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海の神々へ捧ぐ音(なろう版)  作者: 春風由実
第三章 警鐘

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27.故郷


 王子は腕を引いてテンを立ち上がらせると、執務室の方に移動した。シーラの見えぬところで行おうと思ったのだ。それは気遣いだけでなく、この少年はシーラの顔色を見ながら話すことを決めると知っていたからだ。


「武器を全部出して、机に並べろ」


「嫌だね」


「嫌なら身体検査だ!服を脱がすぞ。いいな?」


「嫌だ」


「嫌だ、嫌だじゃねぇんだよ。すると言っている!」


 王子とテンが揉めている間、シーラは二度目にお代わりしたケーキを美味しそうに食べていた。テンが服を脱がされそうになっているのに、まるで関心がない。それどころか、「とっても美味しいよ。イルハも食べる?」と言って、座るソファーの後ろに立っていたイルハに、ケーキを食べさせようとしている。

 イルハも王子とテンが移動したことをいいことに、シーラの肩に手を置くと、身を屈めて口を開いた。そこにシーラがフォークに乗せたケーキの欠片を運び入れる。


 トニーヨは一度ぎょっとしたが、見なかったことにしようと決めて、王子たちを追って執務室側に移動した。トニーヨの耳がほんのりと赤く染まっていることに気付いて、シーラとイルハがひっそり微笑して見つめ合う。


 ところがシーラが急に声を張り上げたから、イルハは何も起きていないという澄ました顔を作って、背筋を伸ばさなければならなかった。

 まさにテンが王子に両肩を掴まれて、逃げ出そうともがいていたときだ。


「王子。その辺にしておかないと、撃たれちゃうよ!」


「はぁ?」


 シーラはここで歌うように笑うのだ。王子は収まってきていた苛立ちをまた覚えなければならない。


「武器を持った相手に嫌なことをすれば、撃たれても仕方がないでしょう?ねぇ、イルハ」


 シーラは後ろを振り返りながら、イルハを見上げてにこりと微笑んだ。イルハは作ったものではない微笑を漏らす。


 呑気な夫婦の相手などしていられるかと、急ぎ顔を戻した王子は、テンを睨みつけた。


「俺を撃つ気か?」


「今は撃たないけど」


「今はとはなんだ?別のときには撃つ気かよ!」


「分からないけど、身体検査は嫌だ」


「身体検査をしたら撃つつもりか?」


「それも分からないけど、身体検査からは逃げるよ」


「お前なぁ」


 王子もちょっと冷静になってきた。テンがあまりに無表情で、この少年らしくない少年と話していると気が抜けるのだ。けれども無表情でありながら、今のテンはいつもよりずっと子どもらしく、王子はこういうテンの方が好きだと感じている。

 だからこそ、この少年が人を殺めたという話を王子はまだ信じられない。


「分かった。まぁ、座れ」


「俺もまだケーキを食べたいんだけど」


「こっちで食っていい。とにかく話をするぞ」


「ここは書類が沢山あるし、あっちでも話せるし」


「ごちゃごちゃとうるせぇな。いいから座れって」


 書類の山を腕で払いのけて、王子は机を空けた。その空いた場所にテンのケーキと珈琲を運ぶよう、トニーヨに命じる。トニーヨは気を遣って、王子の分の珈琲も運んで来た。

 王子が促すから、テンは渋々と机を挟んで王子の向かい側に座ることにした。トニーヨがわざわざその場所に椅子を置いてくれたからだ。それで王子はいつもの立派な椅子に深く腰を下ろす。


「身体検査はあとにするとして、話は聞かせて貰うぞ。お前は銃を使えるんだな?」


「そうだけど」


「それはいつからだ?」


「いつって?」


「いつからお前は……」


 王子は先を言えなかった。いつから銃を扱い、人を殺してきたのだと、聞けなかったのである。


「ララエールの男の子は、十を超えると戦士になるんだ!」


 シーラが隣の部屋から叫んだ。見れば、もうイルハはシーラの隣に堂々と座っているではないか。しかも珈琲を飲んでいた。


 トニーヨは行き場を失い、王子たちの側に立ってみたが、どうも落ち着かず、そわそわと漂うように位置を変えていた。これには王子も見兼ねて、「お前も椅子を持ってきて座れ」と促してしまう。おかげでトニーヨはようやく落ち着けた。


「十歳からか?」


 テンは十二歳。にしては、銃の腕が良過ぎやしないか。聞こえた銃声の数を王子も覚えていた。こいつらに何かあったのではないかと慌てて飛んで行ったのに、二人はいつも通りの様子で、傍らに転がる男二人など見えないように、海を見詰めていた。

 最初の一発が敵の銃声だとして、あとに続いた三発の銃声がテンの発したものだとすると。男が雑木林のどこに倒れていたか知らないが、あの場所から三発すべての銃弾を人に命中させられる腕前は相当のものだろう。銃に疎い王子にもそれくらいは分かった。


「十歳から習っていたんじゃ、すぐに戦士になれないよ」


 テンが落ち着き払って言うから、王子もトニーヨも目を見開いた。


「幼い子どもが銃を扱うんですか?」


 トニーヨが驚き問うも、テンは素直に頷いた。


「初めてのときは覚えていないけど。俺も五つくらいの頃には、射撃場で遊んでいたらしいよ」


「五つだと!赤ん坊みてぇなもんじゃねぇか」


「遊びだからさ」


「子どもの遊び道具じゃねぇだろうよ。人を殺せるんだぞ!」


 思わず言った王子は、しまったと顔を歪める。それでまだ認めたくなかったことを自覚した。シーラはともかく、この十二歳の少年が人を殺したという事実を王子は認めたくなかったのだ。

 短い付き合いとは言え、タークォンで過ごした濃密な日々に、異国の地や海での特別な時間が加わって、王子がこの少年を気に入るのに十分な時間が与えられてきた。これからもっと可愛がって、タークォンに留まるように促し、自分の下に付けて働かせてもいいと、そこまで考え始めていたというのに。

 テンのこれまでの短い人生を思うと、王子の胸も痛くなる。これからは良く変えてやりたいと思えども、こういう少年とどう向き合えばいいのか、王子にもこれは難題だった。


「子どもでも銃くらい使えないと困るでしょ?」


「いつどこで困るんだ?」


 テンはじっと王子を見詰めた。先を言うか迷っていたが、シーラが何も言わないから、言うことにする。


「タークォンは平和だからそう言えるんだよ」


「あ…」と漏らしたのはトニーヨだった。ララエールの状況を思えば、当然だと思い直す。大人たちは戦争に忙しく、国土に攻め入れられたときに子どもたちにも自分の命くらい守って貰わなければならなかったのではないか。それとも子どもにも戦闘に加わって貰わなければならないほどに、状況が悪化していたのか。

 まだトニーヨはタークォンらしい考えから、事実を捻じ曲げていた。


「お前の言い分は理解した。だが、ここはお前の言う平和なタークォンだ。ここで人を殺める必要があったのか?」


 こういうとき、テンの表情の乏しい顔は、人に奇妙な恐ろしさを与えるものである。十二歳の少年が無邪気に笑ってこれからテンが言う言葉を発するのも怖いだろうが、それでも少しは悲痛な表情だとか、申し訳なさそうな顔があってもいいところだ。眉一つ動かさずに言われると、大人たちの方が落ち着いていられない。


「必要かどうかじゃなくて、そうするものだから殺したんだよ」


 殺すという言葉が十二歳の少年の口から簡単に出て来ることもまた、王子とトニーヨの胸を強く揺さぶった。


「殺して当然だったと言う気か?」


「王子は銃を持った相手が自分を撃ってきたときにどうするの?」


「それは……」


 王子を撃とうとするような者があれば、その場で射殺されるか、あるいは致命傷を避けて射撃して捕らえられる。そして王子はそこで自分の手を汚すことはない。手を汚すのは下々の役目で、いつも清くあること、それが王家の人間だ。

 そのとき王子は、臣下が殺人を犯したことを責めないだろう。むしろ良くやったと褒めることになる。

 テンがしたことと、どう違うのか。王子には上手く説明が出来そうもなかった。確かに銃を持っている相手だ。優しさからこれを生かせば、自分の身に危険が及ぶことになる。


「俺が殺したのは、あっちが銃を撃ったからだ。剣でも同じことだから、今回は俺が先に抜くことで特別に……」


「剣とはなんだ?」


「……別に」


 テンは間違えたと思い、隣の部屋にいるシーラを見やった。しかしシーラは何も訴え掛けては来ない。問題ないみたいだ。


「相手が武器を持っていたら、殺していいというルールか?」


 ルールかどうかと問われると、テンにもよく分からなかった。テンは自分が知っていることだけを言うことにする。


「武器を持っていたら必ずというわけではなくて、武器を使うことが命を奪う合図だから。奪おうとする相手からは、先に奪わなければ生きられない。そういうものでしょ?」


 テンが伝えたのは、ララエールで学んだ教えだ。こんな話をするのは、シーラ以外には初めてだった。それが意外にも気持ちが良くて、テンは不思議に感じている。

 それでいい気分をもっと増やそうと、ケーキを頬張ることにした。煮詰めたサチベリーに残る少しの酸っぱさが、ケーキにふんだんに使われているどこまでも甘いクリームをいくらでも食べられるようにした。この国の料理は美味しいとテンは思う。


 王子はしばらく黙ったが、じっくり考えた結果、やはり聞くことにした。


「お前は戦争に参加したのか?」


「ララエールに生まれた人は皆、戦争の中にあるんだよ」


「戦闘に加わったのかという意味で聞いた。戦場で銃を持ったのか?」


「戦争で人を殺したかって聞いているの?」


 直球で返されたことに王子は疲弊したが、それを隠し、堂々と尋ねた。今度の王子は、少しだけいつもより王子らしい。


「そうだ。戦争中も人を殺したか?」


「そりゃあね」


「そのあとは?」


「あとって?」


「あいつと海に出てからはどうだ?」


「何度もあるよ」


 ここで王子はシーラを見やった。あいつは何故テンを止めない?王子には分からないことばかりだ。ただの小娘は、今や得体のしれない女に変わっている。気味が悪いとさえ思った。

 テンを助けたと言っていたが、命を救っただけではないか。海で生きられるほどに魔術を使えるのだから、テンがもう二度と殺人などに手を染めなくていいように、銃など捨てさせて、普通の少年として生きさせることも出来るだろう。何故そのように導かず、人殺しを続けさせる?十二歳の少年だぞ?まだいくらでもやり直しがきく年齢ではないか。俺ならこいつを……


「王子は海が平和だと思っているの?」


 テンに問われ、王子の意識が目の前にある現在の少年に引き戻された。


「そうじゃねぇが」


「それなら分かるよね?海はもっと大変だから、命を奪おうとする相手からは先に奪わないといけないんだ」


「それでいいのか?」


「どういうこと?」


「お前は嫌々そうしているんじゃねぇのか?」


 うっかり笑ったことに、テンは酷く後悔した。王子とトニーヨの顔から、血の気が引いていたからだ。


「まさか……嬉々として殺しているんじゃねぇだろうな?」


「……別に」


 顔を引き締めたテンに言えたのは、これが精一杯だった。

 王子もトニーヨも分かっていないのだ。まだテンの中に、ララエールの教えが流れていることを。この少年の考えはララエールの教えを元に組み立てられていて、そこにシーラが新しい風を吹き込んでいる最中だ。けれどもシーラはテンの思想を自分色に染めたいわけではないから、テンが自分で変わろうとしない限り、彼はずっとララエールの中にあった。


「罪の意識はねぇのか?」


 うっかり聞いた王子は、直後にしまったと思った。十二歳の少年に罪の意識が芽生えたらどうするんだと、王子は勝手に心を痛めて、何か取り繕う発言を考えていたところだ。


「ないね」


 テンがはっきり言うから、王子はさらに動揺した。


「まったくないのか?」


 戦争がテンの心を歪めたのだと、王子はまだ思っていた。凄惨な環境にあって、情緒が育たなかったのではないか。こいつこそ再教育が必要で、タークォンでよく学ばせなければ。

 そのように考え、将来に思いを馳せていたというのに。


「あるわけがないよ。異教徒は人じゃないし、そいつらが死ぬほどに神様は喜んでくださるんだから」


 テンは言ったあとに、ケーキを口に含んだ。表情は乏しくも、その姿は完全に十二歳の少年であるというのに。

 王子はこの少年さえも、知らない男に見えてくる。


「異教徒は人でないだと?」


「そうだけど?」


「待て、待て。異教徒が死ぬと喜ぶ信仰だったのか?」


「神様への捧げものだよ。人だって肉や魚を殺して食べるでしょ?それと同じ」


「は?お前は何を……」


「ララエールの教えであって、テンの個人的な思想ではないよ、王子!間違えないで!それにテンは、異教徒だからってやみくもに人を殺したりはしない、優しい子なんだから」


 シーラが叫んだとき、隣に座るイルハはひっそりと頷いていた。これまでの考えが肯定されたからだ。テンがシーラに固執する理由はひとつではなかろうが、あるひとつがイルハの中で確固たるものに変わった。

 イルハが調べた情報は、テンとシーラを固く結び付けている。少年がタークォンに留まりたくないわけだと、イルハは思った。


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