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海の神々へ捧ぐ音(なろう版)  作者: 春風由実
第三章 警鐘

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16.夏の福音


 今日もシーラたちは王宮に来なかった。

 王子の機嫌は一日中悪かったが、イルハはそうではない。共に過ごせないときにも、イルハには嬉しいことがある。

 朝にシーラに見送られ、そしてまた夜にシーラに迎えられた。朝に玄関で手を振って見送ってくれるシーラに、イルハは邸宅の石門を抜ける前にきちんと振り返り、手を上げて答えるようになっていた。帰ったときには、リタたちの目もくれず、玄関に出てきたシーラを抱き締めている。

 かつては出来なかったことが、夫となった今は自然に出来るのだから、立場もまた人を変えるのだ。


 仕事中に一息つくと、シーラたちが無事であろうかと心配してしまうイルハだったが、帰り道の足取りは軽い。少し前に通信機を使い、まもなく帰るという連絡を自宅に入れたところ、シーラの声も聴けたのだから、嬉々として帰りたくなるのは当然だ。昔は帰宅前に連絡を入れるという考えも持っていなかったのに、イルハも変わったものである。

 昼間の快晴が続き、夜になっても雲一つなく、見上げれば無数の星がそこにあって、イルハの気分と共鳴するように輝いていた。


「やぁ、イルハ殿」


 驚きはほんの一瞬で静まり、イルハは冷静に歩みを止めた。

 それらしい船がやって来たという連絡はイルハの元にも入っていたが、その船からそれらしい男たちが降り立った報告はない。

 彼らがシーラに会いに来たとしても、シーラは彼らに会ったことをいちいち報告してくれないだろうと思い、探りを入れるようなこともしていなかった。イルハの中に男としてシーラを疑う気持ちはない。ただシーラが彼らと通じ裏で何をしているか、それは勝手に想像し、考えていた。考えはまだ、出口のないところを彷徨っている。


 けれども目の前のやたらと綺麗な男は、今この瞬間、シーラに会いたくてイルハの前に立ち塞がったわけではないだろう。

 夏ではあるが、夜には空気の冷たさを感じるようになっている。夏は刻々と終わりに近付いていた。イルハにとって勝負のような時間が駆け足で過ぎていく。


「私一人に御用ですね?」


 街灯が煌々と街を照らし、月も明るい今日もまた、そこら中に警備兵が立っているが、その誰も彼を見ていない。そしてまたイルハのことも見ていなかった。さっきまでは、すれ違い様に顔を確認し、イルハと気付いて、敬礼をする者、挨拶をする者もあったというのに。


 この魔術はシーラと同種のものだろうか。だとしたら、一体何か。イルハは魔術をよく調べ、シーラの魔術の検討を付けていた。けれども、まだそれは真実か分からない。


 あらゆる魔術は使う者を選ぶ。

 個人それぞれに相性の良い魔術があると言っていい。

 それは生まれか育ちに影響して決まるというのが、イルハの推測だ。そうでなければ、同じ国に同じ魔術を使う者が多い理由の説明が付かない。

 世界には数種の魔術を使える者もあると聞くし、海にある魔術師などにいたっては、あらゆる魔術を習得しているとも噂されている。そうは言っても、個々に何かしら得意な魔術があるはずだと、イルハは考えていた。どんなに優れた魔術師だろうと、最初に覚えた魔術があろうし、得手不得手を感じるところはあるのではないか。海にある者たちは、それを見せないようにしているだけではないか。


 シーラの魔術について、イルハはよく考察していた。

 どのように人目に付かないようにしているのか。どのように人に声が届かぬようにするのか。そしてどのように人の体を温め、冷やすのか。さらには、どのように物を動かしているか。

 もっと気になる魔術がある。どうやって強い魔力を隠しているのか。

 これらすべてを、一つの共通した魔術と捉えたら、どうなる?それはどんな魔術なら可能だろう?

 そういうことをシーラの魔術に触れるたびに、イルハは考えてきた。

 シーラが一つの魔術しか使えないとは思わないが、それでも何かの共通点があるのではないかと思う。得意とする魔術には、何か同質のものが存在しているのではないか。

 それらがイルハのまだ知らぬ魔術である可能性も多いにあるが、そうだとしても、現象から多数のことを推測することは可能だった。


 もしシーラとフリントンが同種の魔術を使うなら。イルハの考える洗礼話が現実味を帯びていく。シーラとフリントンは魔力を高める儀式のときに、何か切れぬ縁で繋がってしまったのではないか。

 そう考えると、フリントンという男が、一人の娘に固執する理由も頷けた。世界を知る男が、気に入ったという理由だけでシーラを守るというのが、イルハは納得出来ないでいる。

 聞いた話が確かなら、シーラと出会ったとき、まだシーラは幼い少女であったのだ。そのシーラに本気で惚れたとすれば変態に違いないが、フリントンには各国の港に妻のような女があるというのも事実だとすると、シーラ一人に固執するというのは、やはりおかしい。


「君は本当に面白いね。シーラが好むわけだ」


「それはどうも。御用件は何です?」


「少し君と話したかっただけさ。今のままでは、シーラは冬の前に海に出よう。君はどうするつもりだい?」


 フリントンの意図を考える。この男は今度は何をさせようとしている?


「もちろん、冬の間もタークォンに留めるように」


「出来るのかい?」


「出来ないことは考えません。出来るようにするだけです」


「それはいい。出来ないことをいくら考えても、何も変わらないからね」


「あなたはシーラをこの国に留めたいのですか?」


「少し大人しくしていて欲しいだけさ。僕も忙しいからね」


 守る余裕がないと言いたいのだろうか。


「ここにあれば大人しくしていられると?」


「それがそうでもなくて困っているのだよ。君はまだ気付いていないようだけれど」


 イルハの瞳が冬より前に冷えていく。

 この男が何かを警告していることは分かった。それはしかし、この男の口からはっきりと聞くことが出来ないだろう。それでもイルハは確認した。


「タークォンに何か起きているのですね?」


「さぁ。僕は一国の事情には興味がないよ」


「……ご忠告として受け取っておきましょう」


「君がそうするか、否か。そういうことは君の判断で、僕にはどうでもいいことだ」


 やはりシーラに似ていると感じた。シーラに海らしい考えを教え込んだのは、この男ではなかったか。

 そんなシーラだから惚れたことも忘れて、余計なことをしてくれたとイルハはフリントンを恨めしく思う。それで愛し合えるとイルハも思ってはいないが、それでもシーラが幼い頃からタークォンにあって自分と共に過ごしていたら、海どころか怪我など知ることもなく、家の奥に隠しておいただろう。しかし、それはもはやシーラではない。だからこんな考えに意味がないことをイルハも分かっていた。分かっていても、人の想像は止まらない。シーラがこの男の存在すら知らなかったとしたら。シーラに親しい男がこの世に自分一人だったら。そんな馬鹿なことも想像してしまうのは、イルハも普通の男であるからだ。


「シーラがどれだけ海を愛しているか、君は知らないだろう」


「どれだけ海を愛そうと、それを越えるほどにタークォンを、そして私を愛して貰えばいいだけです」


 フリントンは歌うように笑った。シーラととてもよく似た笑い方をこの男から知るのは、イルハにとって心地の良いものではない。

 フリントンが大きな声を上げているのに、誰も彼を見ることはなかった。イルハ以外にこの声は聞こえていないのだろう。


「僕ならば、冬の間もシーラが退屈しないように出来る。君はどうするかな?」


「見返りはなんです?」


「嫌だなぁ。僕が愛しいシーラのために何をしようと、そこに見返りなど求めない」


「あくまでシーラのためということですね」


「僕はいつもシーラのことを愛しているからね。だから君の返事がどうであれ、僕はシーラを退屈させないように導くだろう」


「それならば、私に伝えなくても宜しいのでは?」


「君はシーラの夫だからね」


 フリントンはイルハの耳に口を寄せた。どうせ誰にも聞こえないのに、どうしてそのようなことをするのか。

 イルハには分からないが、フリントンの提案は確かに魅力的だった。これでシーラが常に海にある方法を提示出来る。

 言い終えると、フリントンの体はすぐにイルハから離れた。


「たまには僕らしくないことをしてみよう。忠告だ」


 はっきり忠告とは。

 イルハは一層冷えた目でフリントンを見据えた。

 フリントンの澄んだ瞳もまた、美しいが冷徹で、どこまでも深く冷え切っていると、イルハは感じ取る。


「君が妻を大事に想うなら、あの少年を鍛えておくことだね」


「それは、洗礼に関わることですか?」


「君たちは洗礼という言葉が好きだね。僕は君たちが求めるものについては何も知らないが、海も陸も知るちょうど良さそうな老人がこの国にあろう。彼にでも聞いてみたらどうだい?海を捨てるような男でも、少しは海を覚えているだろうから」


「あなたは本当に何をしたいんです?」


 軽やかに微笑むと、フリントンは姿を消した。今日は傘も見えない。

 それでもまだ、声だけが残った。


「僕がしたいことを知る人がいるとすれば、それはシーラだけだろう。いくら君が夫になろうと、愛しいシーラはいつも僕と共に海にあって、それはどこにいようと変わらないからね。君はどんなに望んでも僕とシーラの仲には交われないさ」


「それはどの人も同じでしょう。あなたもまた、私とシーラの仲には関われない」


「そうだとも。けれども僕は、愛するシーラの夫として君を受け入れたのだから。君にはシーラの夫として相応しい男であるよう願う気持ちもあるんだ。これは君にも分かるだろう?」


「相応しくない男だと思ったときには、命の保証はないと言いたいのですか?」


「嫌だなぁ。僕は博愛主義者でね。そのような物騒なことは考えないようにしているんだ」


「博愛主義者の首に、どうして多額の賞金が掛かっているのでしょうね。それも複数箇所から」


「君は本当に面白いね。ではまた、愛しいシーラの夫殿。シーラが誰を愛そうと構わないが、シーラを泣かせることだけは僕が許さない。それも覚えておくといい」


 フリントンの声がもう聞こえないと分かると、イルハは歩き出した。

 星々は瞬き、冷静なイルハを見守っている。冬までひと月半。

 王宮では収穫祭の準備が始まり、イルハの仕事も忙しくなってきた。


 冬を共に。イルハはどれかの星に知る人がいると信じて、星空に願った。

 

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