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海の神々へ捧ぐ音(なろう版)  作者: 春風由実
第一章 はじまりの歌

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18.二度目の別れ


 すっかり元気になったシーラが、夕食の後にイルハの部屋に現れた。

 夜にイルハの部屋で寛いでいくことは、初めてシーラがこの国に滞在した僅かの間に定着した習慣だ。時を空けて再開した今も、それがシーラにとって当たり前となっていることが、イルハには嬉しい。


「ねぇ、イルハ。それ、一口飲ませてもらえない?」


「駄目ですよ。私は法務省の長官ですからね」


「長官になったの?」


「覚えていたんですか?」


「前は副長官だったでしょう?」


「あなたも面白い人ですね」


 自分の生年月日さえ覚えていないのに、と懐かしいことを想い出した。まだ半年も経たないことなのに、とても古い記憶のように感じるのは、待つ時間が長く感じるからだろうか。


「舐めるだけでもいいよ。イルハはどんな味が好きか、知りたいの」


 ふぅっとため息をついたイルハは、飲み掛けのグラスを差し出した。


「口外しないことですよ?」


 シーラは嬉しそうに笑い、グラスを受け取る。グラスに口を付けると、酒が喉を通り抜ける音が、三度は響いた。どこが一口なのか。


 イルハは気付くことがあった。

 今日もシーラは晒しを巻いていない。両手の晒しには、結局何の意味があるのだろう。気になったが、イルハは何も聞かずに置いた。

 気になることを残しておきたいと思うようになっている。そうすれば、確かに次の機会があるような気になるのだ。

 約束を交わしたわけでもないのに、勝手に約束を交わしたような感覚を残しておきたい。


「甘いね。少し渋みもあるけど、それが美味しい」


「この国でしか採れないサチベリーという果物から作ったお酒ですよ。そのままの果実では渋過ぎて食べられたものではないのですが、じっくりと煮込んでから、アルコールと合わせて熟成させると、こんな味になるんです」


「リリーも前に、そのベリーのパイを作ってくれたよ!あれが甘かったのも、何かしているの?」


「詳しくはありませんが、そのまま使っているわけではないと思いますよ。甘く煮て、ジャムにでもしているのではありませんか」


 次に何を語ろうかということを考えずとも、話が止まらない。シーラが次々と話題を提供してくれるおかげで、イルハはこんなにも楽しい時間が過ごせるのだ。


 この夜が永遠であればいいのに。

 こんな日々が毎日続いたら。


 イルハはどうしても願いたくなった。


 そう出来ないことを知っているのだから、希望など胸に抱かなければいいのにと自分で思いながら。

 それでも今、目の前のシーラと話す時間に、永遠を願う気持ちを打ち消せない。


 それなのにシーラは、すっかりイルハの気が緩んだ頃に言った。


「今回は沢山迷惑を掛けちゃったね。ごめんね、ありがとう」


「何もしていませんよ」


「明日、船を出すね」


 引き留める理由がない。イルハは黙った。


 怒っているわけではなくとも、シーラにはこれが不機嫌を示しているように感じただろう。


「また来てもいいかな、イルハ?」


 不安そうに見上げるシーラの瞳を覗いたとき、ようやくイルハの口元が緩む。


「友人に会うのに、許可が必要なんですか?」


 シーラはにっこりと微笑んだ。それは嬉しそうに。


「また来るね。イルハに会いに来る」


 見送りの時、イルハはやはりふ頭には来なかった。

 リタとオルヴェに何度も抱き締められたのち、彼女はまた大海へと白い帆を掲げて旅立って行った。

 そのときシーラが何度海から振り返っていたか、イルハは知らないだろう。



 楽しいシーラとの時間と交換するように、タークォンに長い冬がやって来る。

 シーラと会えないことが約束された、冬のはじまりだ。


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