表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
海の神々へ捧ぐ音(なろう版)  作者: 春風由実
第一章 はじまりの歌

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

14/136

14.収穫祭


 タークォン王国では、国を挙げての収穫祭が始まっていた。


 収穫祭に合わせて、タークォンのどの店も午前中で業務を終える。それは王宮で働く者たちも同じであった。この期間にまともに働いているとすれば、警備兵とふ頭の守り人くらいであるが、彼らもまた勤務時間を調整して、皆が祭りに参加出来るように考えられていた。

 祭りの関係者も働いていると言えるが、彼らは誰も仕事とは思わずに楽しんでいようから、これには除外されよう。出店を切り盛りしながらも、この時ばかりは自身でも飲み放題、食べ放題だ。

 

 皆が浮かれるときであっても、そうでない者もいるものである。イルハにとっては、毎年時間を持て余す期間に違いない。


 そんなイルハでも、時間が有り余っていることを、今ほど辛く感じることはなかったはずだ。八日も前から始まった収穫祭も、もう明日で終わってしまう。


 収穫祭が始まって以来、イルハは午前の仕事を終えると、毎日ふ頭に出向いた。何を期待しているか、彼はもうはっきりと自覚している。

 再び会いたいと想う人を待っているのだ。ほんのひと時、彼に楽しさを与えてくれた、不思議な旅人を。


 懐かしい白い帆は、堤防の隙間からまだ顔を出さない。彼はいつも、この港の入口が最も良く見えるベンチに腰かけて、海を眺めた。


 この日も同じように、午前の仕事を終えてからふ頭にやって来て、ベンチに座り、ただ海を眺めている。凪いだ海は静かで、ふ頭まで祭りの喧騒は届いているが、とても遠く別世界のように感じられた。

 イルハだけがこの国から取り残された感覚もある。


 ぼーっと海を見詰めていたイルハが、顔を横に向けた。


 ふ頭の北側で、守り人が何かを叫んでいることに気が付いたからだ。何かいつもと違うことが起こると、期待が湧き起こるのは、待ち人がそういう人だったからだろうか。


 近付くと、イルハの胸が高鳴った。並ぶ船の隙間から、見覚えのある独特の畳み方をした帆が、伸びたマストの先に五つ確認出来たからだ。

 わざわざ北の端に停泊していたとは。

 この時期は祭り目当ての観光客も多くなり、いつもより船が沢山並んでいる。目当ての船を探すなど困難で、しかもイルハは、着いていれば会いに来てくれるはずだと信じていて、並んでいる船の方を探っていなかった。

 だから気付くのが遅れたのだ。


「おーい、お嬢ちゃん。起きておくれよ。時間だよー」


「どうしました?」


 ふ頭の守り人が明らかに狼狽した。イルハを前に言葉を選んでいて、すぐに返答が出てこない。


「改めではありません。私も就業中ではありませんから」


 守り人は安心したように頷いた。もう日は下がり始めている。


「いやぁ、この船のお嬢ちゃんが…」


 その帆船は、早朝ふ頭に到着したらしい。そしてこの守り人に、「祭りはまだやっているか」と叫ぶように尋ねると、すっかり安堵した。それから守り人の交代時間を聞いて、「交代する時に起こして欲しい」と伝えると、守り人の返答を待たずして眠り始めてしまったという。


「声を掛けても起きなくて。こりゃ、甲板に上って、揺さぶってでも起こすべきか。若いお嬢ちゃんだったので、放っておくべきか。今まさに悩んでいたところでして」


「それは結構。あとは私が見ましょう」


「宜しいので?」


「問題ありません。彼女は私の友人です」


「それは助かります。私も孫と祭りに出る約束をしていましてね。では、お先に。お疲れ様です」


 なるべく音を出さないように気を付けながら、イルハは船縁に手を掛けて、甲板に飛び乗った。毛布に包まれて甲板に転がる彼女を見れば、ハンモックが普段使用されていないことが分かる。きっといつも、このように寝ているのだろう。


 イルハは少し離れて腰を下ろすと、船縁の壁に寄り掛かった。

 不思議と歌いたい気分になっている。しかしシーラが眠っているから、それは出来ない。だから心の中で、シーラと共に演じた曲を奏でることにした。


 どれくらいの時が過ぎただろう。しかしイルハにとって、それは一瞬だった。美しい夕暮れが港を包み、眠るシーラの頬を紅く照らしている。


 やがて日が沈み、辺りは薄暗くなっていった。

 街には街灯が灯りはじめ、海が暗くなるほどに明暗がはっきりしていく。


 花火の轟音が鳴った。一度目の花火は、宴の本格的な始まりを告げる合図だ。


 うぅっという唸り声を発した直後に、シーラは飛び起きた。


「寝過ぎた!」


 ほとんど同時に笑い声が漏れていた。イルハがこのように笑ったのは、いつ振りだろうか。笑い声が海に抜けていく様は、とても気持ちいいことを知る。


「イルハ!」


「お久しぶりですね。勝手に船に上がってしまいまして、申し訳ありません」


「それはいいけど。ごめん、終わっちゃったかな?」


「いいえ、今始まったところですよ」


「良かったぁ。間に合わないかと思った」


「よく眠っていましたね」


「ちょっと飛ばして来たから、魔力を使い切ってヘトヘトだったんだ」


「もう少し休みますか?祭りは明日もありますよ」


「今日も明日も行こう!お腹もペコペコなの!あ、ちゃんとお金はあるよ!今回は稼いで来たからね!」


 イルハがまた笑った。こんなに気持ち良く笑える男だったのか、と誰よりも驚いていたのは、イルハ自身だ。




 二人は祭りの会場へと移動する。


 煌めく装飾。並ぶ出店。あちこちから鳴り響く楽しい音楽。

 この日ばかりは、歩きながら酒を飲み、食事を楽しみ、そこかしこで思い切り笑い合い、音楽に合わせて踊る者もいた。


「うわぁ、これは楽しいね」


 シーラは何でも食べたし、時に歌い踊る人たちに合わせて手拍子を取った。

 何度も、楽しいね、楽しいねと言って、イルハに笑顔を向ける。


 隣の男の方がずっと良く楽しんでいたことを、彼女は知らない。


 彼もまた、珍しく上機嫌で酒を堪能した。シーラが飲めないというのによく飲んだから、シーラは時折口を尖らせて不満を示した。

 それでもイルハは楽しむことを辞めない。

 飲めない相手であるかどうかは関係なく、イルハが祭りの日にこのような振る舞いをしたこともなかった。すれ違ったイルハに気付いて、ぎょっとした顔をする者もあったくらいだ。

 イルハの性格的な問題でもあるが、恩赦のときということで、イルハも気を遣って来たのだ。


「あぁ、楽器を持って来れば良かった」


「明日は演奏しますか?」


「イルハも弾いてよ」


「それもいいですね」


 当然のことながら、イルハがこれまでそのようなことをしたことはないから、ルードなど奏で始めれば、どの者も驚愕することになるだろう。


 それはとても面白そうだと、イルハは愉快さを感じている。彼は本当に機嫌が良かった。


 遅くまで遊んだ後、シーラを自宅に連れ帰れば、リタとオルヴェが泣いて喜んだことは言うまでもない。

 楽しい日々が戻って来た。どの者もそれがいつか終わってしまうことを知っていたが、それでも嬉しさに変わりはなかった。この嬉しさが出来るだけ長く続くことを期待しつつ、戻って来た旅人と楽しい夜を過ごしたのである。


 明日は祭りの最終日であって、今日よりもさらに楽しい日となるはずだった。

 ところが問題が起きてしまう。それは翌朝のことだった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ