33.海の魔物
昼時、シーラとテンは王子に連れられ、中央広場にあるリリーの店に足を運んだ。
王宮内でも食事などいくらでも取ることが出来た。それを王子は嫌がって、外に出たがるのである。このような自由な王子がいては、警備省も大変であろう。
「やぁ、いらっしゃい。注文が決まったら言っておくれ」
差し出された冷たいお水を見て、王子は立ち上がった。
「お水で平気だよ」
「いいから、任せろ。俺が話を付けて来る」
王子がカウンターに体を預け、厨房からリリーを呼び出して、何か小さな声で会話をすると、リリーは途中から軽快に笑い出した。
リリーは王子が、『王子』というあだ名を付けられたそこらの若者だと信じている。
一般市民が王家の顔を見る機会などないからだ。
「なんだい、シーラ。言っておくれよ」
「そんなこと言えないよ」
「可愛らしいところもあったんだねぇ」
シーラは顔を真っ赤にして、俯いてしまった。
「ほら、お茶をお飲み。リタの淹れたお茶もなかなかだろうが、うちのお茶もよく効くよ」
「シーラ、風邪でも引いたの?」
テンが尋ねると、シーラは首を傾げた。十二歳の少年に事の次第は説明出来ない。
王子がすかさず助け船を出す。
「怪我をしただろう?それだ、それ。この国には怪我に効くいい茶があるんだよ」
「あぁ」
シーラの頭の包帯を見て、テンは納得する。
「シーラのメニューは任せておくれ。さぁ、あんたたちは何を?」
王子とテンがそれぞれ好きな料理を注文し、しばらくするとリリーがこの季節には珍しい料理を運んで来た。
「ほら、貝に魚に野菜たっぷりのクリームシチューだよ。パンと一緒にお食べ」
手を合わせて、シチューを食べ始めたシーラは、すぐに嬉しそうに笑った。
「これ、凄く美味しいね、リリー!」
「気に入ったかい?そういや、冬に来たことはなかったね」
「冬の料理なの?」
「冬の料理ってわけでもないね。冬は温かい料理が増えるからさ。パンに付けて食べるといいよ」
「こう?」
パンをシチューに浸してから口に含めば、シーラの瞳がますます輝いた。
「美味しい。これは美味しいよ、王子」
「リリー、まだあるか?俺とテンにも少し出してくれ」
「シチューはあるけど、パンはある分が切れちゃって、焼いているところなんだ。すぐに食べるなら、パンはシーラと分けて食べておくれ」
「お腹が空いたから、食べていいよね、シーラ?」
「後にしたらどうかな?」
いつもなら快くテンに料理を分け与えていたというのに。シーラが惜しいと思うほど、気に入ったということだ。
それでテンが引き下がれるはずもない。
「まだあるって言っていたよ?一口くらい、いいでしょ?」
「そうだ、俺にも寄越せ」
王子はパンを奪うと、手で一口サイズに切り分けて、シーラの食べ掛けのシチューにそれを浸し、口に運んだ。テンも真似をして、同じようにする。
「これは美味いな。もう少し貰うぜ」
「俺ももっとちょうだい」
「嫌だよ、これは私の分なんだから!」
「はいはい、揉めなくていいよ。あんたたちの分も持って来たからね」
リリーが皿を二つテーブルに置いた。王子とテンの分のシチューである。
「リリー、お代わりはある?」
「まだ皿に入っているじゃないか」
「予約だよ。取って置いて。あと、パンはいつ焼き上がるの?」
「まだ少し掛かるよ」
「焼き上がったときにお代わりするから、ちゃんと取って置いてよ!」
「分かったから、落ち着いてお食べ」
シーラの体調は問題ないと判断した王子は、頼まれたことを試みる。
「そうだ、テン。知っているか?海には魔力を食っちまう化け物が住んでいるんだ。海の魔物と呼ばれていてな」
「何それ!知らないよ!」
興奮したのは、シーラだった。
お前がこの話に乗るなよ、と思いつつ王子は話を続ける。
「それでな、この魔物に魔力を食われた魔術師は、二、三日魔術を使えなくなっちまうんだ。なぁ、シーラ。そういうことはなかったか?」
ハッとして、それからシーラは恥ずかしそうに笑った。
「そういえば、あったかも」
テンは王子の思惑とは掛け離れた、とても興味が無さそうな顔をしている。それでも彼は言った。
「どんな化け物なの?」
「どうも目には見えない奴らしい。そうだよな、シーラ」
「私が魔力を食べられたときも、何も見えなかったね」
「シーラも食べられたことがあるの?」
「何度かあったよ」
「そうなったら、船はどうなるの?」
「ちょっと休めば魔力は戻るんだよな?」
「そうなんだ。少しの分が取られちゃうだけだからね」
「へぇ。取られたときは言ってよ」
「うん、すぐに言うよ」
テンにこそ、もっと興味を持って貰いたいというのに。
あまりに表情なく会話が進むから、王子はまだ足りないかと次の策を思案していた。
ところがテンは言った。詰まらなそうな顔をしているせいで、もしかして王子に気を遣っているのではないかと思えてくる。
「だけど、魔力を食べるなんて、どんな魔物なんだろうね?」
「食べられた直後に探せば、見られるかもな。誰も見たことがないらしいから、捕まえたら英雄になれるぜ」
「俺が捕まえてあげるよ。シーラ、取られたときは、すぐに言って」
なんとか、思惑通りに事が運んで良かったと、王子は安堵する。
しかしどうも腑に落ちた感じがしない。
テンという少年の態度が、予想しているものに近付きもしないからだ。
そうだとしても、この辺で終えておこうと、王子は決めた。長引かせる話ではない。
「今度食べられたときには、教えてやれよ」
「そうするよ。ねぇ、王子。パンをもうひとつ食べてもいいよ?」
「いいのか?」
「私は焼き立てを食べるから」
「……それは礼と言えるのか?」
シーラが恥ずかしそうに笑うから、王子はもう何も言わず、有難く冷えたパンを受け取った。




