25.静寂
白い砂浜に立ち、シーラとテンは海を眺めていた。寄せては返す波は穏やかで、海風も安定している。船を出すには絶好の日和ではないか。
シーラに駆け寄ったイルハは、開口一番尋ねた。
「怪我はしていませんか?」
「大丈夫だよ。だけどね、イルハ。せっかくリタが作ってくれた服を破いちゃったの」
泣きそうな顔で言うシーラの言葉を遮って、イルハはさらに聞いた。
「本当に怪我をしていませんか?」
「していないはずだけれど……」
シーラが体を確認するのを、イルハは悲痛な面持ちで見守った。いや、見守っていられずに、共に袖を巻くって腕などを確認していく。晒しが消えていることに気付いたイルハは、王子たちの目など気にせず妻の両手を取って、直接肌に触れることで、自身を安堵させることにした。
イルハの両手をぎゅっと握り返したシーラは、イルハを見上げてにこりと微笑み、イルハもまた妻に温かい微笑を返すのである。
彼らの傍らに知らぬ男が二人転げていなければ、いつもの仲睦まじい夫婦の姿でしかないが、今はこれに相応しい状況ではなかった。
「あ!」
気付いたのは、テンだ。シーラが顔を上げたことで、まだ背の低いテンの位置から確認出来てしまった。
「え?何?」
テンが無言でシーラの首元を指すと、シーラは焦ってこれを隠そうとしたが、イルハがシーラの手を強く握り締めて離さなかったから、これが上手くいかない。イルハはそのまま身を屈めてシーラの首を覗き込んだ。
シーラの首の正面側、下寄りの真ん中に、小さな赤い点がある。それほどの傷ではないが、薄く血が滲んでいた。
執拗に首を狙っていた男のナイフがわずかに触れたのだろう。遊んでいるからこうなるのだと、テンは呆れた。服だってそうだ。
嫌なことが起きないように、シーラはもっと真剣に遊ぶべきだ。と、結局遊ぶ前提でテンも考えているのである。
「少し切りましたね。すぐに消毒を」
イルハも用意がいい。さっと服の中から消毒薬の小瓶と綺麗な布巾を取り出すと、シーラの首の傷を消毒しようとした。
ところが前と同じことが起こる。
「いらないよ!そんなことしなくて平気だから!」
シーラの様子に、王子は疑問を感じた。
海を旅し、今回のように魔術を使った戦闘を行ってきたとすれば、怪我など日常茶飯事だったのではないか。
それでどうしてこうなる?何故これほどまでに痛みを嫌がるんだ?こいつには慣れというものはないのか?
銃声が聞こえたことやら、砂浜に転がる男たちは何なのか、どうやってこいつらを倒したのか。王子にはシーラとテンに問い質したいことが山のようにあったが、この場は二人をイルハに預けることにした。
先に警備兵たちを集め、事後処理をさせることにしたのである。トニーヨが小型の通信機を使って警備兵たちを再び集め、あれこれ指示を出しているところだ。トニーヨはとても忙しく、シーラたちに気を取られていられなかった。いや、気にしないようにしていたのかもしれない。
「シーラ、魔法を使ってあげるからさ」
「それはいいですね。お願い出来ますか?」
「任せてよ。ほら、シーラ。今、魔法道具を出すからさ」
テンが懐を探っている間も、シーラは泣きそうな顔でイルハに訴え掛けていた。
「大丈夫だから!傷なんて何にもしなくても治るんだからね!もう放っておいて!」
「痛くないようにしますから、安心してください。私が言うんですから、間違いありませんよ」
「嫌。怖いから辞めて。それより服を直して!」
「服よりもあなたの方が大事です。服はあとで直しましょう」
「シーラ。ほら、見て。何もないところに……」
指示を出し終え暇となった王子は、少し離れたところから呆れた顔で三人のやり取りを見ていた。
王宮に連れ帰り、あれもこれも聞き出してやろうと考えている。美味いものでも食べさせておけば、気も緩み何かしら語るだろうという甘い考えをまだ持っていた。
当然ながら、この場にシュウレンとタビトも同行している。
シュウレンは皆の後方で穏やかに笑っているが、その隣に立つタビトはこの場に残る魔力を必死に感じ取っていた。タビトは今、強い後悔を感じている。それは戦いが見られなかったことだけが理由ではない。自分が参加出来なかったことを後悔しているのだが、まだ自分でもこれを理解しておらず、強い後悔は王子への嫌な気持ちに変換された。
この男のことなど無視し、早く追い掛けておけば良かったと思うのである。
それぞれの思いを浜辺に残し、シーラたちは王宮に連れて行かれる運びとなった。




