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海の神々へ捧ぐ音(なろう版)  作者: 春風由実
第一章 はじまりの歌

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19.本当のはじまり


 それから二年があっという間に過ぎて、さらに半年。


 最初の冬は、希望で満ちていた。夏になれば、また会えるという希望。

 次の冬は、希望と絶望が混沌としていた。間に合わなかっただけだ。次の夏に来るさ。いや、もう来ないのかもしれない。

 次の冬が来たときには、絶望しか残っていなかった。あの娘に二度と会うこともないのだろう、と。


 また熱い夏がやって来る。イルハにとって、何の意味もない夏。


 レンスター邸宅の誰も、シーラのことを口に出すこともなくなった。一年は冷やかし続けていた王子でさえ、もうこの件について触れることはなくなっている。


 その王子が、あるとき法務省に顔を出した。とても珍しいことだ。


「何かありましたか?」


「来訪登録の受付所で揉めているそうだ。行ってやれ」


「どうして私が?」


「行けば分かる」


 まさかと思いながらも、首を振る。期待をしなければ、余計な感情を知らずに済むのだから。もう絶望するのは、嫌だった。


「だから、これでは通りませんよ」


 イルハは立ち止まって、遠くから受付所をしばし眺めた。


 何度も、見間違いではないかと思った。期待し過ぎた結果、自分が作り出した幻想ではないかと。

 何故ならそういうことが、今までも何度かあったからである。共に過ごした部屋から彼女の声が聞こえ、一緒に歩いた場所に彼女の姿を見たことがあった。


 二年半が経ち、少し大人びたようにも見えるが、何も変わっていないようにも感じられる。


 本当に?またここに帰って来てくれたのか?


 旅人らしいタークォンでは見ない恰好も、前とは少し違っていた。長袖の上着に、長ズボンといういで立ちは変わらずとも、前と同じではないのは、どこかで新調したのだろう。手元にはやはり晒しが巻いてある。


「そんなこと言われても。嘘は書いていないよ」


 しかしイルハは、素直に喜ぶことが出来なかった。

 シーラの隣に、見知らぬ赤毛の男児が居たからだ。十歳は超えているだろう。彼女は、この男児の来訪登録を行っていたのである。


「大体、あなたたち二人だけで帆船に乗って来ただなんて。そんな話聞いたことが無い」


 受付所の役人も、三年前とは違う。今年の新人だ。


「前例はあるはずだよ。ねぇ、私が登録した時の記録ってないの?三年くらい前だよ」


「だから、一緒に来た保護者と来なさいと言っています」


「保護者なんていないってば。二人で来たんだから」


「こちらは忙しいんですよ。揶揄うつもりなら…」


「調べもせずに、登録拒否とは。職務怠慢にもほどがありますよ」


 言い訳しようにも言葉が出ないのか、役人は青ざめた顔で口をぱくぱくと動かしていた。


「イルハ!久しぶり!」


「この子はどうしました?」


「テンって言うんだけど。ちょっとした成り行きで船に乗せることになってね」


 詳しく説明しないことが、イルハの苛立ちを募らせた。


 淡々と登録の世話をして、仕事があるからとすぐにその場を去った。何か、彼の中でやり切れない想いが大きくなっている。


「シーラ。なんか、あの人怒っていなかった?また俺のせい?」


 テンの赤毛をくしゃくしゃと撫でながら、シーラは軽く笑った。


「またなんて言わないの。今回も私のせいだよ」


「シーラのせいって?何かしたの?」


「約束を破ってしまったからね」


「どんな約束?」


「また来るよっていう約束」


「また来ているのに?」


「遅くなったからさ」


「俺のせい?」


「いいや、違うよ。私の問題だ」


 シーラはまたテンの赤毛を撫でた。くすぐったいのか、テンは目を細めてこれに答える。


「今日はどうしようかなぁ。ひとまず宿を取ろうか。テンはそれでいい?」


「別に俺はどこでも」


「よし!それでは、宿を取って、ご飯を食べに行こう!この国のご飯は美味しいから、期待していいよ」


「いい加減、美味しいものが食べたいよね」


「悪かったね、いつも缶詰ばっかりで」


「俺、ちょっと料理を勉強しようかな」


「それならあの時、キッチンを作っておけば良かったね」


「また行くのも大変だよね」


「キッチンは長引きそうだよ」


「疲れるね」


 二人合わせて、暗くなる。


 けれども二人は外に出ると、すぐに笑顔になって夏の日差しの中をじゃれ合いながら駆け出した。元気があり余っている。



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