28.魔法使い現る
この日イルハは仕事を切り上げて、シーラを自宅に連れて帰ったのだが、シーラはここでも大騒ぎである。
眠る前に包帯を交換して綺麗にしようと言ったところで、シーラはこれを拒絶した。
「任せてくださいな、坊ちゃま。あなたも手伝って」
「痛いのはもう嫌だよ。このまま寝るから気にしないで!」
「まぁ、大丈夫よ。私は痛くしないように出来るのよ」
「そう言って、痛くなるんだよ!」
「嘘じゃないわよ。さぁ、お部屋に行きましょう。あなた、お願い出来るわね?」
「任せなさい。シーラちゃん、痛くない魔法を使ってあげよう」
シーラ専用の客間から、しばらくは嫌だ嫌だと騒ぐ声が聞こえてきたが、それがピタリと止んで静かになった。
食卓に残されたイルハとテンが、顔を見合せる。テンも珍しく疲れた顔をしていた。
包帯を巻いたシーラが帰宅して事情を説明しても、テンは心配するような言葉を掛けていなかったが、それでも内心では心配していたのかもしれない。
「シーラって時々怪我をするよね」
テンはぼそっと呟くように言った。独り言のようでもある。
「よく怪我をしているんですか?」
テンと二人で話すのは初めてであることに、イルハは気付いた。
この少年に時間を掛けて来なかったことを恥じ、ひっそりと反省する。リタたちに任せきりだった。
「この前は船の壁に引っ掛けて、腕を切っていたよ」
「その時はどうしたんです?」
「気付いて痛いって騒ぎ始めたから、水で洗ってあげたんだ。あの船、消毒薬とか何にも乗っていないからさ」
イルハは固く決意した。シーラが駄目なら、こちらを教育しようと。
「あなたも少し、応急処置などのお勉強をしておきましょう。あなたのためにも必要なことです」
テンはまじまじとイルハを観察する。表情が乏しいが、何を考えているのか。
「あんた、俺のこと嫌いじゃないの?」
「そう感じさせてしまったなら謝ります。無礼でしたね」
「嫌っていないんだ?」
「羨ましかったんですよ。許してください」
「羨ましいって何が?」
「シーラと旅をしてきたことが羨ましかったんです」
イルハは素直に言っていた。
子ども相手だからと偽ることもなく。むしろ子ども相手だからこそ、本音が言えたのかもしれない。
「それで俺が嫌だったの?」
「いえ。あなたがいると、私も安心出来ます。少なくとも船で一人ではないのですから。シーラのことをくれぐれも頼みますね」
視線を逸らしても、テンの表情は明るく輝いていることが分かった。表情が乏しいなかにも、感情がしっかりと現れていたことを、イルハは今になって気付く。この少年も、もっとよく見ていかなければならないだろう。
バタバタバタと音がして、廊下から駆けて来たのはシーラだ。
安静にと言われていたではないか。イルハはもう頭が痛い。頭など打っていないというのに。
「聞いてよ、テン!イルハも聞いて!凄いんだよ!リタもオルヴェも魔法使いだったの!」
興奮冷めやらぬシーラの声は、とても大きい。
「それはあなたのことでは?」
「そうじゃないの。もっと凄いことなの!ねぇ、オルヴェ。もう一回お願い出来る?テンにも見せてあげて!」
ゆっくりと戻って来たオルヴェは、テンの前に両の手のひらを掲げた。
「見てごらん。何も持っていないね?」
それから手のひらを合わせて何度か揉むような仕草を見せる。テンがその手を凝視していたら、また手が開かれて、そこに一凛の花が現れた。
「どうぞ。これはテンちゃんに」
「これも魔術?」
「違うんだって。魔法なんだよ!凄いでしょう、テン」
「そうだね」
テンの言い方はあまり楽しそうではないけれど。
シーラはテンの分も感激しているように、さらに興奮して言った。
「リタも痛くしない魔法が使えるんだよ。何にも痛くなかったの!」
それでシーラは、「ねぇ、オルヴェ。もう一回見せて」とオルヴェの手品、もとい魔法を繰り返し見たいと望んだ。
すっかり元気になったシーラを見ていたら、イルハは急激に疲れを実感する。本当に頭痛がして来て、頭を押さえてしまった。
そんなイルハに、戻って来たリタがお茶を差し出した。心が落ち着くハーブティーだ。
「どのようにしたんです?」
「身構えるから余計に怖く感じるんですよ。それで怖いから、とっても痛いように感じるんだわ。こういうときは、知らない間にさっと終わらせるのが一番ですよ。坊ちゃまもご存知でしょう?」
リタに囁かれて、イルハは懐かしい記憶を思い出す。そういえば、昔使用人たちが自分にも同じことをしていたような。
「シーラちゃんは子どものまま時が止まっているのかしら。ずっと一人で旅をしてきたから、大人にしてくれる人たちが側にいなかったのでしょうね」
「我慢をする必要はなかったでしょうね」
「ねぇ、坊ちゃま…」
リタの言葉はシーラに遮られる。
「ねぇ、イルハ。イルハも見てよ。オルヴェって凄いんだよ」
「私も昔はよく見せて貰いましたよ」
「そうなんだ?」
「えぇ。それも色々と」
「色々って?オルヴェは他に何が出来るの?」
「それは明日のお楽しみだね。明日の朝、シーラちゃんに新しい魔法を見せると約束しよう」
「わぁ、楽しみ!」
「その代わり、今日は早く寝るんだよ。明日の魔法は、よく寝たご褒美だからね」
「分かった!今日は早く寝るね!」
大騒ぎしていたから、シーラも疲れていたはずだ。皆がそのように促したせいでもあるが、シーラはいつもよりずっと早い時間に部屋に入って行った。




