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海の神々へ捧ぐ音(なろう版)  作者: 春風由実
第三章 警鐘

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22.決裂


 北側の海岸線に沿って続く浜辺と雑木林は、聳え立つ崖の手前で終わった。左手には穏やかな海、足元には白い砂浜、そして右手には雑木林という景色から、突如目の前に立ち塞がった崖は、見る者に圧迫感を与え、ごつごつした崖の岩肌の鋭さをことさらに際立たせた。まさかあの崖の上に牧歌的な景色が広がっているとは、知らぬ者ならば誰も思わないだろう。崖の上には広大なサチベリーの畑が存在している。


 シーラが足を止めると、テンも止まったし、共に走る男も足を止めた。

 すると間もなく、雑木林から人影が飛び出て来て、当然のように男の横に並んだ。

 体付きからすると男であると見受けられるが、頭から真っ黒い頭巾を被っていて、目しか見えない。服も黒く闇によく溶けそうな様相だが、昼間の白い砂浜の上ではかえって目立ち過ぎた。北側の海辺と言っても、雑木林の樹々より高く昇った太陽から温かい日差しが届いている。

 四人は二対二となって、距離を取り、浜辺で向かい合った。


「これはいいね。一人ずつにしておこう」


 シーラは小さな声でテンに伝えたが、テンは頷きもせずに男たちを観察している。シーラの声は届いているが、男たちの動きに意識を集中させていた。


「女、協力すると言ったな?」


 顔の見える方の男が言った。シーラは大袈裟に首を振る。


「話次第だよ、お兄さん。何も知らずに協力出来るとは言えないね。まずは話を聞かせて貰おうか」


 言った男は、黒頭巾の男と目を合わせた。


「耳を傾けてはならん」


 すぐに黒頭巾の男が発したと思われる声がする。こちらは低い声ではあるが、目しか見えないため、テンには口の動きを追うことが出来なかった。鼻も口も隠した黒い布は、声に合わせて揺れることがない。

 同じ声でさらに言葉が続く。


「この女、この国の長官を夫とし、王子とも付き合いがあると聞いた。容易くは信じられん」


「頭巾のお兄さん、よく知っているね。どうやって調べたの?」


 シーラが大きな声で問えば、黒頭巾の男はシーラに視線を向けた。


「この国の者たちは皆、知っている話ではないか?」


「私の夫が誰か、それは知れた話だけれど、王子が王子と知っている人はそういないんじゃないかなぁ?」


 テンはシーラの隣でハッとする。確かにそうだ。と思ったが、顔には心の動きを見せなかった。

 あんなに頻繁に会っているリリーでさえ、王子のことを『王子』というあだ名で呼ばれているそこらの若者だと信じている。イルハが共にいても疑うことはないのだから。シーラが王子と通じているなどという話を信じる者がどれくらいあるだろうか?

 末端の警備兵たちの多くは、王子の顔を知らないと言っていた。王子を守る警備兵は、街の警備兵とは別に存在しているが、どの警備兵とも変わらぬ服装をして、街の警備をしているかのように見せている。だから、まさか王子を特別に警護していると思う者は現れない。テンは王子を警護する者たちが存在していることに気付いていたけれど、この平和な国の者たちには分からないだろう。


 男たちが目を合わせてから、また黒頭巾の男が低い声で言った。


「ならば、お前はどうして知っている?」


「それは私が夫に王子だと教えて貰ったからだね」


「あの男がそれを明かすとは。やはり信用ならんな」


「お兄さんは、私が海のものであることまでは調べなかったの?」


 また男たちは顔を見合わせる。何を確認し合っているのか知りたくて、テンは彼らの目の動きもよく観察していた。しかし彼らは、分かりやすい合図を送っているようには見えない。どうやって意思の疎通を図っているのだろう?男たちはただ目を合わせている時間が長いから、必ずそこに合図があると思われたが、テンにはまだ分からなかった。


「信用出来ない理由はそれもあるぞ」


「それなら分かるでしょう?私は色んな国にいい知り合いがいるようにしているんだ」


「この国で良く扱われるために、あの男の夫になったと言いたいのか?」


 シーラがにこりと微笑んで見せたから、テンはほんのわずかに口角を上げていた。シーラは面白い。


「この国のお酒が気に入ったんだけど、この国は法が厳しくて大変でね。法務省の長官殿を夫にすれば、堂々とお酒を飲めるでしょう?」


「酒のためだけではあるまい。王宮に出入りしているな?この国のために働いているのではないか?」


「確かに雇われているけれど、少し魔術を貸して、書類整理という簡単な仕事をしているだけだ。これだけで、いいお金になるんだよ」


「王子とは金の付き合いだと言いたいのか?」


「そんなところかな。それでお兄さんたちは、タークォンで何をしていて、私に何の協力をして欲しいの?」


 シーラはいつもと変わらぬ口調で、楽しそうに話している。しかしテンは、無表情で片方の男だけを観察するようになっていた。そろそろだと感じていたからだ。


 男たちはまた目を合わせて、今度はずっと長く見詰め合っていた。

 シーラはにこにこと微笑みながら彼らの反応を待ち、テンは無表情で一人の男を見ている。いつもながら、態度が相反する二人である。


 男たちは同時にシーラへと顔を向けた。そのときテンは懐に入れた右手で、目当てのものをぎゅっと握り締めている。


「やはり信用ならん」


「どうして?」


 シーラはとても残念だと示すように、両手を上げた。手にはしっかりと細く切った晒しが巻いてある。


「夫のために俺たちから情報を聞き出していると言えぬ理由があるか?」


「理由を言って、お兄さんたちが私を信用出来るなら考えよう」


「今から考えるなど、詭弁であろう!」


 シーラは歌うように笑ったあとに、さらに言った。


「お兄さんたちは少し調べが足りなかったね。嘘でも偽りでも、私を味方に引き入れておいた方が良かったのに」


 男たちの目付きが変わったとき、テンはもう駆け出していた。十二歳の少年にしては足が速い。いや、速過ぎる。低い体勢で軽やかに駆けたテンは、もう男の目の前だ。

 男の目前で懐から出したテンの右手には、短刀が握られていた。テンは男の腹を目掛けて、素早く右手を振り上げる。この間も、テンの左手は、ズボンのポケットの中に仕舞われていた。

 男は左足を引いて、これを避けようとする。男の服は切れたが、肉が削がれた感触はない。

 男もまた体を引くと同時に、腰に下げた革袋からナイフを引き出し、テンの肩辺りを目掛けて、勢いよく腕を振り下ろした。

 テンは舌打ちをしながら男のナイフを避けるために、前に出した右足で地面を蹴って、勢いに乗って真横に飛んだ。低い姿勢で、見事に男のナイフを避けてみせる。一連の流れには一切の無駄がなく美しい動作だ。


 ところがである。


 ナイフがテンの目算を越えて伸びたため、テンはさらに体を屈めなければならず、幼い頭脳は走ることを諦めて体を転がすことにした。

 テンの体が砂浜の上を三度回転している間に、男のナイフはズボッという鈍い音を出して砂浜に突き刺さる。


 転がる勢いに乗って、テンは体を起こし、すぐさま体勢を整えた。低く屈んだ状態で、男の次の動きを待つ間にナイフの形状を確認する。


 目算が間違っていたわけではなかった。

 男のナイフは確かに伸びた。なぜなら、今それが縮んでいるからだ。


 砂浜に突き刺さったナイフは、細長く形を変えていて、男の腰にある革袋に収まる形態をしていないどころか、腰にぶら下げたら引きずる長さだ。

 ところが男がナイフを引くと、ナイフは元の形態に戻っていき、男の手元に収まった。その形状はよくあるナイフのそれである。


「面白いねぇ。金属を伸縮させる魔術かぁ。前にどこかで見た気がするんだけど……どこだったかなぁ?」


 シーラがあまりに呑気に言うから、思わずテンは叫んだ。


「シーラもちゃんとして!」


 まさに黒頭巾を被った男が、同じく腰に下げた革袋からナイフを抜き取り、シーラを狙おうとしている。


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