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海の神々へ捧ぐ音(なろう版)  作者: 春風由実
第三章 警鐘

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20.砂煙


 北へ北へと進んでいくと、やがて石畳が途絶え、目の前に雑木林が広がった。その雑木林に続く道と呼ぶにはか細い土の道をさらに北へと進めば、急に目の前が開けて浜辺が現れる。もちろんその向こうは海だ。


 どこの国もひとつの島国であるから、陸にあってどの方角に歩こうと、やがて海に辿り着く。それはここタークォンでも同じだった。

 タークォンの街は、王宮から東の港に向かって広がっている。だから西以外の三方向に移動すると、そう遠くなく海に到着した。

 王宮から西側にも街は広がっていたが、そこからさらに西へ進んでいくと、丘陵地帯が現れる。この丘陵地帯にタークォンの田畑があって、農民の多くがこちら側に暮らしていた。さらに畑を越えて西へ進めば、石が多く取れる鉱山に至る。坑夫とその家族たちはこの山の麓で暮らしていて、タークォンの民たちが住まう場所は、ほかのどの国と同じように街だけではなかった。


 タークォンは農業、鉱業に国の西側の多くの面積を費やしながら、政、商い、漁業等と共に東寄りに発展した国である。それも西の果ての国らしいところだろう。

 外から来る者は皆、東からやって来るから、東側に港を置いたのだ。

 そういうわけで、王宮も港からそう遠くない場所に置かれると、必然的にその周りに街が発展していった。ちなみに街の中でも王宮からそれほど遠くない東寄りの位置には、タークォンの身分の高い者の邸宅が集中していて、イルハの家も例に漏れず王宮から東寄りの近い場所に位置している。


 さて、今はタークォンの街の北側に当たる浜辺だ。

 白く細かい砂が美しい浜辺に立って、シーラとテンは海を眺めた。潮風はこの場所にやって来た二人を歓迎するように、二人の頬を優しく撫でていく。


「ねぇ、シーラ。こういう話だったの?」


「違うねぇ」


 シーラは笑うのだから。テンはまた呆れていた。


「ここの砂は美しくていいね。少し話したら移動するとしようか。それでいい?」


「別に。何でもいいよ」


「不満そうだねぇ」


 言いながらシーラが笑うから、テンもむっとした顔になる。表情が出たのは、雑木林に背中を向けていたからだ。


「不満なんてないよ」


「そうかな?本当はタークォンの人たちに知らせたかった。違う?」


「……だってさぁ。普通の子どもだと思っているから」


「何を言うの。テンは普通の子どもだよ!」


 シーラがテンの赤毛を撫で回すも、テンはぷいと目を逸らして、シーラを見ないようにした。シーラの手は受け入れているくせに、視線だけで抵抗してみせる。

 しばらくすると、シーラの手が離れたから、そこでテンは言いたいことを言っておくことにした。


「タークォンの普通とは違うよね?」


「そうかなぁ?」


「シーラは俺が普通の子どもだと思うの?」


「普通っていうのはよく分からないけど、テンはテンだと思うよ」


「普通の子どもだって言ったのに?」


「テンは子どもに違いないよっていう意味だったの!」


 また屁理屈だとテンは思った。海の人たちってどうしてこうも適当なんだろう?シーラも時々、筋の通らないことを言うけれど、海にはもっと酷い人たちがいる。

 それでもテンはシーラがおかしいと感じたことはない。よく考えると、重ねた言葉の筋が通らなかったとしても、最後のところに間違いはなかった。

 確かに俺はまだ子どもで、大人ではない。テンは冷静に自分を省みて、心を落ち着かせた。今はそういうときではない。


 二人の背中にいくつもの視線が集まっていた。シーラが隠すことを辞めたせいだろう。

 雑木林の中に明らかに人の目があって、それも一人のものではなく、位置からも計画的に配備されていることはすぐに分かった。

 けれども彼らに、二人の会話は届いていない。誰もがいつまでも続く波の音が二人の声を掻き消しているものだと信じているだろうが、そうではなかった。が、その真実に気付く者も幾人かはある。


「そういうわけだから。出ておいでよ!話があるのでしょう?」


 シーラが振り返りながら、声を張り上げた。今度の声は雑木林に隠れる者たちへも届いていたが、彼らへ向けた言葉ではない。テンも同時に振り返って、現れる者を待つ。


 少しの間もなく、二人が雑木林を抜ける時に使ったのと同じ細道から、ぬるりと人影が現れた。

 黒い影は浜辺に出た途端に、人らしい姿に変わる。魔術ではなく、強い日光が男の姿をあらわにしただけだ。

 男は三十前後か。タークォンの働き盛りの男らしい風貌をしていて、堂々たる歩みでシーラたちに近付いて来た。


「俺を捕える算段か?」


 がっしりした体付きからすると、意外なほど高い声である。もっと低い声を想像していたテンは、男の口元をじっと観察した。


「まさか。こちらもこれは想定外なんだ」


「そうか」


 男の唇の動きを観察していたテンは、魔術の類ではなさそうだと判断する。声を変える魔術師を知っていたから、同じように変えているのかと思っていたのだ。その魔術師は、口を動かさずとも声を出すことが出来るせいか、いつも声と口の動きに違和が生じていた。この男にはそれがない。


「それで、お兄さんは私たちに何の用なの?」


 シーラはまるで前から知っている男に会ったかのように親しみを込めて問い掛ける。しかしテンは違うことを知っている。テンが初めて知る男であるのに、シーラが男の名を呼ばないからだ。


 テンはすでに右手を懐に仕舞い、左手をズボンのポケットの中に忍ばせていた。タークォンの服は動きにくいから、本当はシーラが買ってくれた服を着たかったと思いながら、テンはちらとシーラを見やった。タークォンらしいワンピース姿のシーラは、もっと動きにくいのではないか。今日のシーラはリタが直した淡い藤色のワンピースを着ているが、大丈夫かなぁとテンがまた勝手に心配したのは、タークォンの服を汚してシーラが落ち込む姿を何度も見て来たからだ。シーラは何故か、よく服を汚した。怪我をするのと同じで、注意力がないのかもしれない。だから自分がよく注意せねばと、テンはいつも思っていたが、シーラは勝手に転ぶし、ぶつけるし、よく物を零した。魔術を使わないとどうしようもないのである。


「本を買っただろう。それを俺に売ってくれ」


 男はテンを見ていた。テンの頭に知った優しい感触が走る。シーラがテンの頭を撫でたのだ。

 トン、トントン、トン、トントン。合図を確認しながら、テンはそのときを待っていた。


「そんなことのために、私たちを追い掛けていたの?」


「話し掛けるいい時がなかったからだ。申し訳ない」


「それなら読み終わるまで待ってよ。そのあとなら売ってもいい」


 男の片の眉が上がったことをテンは見逃さなかった。シーラも気付いているだろうに、男にはいつも通りの笑顔を向けている。


「あれを読んでいるのか?」


「あの日、沢山の本を買ったんだけど、お兄さんはどの本のことを言っているのかなぁ?」


 シーラはわざとらしく首を捻ってみせた。


「異国の本を買っただろう。その本を売ってくれ」


「私にとっては全部異国の本なんだけど、お兄さんにとっての異国ってどこの国になるの?」


「タークォン以外の国に決まっているだろう」


「それはおかしいね。お兄さん、タークォンの人じゃないでしょう?」


 また男の眉が上がった。今度は両の眉だった。テンは全神経を男に注ぎ、集中する。まだシーラはテンの頭に合図を送り続けていた。


「タークォン以外の男に見えるか?」


「よく似せているなぁと思うけどね。お兄さん、もっと北の方の人じゃない?」


 テンは急に思い出した。どこかで違和を感じた男にも会っている。しかし、あれはこの男ではなかったはずだ。

 どういうことだろう?

 目の前の男に意識を向けながら、テンは考える。この男に仲間がいる?まったく関係ない可能性はあるが、タークォンの民に擬態した男たちが多数入り込んでいるとしたら、それは何のためだろう?

 この国はもしかすると……。

 テンは今になって状況が読めてきた。シーラがこの男を泳がしていたのは、タークォンのためなのか?それとも……。


「国など持たぬ可能性もあろう」


「それも考えたけど、お兄さんは海のものではないからなぁ。北の方ではあまり戦もないし、北側は亡命に厳しい国も多いでしょう?国の許可を得て出て来る人たちもいるけれど、そういう人たちはその国らしい姿のままだからね。わざわざ異国の人らしく振る舞わない」


「何故海の者でないと言い切れる?」


「私が海のものだからだ」


「それで何故北だと思った?」


「言葉が違うからだよ」


「共通語に違いなど……」


「同じ言葉を使っていても、音が少しずつ違うんだよ、お兄さん。国の言葉があっても、なくても、国特有の訛りのようなものがあってね。お兄さん、一国しか知らないでしょう。お兄さんにとって、この国が初めての異国だ」


 しばらく男は黙ったまま、シーラを見ていた。男がまったくテンを見なくなっている。標的が絞られたのだろう。

 本屋の後にテンが本を抱えていたから、男はテンが本を買ったものだと思って、あるいはテンが本を買って貰ったものだと思い、テンを付け回していただけなのだ。祖国ララエールに関する男かと警戒していたが、まったく関係がなさそうで、テンはひっそりと安堵しながらも、やはり男に意識を集中させていた。


「ねぇ、お兄さん。場所を変えない?ここでは話しにくいでしょう?」


 沈黙を破り、先に言葉を発したのはシーラだ。


「ここに連れて来たのはお前だろう」


「そうなんだけど。私もここじゃあ、やりにくいんだよ。もっと話したいことがあるし、話によっては、お兄さん()()に協力出来るかもしれないよ」


 今度は男の眉が動かなかった。恐ろしいほどの無表情でシーラを見詰めていて、テンの方が少しの驚きを見せてしまったくらいだ。

 協力出来るって?また適当なことを言っているのだろうか?

 それに今は、タークォンの人たちが聞いているんじゃ……。

 テンは困惑しながらも、男への意識を外さない。


「いいだろう。どこへ行く?」


「私たちについて来て」


 トン、トントン…と続いていたシーラの合図が変わった瞬間だった。

 突然の強風が、砂煙を起こす。


 砂浜と雑木林が真っ白い砂煙によって完全に隔たれたとき、シーラとテンは西に向かって砂浜を駆け出した。

 男も遅れて走り出したが、今までよりも速く、あっという間にシーラたちに追い付いた。

 しかし双方まだ手を出すことはない。話が終わっていなかったから、ほとんど並ぶように浜辺を高速で駆け抜けた。


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