が良いとは言えない男たちだが、シーラの様子からすると悪い者でもなさそうだ。
「久しぶりだね!」
「まさかこんなところで会うとはな」
「仕入れ?」
「まぁな。そっちは?」
「いつも通りだよ」
「相変わらずお気楽な女だな。お、まだテンも一緒か」
「まだって何?」
「ちょっと言っただけだぞ。怒るなよ」
「テンは照れ屋さんだからね」
シーラはテンの赤毛を撫で回す。テンが少しだけむっとして見えたのは、気心が知れた海のものに会ったからだろうか。
王子はこれを少し離れて見守っていた。警備兵に気を遣ったところもある。
「いつ来たの?」
「二日前だぞ」
「それでいつまで?」
「この国は法が厳しくて窮屈だからな。仕入れも終わったし、そろそろ出るぜ」
これが普通の反応だと知っていたから、聞いていた王子は特別に何の感情も湧かなかった。
「どこの海を通って来た?」
「緑の小海をちょろっとな」
「何か変わりはあった?私はこの間まで青の大海にいたんだ」
「また行って来たのか?」
「ちょうどいいな。情報交換と行こうぜ」
「今から船に戻るところだから、付き合えよ」
シーラは振り返って、王子に叫んだ。
「ねぇ、王子。今日はもう帰っていい?テンも連れて行っていいよね?」
「俺が頼んだような言い方だな。大丈夫か?」
「大丈夫。知っている顔だよ。ちょっと海のことを聞いてくるね」
「イルハには言わなくていいのか?」
「王子が言っておいてよ」
「気を付けろよ。もう心配させるな」
それは無理な相談だった。
王子が王宮に戻ると、待っていたかのように、ちょうど良くイルハが執務室に現れた。
「二人なら、もう帰ったぞ」
「具合でも悪くなったんですか?」
「そうじゃねぇ。知り合いに会って、俺が振られた」
「この街に知り合いが?」
「余所者だ。船乗りの知り合いだそうだ」
「どこへ行きました?」
「テンも一緒に連れて行ったから、悪い奴らじゃねぇだろうよ。海の話をするとかで、船に向かったぜ」
イルハは勝手に棚から望遠鏡を取ると、突如歩き出して窓を開けた。
望遠鏡を覗くイルハを見ながら、王子は呆れ返っていたはずなのだが。
「殿下、人さらいではありませんよね?抱えられて、船に乗せられていますけど」
「何?」
王子もまた別の望遠鏡を取ると、窓辺に並んだ。
「どこだ?居ねぇぞ?」
「第三ふ頭の右側です」
「あぁ、あれか」
入って来たトニーヨがぎょっとして立ち止まる。
「殿下。イルハ殿も。何をなさっておいでで?」
「気になることがありまして。お気遣いなく」
「そうだ、邪魔するな。大事な案件なんだ。書類なら、そこに置いておけ」
トニーヨは首を傾げながら、出て行った。まったく、あの娘がここに通うようになってから、おかしなことばかり起こると思いながら。
「はしゃいでいるし、大丈夫そうだな」
「それも困りますが」
「そういや、あいつ怪我人だったな」
「しかし元気そうですね。安心しました」
シーラとテンが、知らぬ船の甲板の上を駆け回っている。傍らにいる男たちは、特に彼女らを追い掛けるようなこともせず、自由にさせていた。
イルハは一瞬、望遠鏡越しに彼女と目が合った気がした。そんなはずがないのだけれど、シーラが王宮を見たそれが、そのように感じたのだろう。
「帰りに迎えに行きましょう。殿下、急ぎご承認いただきたい書類が溜まっています」
「お前なぁ」
「問題ないと判断した書類だけをお持ちしておりますので、いつも通り読まずにご承認いただいても構いません」
「…お前、女で身を滅ぼすタイプだったんだな」
「殿下ほどではございません」
「冬の料理を薦めてやったぞ」
「それは有難いですね」
「しかし、なかなか難しそうな案件だな。船乗り仲間に会って、自分から海の情報を尋ねていたぞ?」
「冬になれば、どのみち船が出せませんよ」
「悪いことを考えるもんだな」
「それも殿下ほどではございません」
王子はとても楽しそうに笑ったが、イルハは笑っていないで早く書類に判を押してくれと、君主に対してあまりに無礼なことを考えていた。
早く仕事を終わらせて、二人を迎えに行かなければ。
イルハの目的は今、そこにしかない。




