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海の神々へ捧ぐ音(なろう版)  作者: 春風由実
第三章 警鐘

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31.若き魔術講師


 さて、何がどうなったのか。タークォン王国にて小さな魔術講座が開催されることになった。

 王宮内に無数にある部屋のひとつにて、よく知った顔たちが円卓に席を並べている。

 ここにまだタークォンの外側にある存在だと言える十二歳の少年が加わっていることは異質であったが、もはや誰もそれについて指摘するものはいなかった。それどころか、ここにいなくてもいいはずの娘がいないことに憤っている次第だ。


「あいつはどこに行ったんだ?」


 家臣たちと席を並べていることに何も感じない王子も、シーラが参加しないことには苛立っていた。イルハに何度も参加させろと伝えてきたからである。

 しかし初回からシーラの姿はない。


「申し訳ありません。まだ興味がないそうです」


「俺はどこに行ったと聞いたんだぞ?」


「ラジーの店に行くと言っていたよ」


 イルハより前に答えたのはテンであった。

 王子が蔑むような眼でイルハを見やる。


「好き勝手にさせやがって。また何か騒ぎを起こすかもしれねぇぞ?」


「それは望ましいことでは?」


 まだ隠そうとしていた王子の表情が変わり、軽蔑の意思がはっきりと示された。それでもイルハは顔色一つ変えずに、まっすぐに王子を見据えるのである。


「お前はそれでいいのか?」


「夫としての発言ではありません」


 王子から舌打ちが漏れた。もう何を言っても無駄だと分かっている。が、言わずにはいられない男であった。


「お前なぁ。そんなことだから……」


 続く王子の小言を、目の前に座るシュウレンは老齢らしい穏やかな顔で見守っていた。その隣には、若いタビトも座っているが、こちらは機嫌の悪い顔を隠していない。


 足音が近づいて来た。この部屋の皆が顔を歪めたのは、音の主が誰か分かっているからだろう。

 ドタドタと大きな音を立てて廊下を駆けて来た者が扉を開けば、やはり現れたのはカイエーンだ。


「遅くなり申し訳ない!」


 カイエーンは円卓を見て戸惑った。タークォンの王宮にあって、王子と席を並べるものではないと思うが、すでに王子の両隣にはイルハとテンが座っているわけで、そのテンの隣の席にはトニーヨも腰を下ろしていた。

 王子の向かい側にはシュウレンとタビトがあって、さて、自分はどの席が正しいのかと考えてしまう。とは言っても、空いている席は三つだ。


「どこでもいいから、早く座れ。始めるぞ」


 呆れた顔の王子に促されて、カイエーンは仕方なくトニーヨからひとつ席を開けて腰を下ろした。隣には座りたくなかったのである。


「シーラ殿は?」


 カイエーンの興味もまたそこにあった。


「興味がないそうですよ」


 トニーヨの答えに、カイエーンはしかしそれでいいのかと聞きたくはなったが、遅れて来たこともあって発言を控えることにする。


「お集まりのようですな。さて、タビト。始めるかの?」


 どうやらタビトが講師を務めるらしい。タビトも旅のおかげか、肝が据わるようになっていて、王子や高官たちの前だからと怯まなくなった。ここにあるテンの存在がその助力になっていることだけは、タビトにも分からなかっただろう。


「魔術を学びたいとのことですが、皆さまの知識の確認を踏まえ、基本からおさらいしていきたいと思います」


「基本などいいから、手っ取り早く魔術がよく使える方法を教えてくれ!」


 王子のその発言は、タビトには許せないものであったらしい。一度眉を上げると、今度は眉間に皺を寄せた状態で、タビトは言った。


「失礼ながら、殿下。基礎となるものを受け入れず、腕を磨こうとするものは、かえって遠回りをすることになるものです。魔術は感覚的なものもあり、基本の理解なく使うことは出来ましょう。されど、基本を知らないがゆえに、己の感覚で知った限界を超えることが出来なくなります。だから基本から正しく知ることは、強力な魔術を求めるうえで最も大事なことなのです」


「本当に基本から学ぶ必要があるのか、シュウレン?」


 この発言がタビトを怒らせるものであるとカイエーンでさえ分かっていたが、王子は下々の立場にいたことがない人間だった。

 しかしシュウレンは穏やかに微笑んで、弟子に失礼な態度を見せる若く考えの足りない王子にも優しく対応するのである。


「基本を知らねば、出来ることは限られますわい。海のものらでも、魔術の基本などよぅ知っておるものですぞ」


「なにぃ!シーラもか?」


 王子は声を荒げたが、老人はこれにも穏やかに笑い返した。


「あやつらは何も知らぬ顔をしてなんでも知っておるし、知った顔をして何も知らないこともありますわい。厄介な存在ですなぁ。そうじゃのぅ、イルハ殿?」


「同意しかねますね。我が妻はそのような策略とは無縁です」


 表情を変えてはいないが、イルハの毒のある言い方に、何故かトニーヨとカイエーンが人知れず怯えているのであった。二人とも法務省の長官殿には嫌な覚えがあるらしい。


「シュウレンは海でのことを言っているんだよね?シーラがそうするのは当たり前だよ。そうしないと死ぬんだから」


 今度はテンが無表情で言うのだ。それはそれで不気味だと、トニーヨもカイエーンも感じていた。可愛がろうとしていたこの少年に対しても、二人はこの間から恐ろしさを覚えている。

 淡々と人を殺める少年を、どう可愛がれというのだろう?しかも先日から発言も物騒に変わっていた。テンが隠すことを辞めたせいだ。


「その通りじゃ。して、テンは、魔術をあのお嬢さんから教えて貰えたのかの?」


「教えて貰っていないよ」


「それは残念じゃったの。お嬢さんから学びたかったじゃろうて」


「シーラがいいけど、ここで教わってきてもいいと言ってくれたからいいんだ」


「お嬢さんがいいと言うならわしからは何もないが、ひとつかつて海にいたよしみで伝えておくとしよう。ここで学ぶことを、海の魔術師には重ねんことじゃ。そんなことをしたら、命取りになるわい」


 テンは無表情のままじっと皺に囲まれたシュウレンの老いた瞳を見詰めていたが、少しして「分かった」とだけ答えた。

 テンはこの通りいつも通りの無表情だが、周りもまた硬い表情をしている。

 シュウレンはシーラは別格だと言ったのだ。それにフリントンなどが含まれる。

 王子としては、いずれは海の魔術師に相応出来るほどに、タークォンの魔術師のレベルを上げたいと思っていたし、自分でもそのように魔術を使えるようになりたかった。

 その方法はここでは学べないと言われた形だ。

 イルハとて、妻と同程度と言わずとも、海のものたちとそれなりに対応出来るだけの魔術を欲していた。それが厳しいと分かって、いつまでも涼しい顔などしてはいられないだろう。

 しかし、今はここで出来ることをするだけだ。シュウレンは、ここでは学べないと言っただけである。タークォンにはシーラがいて、そのシーラはイルハの妻だ。可能性は低くとも、まだ完全に道は閉ざされてはいなかった。

 イルハの心の切り替えは早いが、王子はまだ引きずっているらしく、不機嫌に顔を歪めていた。


 タビトはシュウレンに視線で促されて頷き、再び口を開く。


「では宣言通り基本から始めます。魔術とは何か、どう捉えているかを知らせて頂きたい。カイエーン殿、魔術についてどのように説明されますか?」


 急な指名に驚くも、カイエーンは学んできたことを冷静に答えることにした。自分を指名してきた理由も、身内側にあるカイエーンにはよく分かっていたから不満もない。


「魔術とは、魔力を扱える魔術師が使う不思議な力の総称ですな。この魔術師のことを端的に説明するならば、人の体に流れる魔力を収束させ、これを利用出来る者、それが魔術師でしょう」


「その通りです。人の体に魔力が流れていること。テン殿はこれをご存知でしたか?」


「魔術師以外にも流れているの?」


「強弱の違いはあれど、誰の体にも魔力は存在していると言われています」


「へぇ。じゃあ、俺にもあるんだ」


 テンは自分の両手を見やった。魔力がここに存在している?だけど自分からは、シーラや他の魔術師から感じる独特な気配を感じたことはなかった。自分には分からないものなのだろうか?


「魔力があるのに、魔術を使えないのはどうして?」


「収束という意味は分かりますか?」


「分からない」


 はっきりしていていいと、タビトは思う。分からないことを分からないと言える点に関しては、テンという少年を嫌いではないとタビトは感じた。しかし別に好きではないし、そこまで歳も離れていないせいか、可愛いとも思えない。


「体に流れる魔力を一箇所に集めることを、魔力を収束すると言います。魔術として使うためには、混沌として存在している体の中の魔力を、使える形で放出しなければなりません。その方法を多くの人は知らないから、魔術を使えないのです」


「その方法を教えてくれるんだよね?」


「当然教えますが、教えたら必ず出来るものではありません。多くは指先から一点で魔力を放出する努力をしますが、これはとても感覚的で、よく学んだからといって出来るようになるとは限らないのです。そして魔術の難しい点は、ここから先にも存在しています。たとえ魔力を集めることに成功しても、それを今度は魔術として変換しなければ、何にも使うことが出来ません。この初歩の問題が大きく、才能のない者にとっては長く険しい道のりになります」


「才能って?魔術を使えるかどうかは、生まれ付き決まっているということ?」


 テンの疑問に答えることが基礎をおさらいするいい方法になると、タビトは思ったのかどうか。タビトは王子に尋ねたのである。


「殿下はどう思われますか?」


 それが王子にとって嫌味になると、まさかテンは思わないだろう。いや、どうだろう?知っている可能性もあった。


 しかし王子もこの種の嫌味には慣れ親しんでいる。悔しかろうが、己の現実を受け止められるくらいには成長していた。


「俺はその通りだと思ってきたぞ。魔術師の子の多くが、魔術師になると言われているからな」


「血筋で決まるってこと?」


「タークォンではそう捉えている。シュウレン、これは正しいか?」


 シュウレンに聞くところが、タビトには憎いが。

 お互いにどうしても相容れぬものがあることを、言わずとも身分差を越えて感じ取っているのだろう。


「そのようなこと、なんとでも言えますわい」


「魔術師の子にも、魔術師にならぬ者がおりますからなぁ」


 シュウレンのあとに、カイエーンも言葉を重ねた。カイエーンには嫌味の意識はないが、王子は自嘲気味な笑みを浮かべ、「その通りだな」と呟く。


「では聞き方を変えましょう。才などなく生まれた者でも、強い魔術を使うことは可能なのでしょうか?」


 ここでイルハが雰囲気を変えようと口を挟んだ。トニーヨは言葉を選んでいる間に先を越されてしまったのであるが、そんなことは発言がなければ誰も気付かない。


 シュウレンはこの質問に喜んだようで、よく笑った。

 タビトはその隣で知れず、小さなため息を漏らす。これならシュウレンが指導すればいいと思わずにはいられない。


「可能じゃのぅて、あのように海に人が溢れんわい」


「海のものの多くは、才ではないところに頼り、魔術を使っているということでしょうか?」


「生まれ持ったものに満足しておったら、海になど出んじゃろうて」


「シーラもそうだと言うことだな?」


 どうしても魔術の話になると、シーラの話に移っていく。

 テンは興味を持って聞いているが、どうしてシーラのことをシーラに聞かず、他人に聞いているのかと疑問に思った。シーラのことなど、シーラにしか分かるはずもないのに。聞いたって教えてくれないから想像するのは分かるけれど、いないところで別の人間に聞いたって、シーラが海に出た理由など誰が答えられるというのか。

 不毛な会話だと、十二歳の少年は思うのだ。それより早く魔術について知りたい。

 それで待つのを辞めて、聞くことにした。


「ねぇ、シーラのことより、どうやって魔力を集めたらいいか、教えてよ」


「体内における流れを知るところから始まります。その流れを一点に集まるように意思をもって導くのです」


「流れって?」


「人の体に血が流れていることは分かりますか?」


「うん。血が外に流れ過ぎると死ぬよね」


 物騒な言い方は控えてくれないかと、トニーヨとカイエーンは同じように思っていた。王子も顔が引きつっている。これまで可愛がっていた少年がすでに分からない存在になっていた。


「その血の流れに乗って魔力も流れていると言われますが、これは実際、本当かどうか分からないところです」


「分からないの?」


「魔力は目に見えませんからね。魔力には魔力だけの流れがあると信じている人たちもいて、魔術書によって書いてある内容が変わる部分です」


「魔力は見えないものなの?」


 テンのこの疑問を気にしたのは、イルハだけだった。


「見えると聞いていましたか?」


 テンは一瞬目を見開いたが、すぐに無表情で首を振った。


「俺は魔力のことは知らないよ」


「そうですか」


 イルハもそれ以上触れないが、このやり取りから男たちが深読みしないわけがない。

 魔力が見える?もしかしてシーラは見ている?

 もしそうだとしたら、シーラから習う方がよほど早くないだろうか?


「おい、シュウレン。魔力が見えることはあるのか?」


「さぁて。わしには見えませんからのぅ」


「あるんだな?」


「分からないことには、答えられませんわなぁ」


 王子はやはりこの場にシーラが必要だと思った。

 それで怒鳴るようにイルハに言う。


「おい、イルハ!次はシーラを必ず参加させろ!いいな?」


「申し訳ありませんが、絶対はありません」


「命令だ!」


 主君の命に同意しない男に、カイエーンは驚愕しているが、トニーヨは動じなかった。何度も見ているとおかしいことにも慣れてしまうものである。


「俺はシーラのあの魔術も習いたいんだよ。どうにかしろ!」


「それは物を動かす魔術のことですか?」


 タビトが問うと、苛立ったままの王子はついタビトにも怒鳴った。


「そうだ!あれは上手く使えば、あらゆる面で役立つだろう!電気もいいが、タークォンには他の魔術も根付かせたいんだ!」


 タビトが不敵に笑ったとき、王子は目を見開いていた。こいつ、こんな顔をするんだな、という思いだ。


「さすがにシーラ殿のようには参りませんが」


 胸ポケットからペンを取り出すと、タビトはそれを円卓の上に置いた。

 それからわざとらしく、ゆっくりと手を動かして指先でペンに触れると、そのペンは触れた勢いを越えて円卓の上を滑り行き、王子の元に届けられた。


「まだこのようにですが、物を動かす魔術の仕組みは理解しました。魔術式ならばお伝え出来ます」


 タビトが講師として認められた瞬間だった。テンまでも目を輝かせて、タビトの手元を見ている。それはいつもの手品とはまた違う面白さを、テンに与えてくれていた。

 物を動かす魔術を極めたら、シーラともっと遊べるだろう。それは幼い少年の心を躍らせるのに十分な理由となる。シーラの役に立ちたいという気持ちもあったが、それより遊びのことでテンの頭はいっぱいだった。

 まずはこの魔術を覚えようと決めたのである。


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