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海の神々へ捧ぐ音(なろう版)  作者: 春風由実
第一章 はじまりの歌

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27.変わらぬ海の子ども


 王子から直に呼ばれたことで、一大事だと思って長い廊下を駆けてきたというのに。

 額をほんの少し切っただけの娘を見ると、呼び出された中年の医者も気が抜けてしまった。

 治療よりも、王子とイルハに囲まれたこの娘が何者かという方が気になったくらいだ。


「これは縫わないと駄目ですな」


「嫌!大丈夫!もう大丈夫!」


 シーラの取り乱しように、王子は驚いたが、イルハはいくらか慌てたくらいだ。子どものようなところがあることを、よく知っている。


「言うことを聞きましょうね。早く治すためですよ」


「イルハ、もう大丈夫だよ。大丈夫だから帰って貰って!」


「大丈夫って、お嬢ちゃん。このままじゃ、なかなか傷は塞がらないし、綺麗なお顔に大き過ぎる痕が残ってしまうよ」


「大丈夫だよ。前にも切ったけど、自然に治ったから!」


 これにはイルハも冷静でいられない。


「前にもって、何です、シーラ?」


「あごの下を切った時は、もっと血が出たんだ。それでも放っておいたら治ったんだから」


「いやいや、お前なぁ」


「ここには医者がいるのですよ。放っておく必要はありません」


「嫌だよ、痛いのは嫌!」


「ちくっとするくらいだよ、お嬢ちゃん。傷付いたときよりは痛くないからね」


 医者がとても優しい声を出しても、シーラは嫌だと繰り返す。

 逃げ出そうとするシーラの体を半ば強引にイルハが押さえ込み、王子も王子らしからずシーラの顔を押さえるのを手伝った。おかげで医者は少々緊張して、手元が怪しい。


 消毒をすれば痛いと騒ぎ、一針縫えばまた痛いと大騒ぎであった。イルハや王子は元より、医者もどっと疲れたであろう。


「お嬢さん、終わったからね。さぁ、よく聞くんだよ。頭を打っているから、数日は大人しくしておくことだ。あとから具合が悪くなることがあるからね。気分が悪くなったり、吐き気がしたり、熱が出て下がらなくなったり。そういうことがあったらすぐに診せに来られるね?」


 シーラは頷かず、ぶんぶんと首を振る。大人しくするように言われた側から、頭を振り過ぎだ。


「もう大丈夫だよ!」


「もう少し聞いてくれるかな、お嬢さん。朝晩と消毒をして、包帯を変えて…」


「大丈夫だよ。大丈夫だから、もう放っておいて」


 医者は呆れるが、イルハがこれを制した。


「続けてください。私が聞いておきます」


「では、改めてご説明しましょう。頭を打っておりますから、しばらくは安静にさせてください。傷は綺麗に保つよう、朝晩と消毒し、綿と包帯を新しくしてくださいね。湯浴みですが、今夜は辞めておきましょう。明日からは構いませんが、抜糸までは傷に水が掛からぬように気を付けて頂ければと。あぁ、水滴が跳ねたくらいは問題ありませんから、水に浸からぬよう気を付けて髪や顔を洗っても構いません。それで五日ほどしたら抜糸をするので、もう一度診せて頂ければと」


「ばっしって?」


「糸を抜くんですよ」


「このままでいいよ」


「お前は少し黙っておけ」


「もう痛いのは嫌だってば!」


「黙れと言っているんだ」


 王子はやれやれと自分の肩を揉んでいた。少々の責任を感じながら。


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