24.王子の手伝い
王子の執務室に入る前から、シーラは嬉々としていた。
「偉く楽しそうだな」
「そう見える?」
「働けるのが、それほど嬉しいか」
「まぁね」
王宮は天井が高い。それは廊下も同じで、さらには幅も長さもあるから、廊下だけで大きな家のようである。シーラは壁の装飾を眺めたり、天井の壁画に見惚れたり、窓の外を見やるなどしながら、飛び跳ねるように歩いた。
王宮の廊下には、一定間隔に警備兵も立っていて、王子が連れた謎の娘に皆が一様に視線を向けていく。
「この国は面白いね、王子」
「何がどう面白いんだ」
「全てが!」
王子にとっては何でもない日常の風景だ。それを外から来た者は、どう見るのか。知りたいと願っているのに、シーラは明かしてくれそうにない。
二人は重たい扉を越えて、王子の執務室に入った。もちろん扉を開けたのは、王子でもシーラでもなく、執務室の前に立つ警備兵だ。
「広い部屋だねぇ。さすが王子!」
「面倒なだけだぜ。ちょっと休もうと思っても、あの通りだ」
隣の部屋を指しながら、王子は言う。広いせいで、くつろぐために移動するのも面倒なのだ。
「私は何をすればいいの?」
「奥の部屋で、書類を整理してくれ」
それは簡単な仕事だった。書類に明記された番号の棚に、書類を並べるだけの仕事である。
ただし、広い部屋の三面の壁にそびえた棚は、高い天井まで続き、棚に記載された番号は嫌になるほど多かった。
シーラはまず、部屋を歩いて、棚の番号を確認していく。
「凄い量だね」
「毎日とんでもねぇ量の書類が届くんだ」
「ここに、この国の書類がすべてあるの?」
「そうじゃねぇな。俺が見ている分だけで、それも一年分だ」
「その前の分はどうしたの?」
「半年ごとに、倉庫に移動するんだ」
「わざわざ収めて、また移動するんだ?」
「馬鹿みてぇな仕事だろう?」
シーラは笑った。悪気も悪意も嫌味もなく、とても素直に。
「魔術を使っていいんだよね?」
「おう。頼むぜ」
シーラは詰まれた書類を上からひとつ手に取った。
「分厚くて大変だね。全て読むの?」
「俺は読まねぇな。判を押すだけだ」
「信じているんだねぇ」
シーラはしみじみと言ったが、王子は「読まねぇだけだ」とぶっきらぼうに返した。
書類が突然、シーラの手から離れた。ふわりと浮かび上がったそれは、ゆらり、ゆらりと揺れながら、所定の棚を目指し飛んでいく。
すーっとまるで手を添えたかのように棚に収まった書類は、すでに並ぶ書類に同化した。
「面白いもんだな」
「この国では、魔術を使って仕事をしないの?」
「いいや、あちこちで使っているぞ」
「へぇ、どこで?」
話しながらも、シーラは次の書類を取っていく。
次第にそれはスピードを増して、いくつもの書類が蝶のように舞い始めた。
「馬なし馬車に乗らなかったか?」
「あぁ、あれかぁ」
「気付いていたのか?」
「やけに静かだと思ったんだ。それに蒸気も出ていなかった」
それでどうして、シーラは問い掛けなかったのだろうか。
案外と聞くことを選んでいるのかもしれない。
と、イルハがここに居たら思っただろう。
「あれはどういう魔術なの?」
「電気だな。雷と同じような力だ」
「この国の魔術?」
「まぁ、そうだな。魔術省でこれを管理して、あちこちに使っている」
「たとえば?」
「街灯がそうだ。通信機もそうだな」
「面白いね。帰りによく見てみよう。家の通信機を覗いたら、怒られるかなぁ?」
「それは知らん」
「そうだよね。オルヴェに頼んでみよう」
シーラは何がおかしいのか、よく笑った。
「しかし、こういう魔術も便利なものだな」
「そうでもないよ。触らないと動かせないから、高いところに仕舞えても、もう取り出せないんだから。ねぇ、あんな高いところに仕舞って平気なの?」
「俺が二度見ることは無いから構わない」
「それなら適当に棚に並べてもいいんじゃないの?」
「俺以外が使うことはあるんだよ。探せないと、誰かさんが大騒ぎだ」
「高いところに仕舞っていいの?」
「必要な書類があったら、梯子を使う。元々そうやって仕舞っていたわけだ」
「それは大変だね」
シーラは王子とのおしゃべりを楽しみながら、沢山の書類を片付けた。
「お前、その特技があって、どうして船が片付かないんだ?偉く汚しているそうだな?」
「無駄な魔力は使わない主義だから」
「確かに無駄だな」
「でしょう。一度に片付けた方が楽だもの」
王子から、軽快な笑い声が漏れていた。執務室でこのように笑うことも珍しい。




