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海の神々へ捧ぐ音(なろう版)  作者: 春風由実
第三章 警鐘

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19.走り出した二人


 シーラとテンは、今日もイルハが仕事に出掛けてからしばらくは家でのんびりと過ごし、また街に出た。この二人、結構足が早い。ぐんぐんと進んでいくから、見守る警備兵も次々と交代していた。

 街中に配備された警備兵たちには、それぞれ持ち場があって、それ以外の場所までは二人を追い掛けない。

 時折街角に設置してある通信機で、シーラとテンが無事にどこどこの区画を通ったなどと、王宮に向けて連絡を入れる警備兵があった。何もないかと王子に問われたとき、王宮にいる上級警備兵が答えられるようにしているらしい。


 警備兵たちに二人の姿は見えるも、会話の詳細が届かなくなる。それに疑問を呈する者がなかったのは、今日は風が強いからだろうか。

 二人は足早に移動しているが、どこを目指しているのか。通りに並ぶ店には目もくれず、足も止めない。


「イルハの許可も貰ったし。今日は楽しもうか、テン」


 テンが目を見開く。許可を貰ったって?


「イルハに言ったの?」


「イルハはこの国の法務省の長官だもの。これで法を犯して捕まる心配がなくなったね」


「いつも心配なんかしないよね?」


「私たちだけの問題なら気にしないよ。もうとっくにどうにかしていたね」


「あれはこの国の問題ということ?俺のことを気にしているみたいだけど」


「それも偶然だと思うなぁ」


「もう分かっているの?」


「分からないから、これから聞くことになるんだけど。いつから始まったか考えてごらんよ。最初から私たちに用があったと思う?」


 テンはしばらく幼いなりに頭の中で状況を整理した。

 始まりはいつだったか。あれは確か……シーラと街を巡るようになった最初の日。いや、違う。その日も最初からではなかった。どこかの店を出てから……そうだ、本屋の後だ。


「あの本屋に何かあるの?」


「うーん。どうだろうね。それを聞いてみよう」


「本当は全部分かっているんじゃないの?」


「私は何も知らないよ!テンは私を買い被り過ぎだからね」


「そうかなぁ?」


 テンは疑問を感じながら、別のことを思い出した。あの日、それが消えたのに、どうしてまだ続いているのだろう?


「フリントンも何もしなかったのかな?」


 テンがぼそっと呟けば、シーラは隣を歩くテンの赤毛を撫で回した。


「その話もたっぷりしたいなぁ。ねぇ、テン?」


「もしかして怒ったの?」


「どうして私がテンを怒るの!」


 シーラの方が目を丸くした。それでテンは気を緩める。ずっと言えずに、罪悪感を覚えていたのだ。隠し事をしているようで、本当は早く伝えたかったが、何をどう言えばいいか分からなかったのである。それにどうせシーラは気付いていると知っていた。それならば、シーラから言われるときを待てばいいのか、それともやはり自分から伝えた方が正しいか、そもそも別に知りたくないか、そういえばシーラはあの人を嫌がって……と考えあぐねいているうちに、テンは何も出来なくなっていたのだ。

 テンにだってまだ幼い少年らしいところが沢山残っている。手品もとい魔法道具を手に入れてから夢中になっているのも、それだ。


「私が怒るとしたら、フリントンにだよ。あの人が勝手に来たんだから、テンは何も悪くないからね」


「ねぇ、シーラ。あの人って、何なの?」


「何なのって?フリントンだよ?」


「それは知っているけど。何がしたいのかな?」


「それが分かる人なんて、この世にいないと思うよ」


 シーラなら分かっているのではないか。テンは思うが、言わないでおいた。


「イルハは俺がしてもいいって?」


「そこまでの話はしていないよ。ただ魔術を使う許可を貰っておいただけ」


「いつも使っているよね?」


 二人は会話をしながら一度も歩みを止めなかったので、もう随分と街の北側に進んでいた。

 いつの間にか、警備兵の誰も二人を見なくなっている。声だけでなく、存在そのものを感じていないようだ。

 本当にこの国は警備兵にどれだけの人間を費やしているのだろう。街の住人より警備兵の方が多いのではないかと、通りを歩いていると錯覚してしまう。テンはこれがとても無駄なことに感じた。


「私が私のために魔術を使うことを禁じられるものなんていないよ。それはどこにあっても変わらないからね」


「今日は自分のためじゃないということ?」


「国には関わらないことにしているんだけど、今回はどうしても関わりそうでね」


 シーラのこだわりがよく分からないテンである。

 どこの国でも気にせず動いてきたではないか。


「イルハだから言ったの?」


 シーラはくすっと笑った。いつもとちょっと違う笑い方に、テンはドキッとして、顔を横に背ける。

 そんなテンの仕草に、今度のシーラは優しく微笑んだ。


「それはあるかもね」


「シーラはイルハが特別なんだ?」


「そりゃあ、夫だもの。だけどテンも特別だよ?」


 テンは答えない。恥ずかしさ以上に、やるせない気持ちになっていた。それがどういう気持ちか、少年にはまだ説明も出来ない。


「きっとイルハの仕事が増えちゃうね」


「イルハに捕まえて貰うの?」


「うーん。向こうの話次第だね。話せるように出来るかな?」


 シーラが笑いながら問うと、テンは自信たっぷりの顔でシーラを見やった。


「任せてよ」


「それならテンがしてもいいよ」


「本当?」


「退屈していたのでしょう?」


 テンは素直に頷いた。

 それから、タークォンの者たちが知らない明るい顔でシーラを見上げる。

 それに答えるように、シーラは言った。


「よし、走ろう!」


 シーラが勢い駆け出したから、テンが大きな声を出す。


「待って、シーラ。そっちじゃないよ!」


 この少年も声を張ることが出来るのだ。

 シーラは慌てて足を止めたが、もう二人は大分離れていた。


「え?こっちじゃなかった?」


「違うよ。こっちだって」


 陸でのシーラは少々方角に疎くなる。というのは、陸の地図をテンが呆れるほどに覚えないからだ。

 テンはオルヴェから出掛ける前に散々地図の説明を受けていたおかげで、タークォンの街には詳しかった。そこに来て、これだけシーラと街を巡っていたら、地図と現地の状態も一致している。

 だから今日、シーラがここに行くと言ったとき、テンは迷うことなく道案内を買って出た。ところがシーラは勝手に走り出してしまうのだから。テンがいつもちょっとシーラに呆れてしまうところである。


「せっかくだから競争しようか、テン!」


 駆け戻って来たシーラがテンを越えて走り行く。また道を間違えると思って、テンも急いでシーラを追った。


「待ってよ、シーラ。迷うでしょ!」


 シーラが少し足を遅めたが、それでも早足に違いない。そこにテンは追い付いて、二人で早足のまま並び進む。


「大丈夫だって」


「ここから走ったら、最後まで持たないよ!」


 足を速めようと息も切らさずにテンは淡々と語るが、シーラはすでに疲れて見えた。息が荒くなっている。


「たまには動かないと!」


「まだ結構あるから、最後まで走るのは無理だよ」


「そうなの?今、走りたい気分なんだけど」


「じゃあ、あの三つ先の角まででどう?そこで曲がるからね」


「あの青い看板のところだね!分かった!」


 シーラが先に駆け出した。


「あ!狡いよ、シーラ!」


 テンはあとを追う。今度は二人とも本気で走った。


 それで駆け出した二人の背後に、何者かの足音が続く。それは走る二人の速度に合わせて、どんどん早くなっていった。そして指定の角を前に一度止まり、またゆっくりと動き出す。完全に二人の後を追っていた。


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