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海の神々へ捧ぐ音(なろう版)  作者: 春風由実
第三章 警鐘

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29.子どもたちの時間


 闇に消えたシーラの姿は、何故かレンスター邸宅にあった。しかもシーラは玄関から家に上がらず、テンに与えられた部屋の窓から侵入し、ベッドで転がっていたテンを驚かせた。

 テンは上半身を起こして、シーラに声を掛ける。


「飲んできたの?」


 知らない酒の香りが、テンの鼻腔に届いた。シーラから酒の香りがするのはいつものことだが、酒特有の甘さの中に、何かスーッとした清涼感のある香りが重なっている。料理の香草の残り香と酒の香りが混ざっているのかな、とテンは思った。


「まだ飲んでいる途中だったんだけど、これが取られそうでね」


 シーラは両手に抱えていた立派な狙撃銃を差し出すと、テンは驚きも示さずにこれを受け取った。少年にはとても似合わないし、その背格好にはまだ大き過ぎる銃である。


「わざわざ行って来たの?珍しいね」


「ちょっと牽制しておこうかと思ったからね。人の物に手を出したらどうなるか、よく知って貰わないと」


 シーラはにこにこ笑って言うが、テンはその顔も見ずに受け取った大きな銃を持ち変え、あらゆる角度から観察した。けれども話は聞いているようで、視線を銃に置いたまま口を開く。


「牽制ね。それもわざわざ行ったんだね。イルハとは一緒じゃなかったの?」


「一緒だったよ。王子とトニーヨも一緒に飲んでいてね」


「抜けて来て平気なの?」


「まぁね。もう隠すこともないでしょう」


 隠し事ばかりのくせに。とテンは思ったが、言わないでおく。


「私もまだ飲んでくるから、今夜は遅くなるよ。先に寝ていてね」


「それはいいけど。俺が持っていていいの?」


「上手く隠せるでしょう。お願いね」


「分かった」


「それから、誰も近付けないから、今夜も安心して寝ていいよ。もうあの人もいないから、海のように気楽に過ごして」


「何かありそうなの?」


「今はないけど、どこまで遊びに来るか分からないからね」


「どこまでって?」


「そのうち分かるよ。だけど全部任せておいて。テンには何も起こさない」


 むしろ起きて欲しいとテンは思ったが、シーラはさっさと部屋を出て行こうと空いた窓の木枠に手を掛けた。


「じゃあね。おやすみ、テン」


「シーラ」


 テンは何故か今だと思った。それでシーラを呼び止めた。


「どうしたの?」


 木枠に手を掛けたまま、シーラは顔だけで振り返る。


「俺、魔術を覚えたい」


 テンが言うと、シーラは体ごと振り返って、テンに向かいにこりと微笑んだ。


「私はまだ早いと思うなぁ」


「俺は早く覚えて、もっと役に立ちたいし、それに俺はシーラの……」


 再びテンに近付いたシーラは、今日は両手でテンの赤毛を撫で回した。わしゃわしゃと撫でられるうち、テンは胸に温かいものが広がっていくことを感覚で知る。それは言葉を遮られたと知っていても、心地好いものだった。


「テンがどうしてもと言うなら止めないけどね。いつそうするか、それはテンの自由だ。だけど私は今テンがそうすることを望んでいない。これも私の気持ちとして伝えておくよ」


「ねぇ、シーラ」


 最後まで言う前に、シーラは笑った。


「私は教えないんじゃないよ、テン。教えられないの。どうやって覚えたか、思い出せないんだもの。魔力を流すお遊びくらいしかできない」


「他の人に習うのはいいの?」


 シーラが小さくため息を漏らした。


「まったく。今度たっぷりと嫌味を言わせて貰わないとね。美味しいお酒もうんと飲ませて貰わないと」


 誰のことを言っているか、テンにも分かった。

 そこでシーラは辞めないでくれたから、テンの胸が躍り出す。顔に出さまいと、テンは必至だ。いくらシーラの前でも、子どもらしい姿を見せたくはなかった。気心が誰よりも知れた相手で、テンが素直さを見せられるのもシーラしかいないけれど、その近しいシーラだからこそ、幼いと思われたくないという気持ちをテンは強く持っている。


「いいように考えておくよ」


「俺のことなのに考えてくれるの?」


「テンがしたいことをすることも、私には嬉しいことだからね。だけど少し時間を貰えるね?今夜はそのおもちゃで遊んでおいて」


「分解して平気だよね?」


「タークォンの人たちも見たいと言うだろうから、元に戻してね」


「それはいいけど、取られちゃうの?」


「それはもうテンのものだ。私が他の誰にも渡さない。あぁ、だけどね、テン」


「何?」


「今日のナイフと銃弾、ひとつずつ預かっておいてもいいかな?」


「何に使うの?」


「確かめたいことがあってね。あとで返すから、借りていいね?」


「別にいいけど」


 テンからあの特殊なナイフと、テンが拾った銃弾を受け取ると、シーラはすぐに部屋から消えた。

 ちょうど部屋をノックする音がして、知った女性の声が掛かる。


「テンちゃん。湯浴みはどうかしら?お湯が沸いたのよ」


「ありがとう。今、行く」


 テンは言って、新しく得たおもちゃを取り急ぎベッドの裏に括り付けた。ベッドの下を覗いたくらいでは、気付かないだろう。あとでもっとちゃんと隠すと決めて、部屋を出る。

 湯浴み中ずっと、そろそろ船に戻りたいな、とテンは考えていた。

 手に入れた新しいおもちゃと、それからこれから学べるであろう魔術のこと。テンの胸は高鳴っていて、いつも無表情なテンが湯に浸かり、にやけている様など、同じ家にあるリタとオルヴェが想像するはずもなかったが、テンもただの少年に戻るときがある。


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