31.変化は片方だけで起きない
「あら?」
早朝、客間に入ったリタはとても驚いた。
シーラはすでに体を起こしていたが、その傍らにベッドに顔を埋めて眠る主人の背中が見えたからだ。それも、肩には毛布を掛けられ、シーラに頭を撫でられている。
「おはよう、リタ。今朝はとても早いね」
「体はどうかしら?お熱は下がった?」
「熱って?」
「あら、覚えていないの?」
「熱を出していたの?なんだかスッキリした感じだけど」
シーラの頬に手を触れたリタは安堵した。
それから二人は、小声で会話を続ける。
「ぐっすり眠っているわねぇ」
「もう起こす?」
「まだいいわ。ぎりぎりまで眠らせてあげましょう」
「昨日はごめんね、リタ。また心配を掛けちゃったね」
「いいのよ。沢山心配させてちょうだい。心配出来る距離にある方が嬉しいわ」
リタの本音だ。
顔を見えずに心配するより、ずっといい。
「お腹は空いたかしら?」
「イルハと一緒に食べたいな」
「それがいいわね。シーラちゃんもゆっくりしてらして」
リタが颯爽と部屋を出て行った。
リタにはとても嬉しい朝である。シーラが元気になった喜びだけではない。
それから時間が流れて、イルハが動いた。
「起きた?」
「シーラ?」
「おはよう、イルハ。昨日は看病してくれたんだってね。ありがとう。おかげですっかり元気だよ」
顔を上げようとして、イルハは驚く。ようやく彼は頭に優しい感触が続いていることを知った。とても幸せな夢を見た気がしたのは、これが理由だと悟る。
「ずっとこうしていたんですか?」
「ごめんね。嫌だったかな?昨日嬉しかったから、お返しになるかと思ったんだけど」
イルハはもう一度ベッドに突っ伏した。
「もう少しされてもいいくらいです」
ふふっと軽く笑うと、シーラはまたイルハの頭を撫で始めた。それはいつもより幾分も優しい笑い方で、手の動きもテンに対するそれとはまるで違う、柔らかいものである。
「また眠ってしまいそうですね」
「リタが時間になったら起こしてくれるって」
「少し寝てもいいですか?」
「ベッドを使う?」
「いえ、このままで」
「体が痛くならない?」
「これでいいんです」
すぐに扉をノックする音がした。
残念に思ったのは、どちらの方か。
「シーラちゃん、そろそろ…」
「リタ、起きているよ!ありがとう」
シーラは大きな声で言ったけれど、まだイルハの髪を撫でていた。
「ねぇ、イルハ。今日も一緒に王宮に行ってもいい?」
さすがに目覚めた。イルハが起き上がると、微笑むシーラと目が合った。
「お手伝いはしないけど、王子のところに遊びに行きたいんだ」
「気にしなくてもいいんですよ」
「今日はテンも連れて行こうかと思って。ちゃんと大人しくするよ。駄目かな?」
寝起きで判断も鈍っていたが、優しい気持ちに包まれていたイルハは、すっかり気が緩んでいただろう。
家に置いて行くより、王宮に連れて行きたくなっていた。
「いいですよ。ゆっくりして来てください」
「それでね、イルハ」
「私から説明してあげますよ。大丈夫です」
撫でられたお返しのように、今度はイルハがシーラの頬に触れていた。熱がないことを確認する。
シーラは驚くこともせず、とても嬉しそうに微笑んで、これに返した。




