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海の神々へ捧ぐ音(なろう版)  作者: 春風由実
第一章 はじまりの歌

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15.かがり火


 翌朝のレンスター邸宅は大騒ぎであった。 

 起きて来たシーラが、真っ赤に頬を染めていたからだ。熱があることは、誰の目にも明らかだった。


「まぁ、風邪ねぇ」


「嫌だよ!今日も行く!」


 まだ誰も止める前から、シーラは懇願するように言った。


「祭りは来年もあるわよ、シーラちゃん」


「そうだよ。来年もまた来たらいい」


「来年もあっても、今日の祭りは今日しかないよ」


 頬を真っ赤に染めながら、駄々を捏ねる子どものようなシーラの姿に、三人は視線を合わせた。視線だけで対応を協議している。


 決めたのはイルハである。

 ふぅっと柔らかなため息を漏らしてから、イルハは優しく微笑んだ。


「まずは医者に診て頂いて、様子をみましょうか」


 医者もまた、収穫祭の間は休んでいるが、全員がというわけではない。王宮勤めの医者たちも、緊急時に対応出来るよう、交代で勤務していた。


 飛んで来た医者は、シーラに薬を与え、よく休むよう指示した。


「休んだら、行ってもいい?」


「始まるまでに、少しでも良くなっていたら考えましょう」


「大丈夫。すぐ治すよ!」


 ぐっすり眠ったからか、確かに夕方には熱が引いていた。


「無理をしない約束ですよ?」


 冬の前のこの時期は、冷えを感じる夜が増える。夏と冬しかなく、確かに急激に季節が入れ替わるのだけれど、変わる前後にほんのりと二つの季節が入り交じるところはあった。気休めのようなものではあるが、確かに冬の気配は漂い始めている。

 それで風邪を引いたのではないかと心配したリタに、シーラは首にマフラーをぐるぐるに巻き付けられて、頭には毛糸の帽子まで被せられた。


「暑いよ?」


「これから寒くなるのよ。具合が悪くなったらすぐに帰るのよ。坊ちゃまもいいですね?」


 それはまるで、二人の母親のようで。

 シーラはとても素直に頷いていた。その姿も子どものようである。


 イルハは出来るだけゆっくり歩いて、祭りの会場に向かった。シーラがイルハの歩調に合わせようとするからだ。


「大丈夫ですか?」


「平気だよ!元気だからね」


「途中で具合が悪くなったときも、正直に言うんですよ?」


 今宵の彼は、酒を飲まなかった。途中何度もシーラに気分を確認し、喧騒を避けて休ませたりもした。

 シーラもまた、昨日程沢山は食べないから、あまり調子が良くないのだろう。酒を飲みたいとも言わなかったし、音楽に合わせて手拍子を取ることもなかった。


「帰りましょうか?」


「最後まで観たいよ。最後が楽しいんでしょう?」


 花火が上がった。

 それまで踊り騒いでいた人たちが、静かに冬を受け入れる時がやって来る。


 かがり火が焚かれ、神職者数名がその周りで舞いを見せた。神々へ捧げられる祈り。さっきとは打って変わって、静かな、海の底のような、深さのある音楽。言葉のない不思議な歌声。どこまでも鎮まり返った人々。


「こんなに綺麗な火もあるんだね。知らなかったなぁ」


 シーラはうっとりとかがり火を見つめ続けた。そんなシーラの横顔を、イルハは隠すことなく見詰めている。火が照らし、揺れる彼女の美しい横顔を。


 イルハはもう自覚したくないものを、感じ取っている。

 それを望むことが、どれだけ無謀なことか。そこまで分かっても、止められない想いがあることを知った。

 だからと言って、何が出来るわけでもない。


 帰宅するまでは元気そうに歩いていたシーラだったが、家に着くと同時に気が緩んだのではないか。玄関に入るなり、気を失って後ろに倒れた。

 イルハが急ぎ抱えたから、頭を打つことは無かったけれど。その後レンスター邸宅内は、言うまでもなく大騒ぎであった。

 一人、シーラだけがこれを知らない。


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