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海の神々へ捧ぐ音(なろう版)  作者: 春風由実
第一章 はじまりの歌

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2.オルヴェとリタ


「立派な家だね」


 レンスター邸宅の重々しい石門を潜ったとき、シーラは素直に感嘆していた。通りから届く街灯の光が作る薄闇の中でも分かる、壮大な庭の存在感。その奥に、これまた立派な石造りの邸宅が、重厚さを称え建っている。


「お帰りなさいませ、坊ちゃま」


 玄関では、老いた二人の使用人が出迎えてくれた。オルヴェとリタという。彼らは夫婦だ。


「客人がいます。その呼び方は辞めて頂けますか?」


 イルハの言葉も耳に届かず、オルヴェとリタは嬉しそうな顔で、老いた体を揺らす。


「急で申し訳ありませんが、一人客間に案内して貰えますか?それから食事の用意も」


「まぁ、まぁ、坊ちゃまが女性をお連れするなんて!」


「これは大変だ。すぐにご用意を!」


「勘違いしないでください。旅人が困っていたから、連れて……」


 最後まで聞かず、二人は踵を返して邸宅の奥へ戻っていく。歳のわりには機敏な動きだ。


「お父さんとお母さん?」


「彼らは使用人ですよ。父も母もすでに亡くなっています」


「使用人さんか。素敵な人たちだね」


 怪訝な顔で見ていたことに気が付いたのだろう。顔を上げたシーラはこれを察したようで、急ぎイルハに向けて言葉を重ねた。


「何か聞いた方が良かった?それとももっと気遣った方が良かったかな?」


 素直に聞かれたイルハは、思わず口元を緩ませる。


「そうされない方が嬉しいですね」


「それなら良かった」


 何やら慌ただしく舞い戻ってきたリタが、二人を交互に見やりながら微笑んだ。


「まぁ、坊ちゃま。玄関でお立ちになっていないで、早く寛いで頂きましょう。さぁ、どうぞ。お足のものは、こちらに履き替えてくださるかしら?」


「家では靴を脱ぐの?」


 シーラは不思議そうにイルハを見上げる。


「この国の習慣ですよ。お願い出来ますか?」


「もちろん」


 シーラは代わりに用意された布製の室内履きに足を通したが、少々大きいようで歩きにくそうだ。


「先にお食事にしましょうか。坊ちゃまとご一緒で?」


「リタ。まずはその呼び方を辞めて頂……」


「二人は一緒に食べないの?もう食べちゃった?」


 話を遮るようにシーラが言うと、リタは「まぁ!」と漏らし、明らかに嬉しそうな顔をした。


「いつもはどうしているの?別々に食べるの?」


「我が家では使用人と食事を分け隔てる習慣はありませんが、その日によって違います。私も仕事で遅くなることが多いので、二人には先に食べて頂くことが多いです」


 イルハが改まった口調を変えないところに、使用人への扱い方が見て取れた。しかし、シーラがそれを察して発言したようには思えない。シーラのそれは、シーラにとってのいつも通りの振る舞いではないか。


「今日はもう食べちゃった?」


「私たちもまだですよ」


「じゃあ、みんなで一緒に食べようよ。ねぇ、イルハ!」


 イルハを見上げて、シーラは嬉しそうに笑った。イルハは深いため息を漏らしてから言う。


「リタ。今日は皆で食べましょう。そのように用意してください」


「リタって言うんだ。私はシーラだよ。よろしくね、リタ」


 老婦人にも、敬称を付ける習慣はないらしい。シーラが手を差し出すと、リタは優しく手を握り返した。


「よろしく、シーラちゃん」


「シーラでいいよ」


「シーラちゃんって呼びたいのよ。駄目かしら?」


「それならいいよ」


「あなた、あなた、ちょっと来てちょうだい」


 リタが呼ぶと、オルヴェは重そうな体を揺らし、駆け寄って来る。


「なんだい、どうかしたかい?今、部屋を片付けて……」


「可愛いお嬢さんが、食事をご一緒してくれるそうよ」


「これは嬉しいね」


「こちらはオルヴェと言うのよ」


「シーラって言うんだ。よろしくね、オルヴェ」


「シーラちゃんかい、よろしくね」


 また握手が交わされた。リタよりももっと分厚い手のひらを、シーラはしっかりと握り返す。


「二人とも同じように呼ぶんだね」


「あら?夫婦だからかしら」


「リタも、オルヴェも、今日は急に来てごめんね。仕事を増やしてしまったね。私はどこでも寝られるから、汚れていてもいいし、物置小屋でも平気だよ!」


「あらあら。私たちは仕事があった方が嬉しいのよ」


「老人には、たまにこういう刺激がないとね」


「ありがとう。気を遣ってくれて」


「まぁ、気なんて遣っていないのよ!それより疲れたでしょう。こちらに座ってらして。坊ちゃま、すぐにお食事のご用意が出来ますから、それまでお二人で楽しんでくださいね」


 イルハは答えなかった。自分以外で作り出された雰囲気に圧倒されていたからだ。


「素敵な二人だね。後でお礼が出来るかな?」


「お礼なんて要りませんよ。私が勝手にあなたを連れて帰って来たのです」


「返せない恩を残すのは嫌だもの」


「それは旅で得た信条か何かですか?」


「そんな難しい意味はないよ」


 シーラは凄く愉快気に笑ってみせた。何がおかしいのか、イルハには分からないが、その喜びは確かに胸に伝わっている。


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