表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
海の神々へ捧ぐ音(なろう版)  作者: 春風由実
第三章 警鐘

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

119/136

15.デザートの秘密


 ラジーの店に到着したのは、お腹を空かせるために、馬車を使ってタークォンの方々を観光したあとだった。


「今日はあの子はいないのか?」


 店に入り勝手に空いた席に着くと、しばらくして注文を取りに来たラジーは、シーラに気安く語り掛けた。誰と来ているかなど、目もくれない。

 予想より若い男でイルハは驚いたが、一人でピザ屋を立ち上げ、これを営んでいるとしたら、立派な若者であろう。


「今日のテンは出掛ける気分じゃないみたいでね。また別の日に連れて来るよ!ラジーのお店はいつも繁盛しているね!」


「有難いことにな。ピザでいいな?」


 シーラが同席する者たちを順に見やった。答えたのは王子だ。


「任せるぜ」


「じゃあ、とても大きなピザをお願い!今日は大人が四人だからね!」


「とてもは無理だが、なるべく大きく作る。足りなかったら、追加で頼め」


 ラジーは笑いを堪えながら言った。ラジーから話し掛けたのも、この騒がしい客を気に入っているからだろう。この店では、混雑時に長く放置される客も多いというのに。大体しびれを切らした客の方が、厨房に向かって声を掛けて、自ら注文を伝えている。それで成り立っているから、ラジーも客が来てすぐに顔を見せない。

 シーラの声は店内によく通るから、厨房にいても誰が来ているのか分かるのだろう。


「おかわりもいいけど、あとでリゾットも食べたいからね。ねぇ、お酒はどうする?」


「お前なぁ」


 王子の視線はイルハに向かう。イルハは何も起こっていないという顔で、王子に真顔を向けた。


「外で飲ませたことはありませんが、誰かの許可があればなんとかなるでしょうね」


 シーラが期待一杯の瞳で王子を見詰めれば、王子からため息が漏れた。


「好きにしろよ。というか、お前はテンと二人でもこうなのか?」


「ここでは飲まなかったよ?」


「他では飲んだと?」


 シーラはイルハに視線をやった。ブランデーの店のことだろうと、イルハは理解し、テーブルの下でシーラの太ももに手を置いた。


「妻もよく気を付けているようですので。多めに見て頂けないでしょうか?」


「俺は咎めん。お前の仕事だ」


「身内には甘い、未熟な男だったようです。精進いたしますが、こればかりは変えられそうにありません」


 王子もこれには笑ったし、シーラとキリムも質の異なる笑い声を重ねた。外では布で顔を隠していたキリムだが、店に入ってからはそれも外している。


「じゃあ、ラジー。ピザに合うお酒も貰える?」


「いい酒がある。待っていろ」


「わぁ、楽しみ!」


 シーラとラジーはとても親しげだが、これでもまだ一度会っただけである。テンを連れてあちこちの店に足を運んでいるところだから、まだ同じ店に何度も通うまでの日数を過ごしていなかった。


 ラジーはすぐに酒と四つのグラスを持って、シーラの元に戻った。


「アルニアの葡萄酒だ。ピザによく合うが、先に飲んでいていい。今日は時間が掛かるから、ナッツでも食べていてくれ」


「葡萄酒がピザに合うんだ?」


「葡萄酒のなかでも、合う味を選んでいる。デザートも食べていくか?」


「それなんだけど!ラジーに聞きたいことがあるの?いい?」


「それはいいが、デザートは食べないのか?」


「今日は食べてきたから、どうかなぁ?」


「なら、酒をサービスしてやろう。好きに飲め」


「わぁ、いいの!沢山飲んじゃうよ?」


「その代わり、沢山食べろ」


「もちろん!沢山食べるよ。ねぇ、イルハ」


 イルハはひっそりと頷くだけだ。

 シーラと話す男は、この世にどれだけいるのだろうか。嫉妬はないが、複雑な気持ちはあった。それでも夫になれたのはイルハだけだと考えると、イルハには他の男たちに嫉妬する理由はない。そう考えても複雑な気持ちになるのは、イルハがタークォンで生まれ育った人間だからだろう。本来なら妻を家の奥に隠し、他の男と語らせない。目の前の主君もまた、この慣習を破っているのだけれど、それはイルハ自身には関係なく、イルハの考えに影響を与えるものではなかった。イルハを変えるのは、いつもシーラだ。


 グラスに注いだ葡萄酒を味わいながら、四人はピザが焼けるときを待った。


「いい香りがしますわね」


「ピザの焼ける匂いって、とても素敵だよね」


「この香りだけで、葡萄酒も美味いな」


 他の客たちも同じように葡萄酒を飲んでいて、店内には笑い声が溢れていた。

 タークォンには成人した後に酒を飲んではいけないという法はない。戸外で飲むことが許されていないだけだ。


「それで、デザートがなんだって?」


 ラジーが焼ける範囲で最も大きなピザを運びながら聞いた。ピザは大皿からもはみ出している。


「わぁ、美味しそう!とてもいい匂いだね!」


「うちのピザはいつも美味い。デザートの話はいいか?」


「あ、そうだった。そうなの。あのね、ラジー。近くに新しくデザートのお店が出来たでしょう」


「あぁ、あれか。あれは俺が教えた」


「そうだったの!だから同じ味だったんだ!」


「問題ないか?」


「待って。ラジーはどこであのデザートを知ったの?」


「俺か?俺は各国の料理本を集めていて……」


「料理本!!!」


 シーラが途端に興奮した。


「どこの国の料理本なの?」


「色んな国だ。かなり多い」


「ねぇ、見せて!良かったら、それを見せて!」


「食べ終えたら、厨房に入ってこい」


 ラジーの誘いはあっさりしたものだった。他人を厨房に入れたがらない料理人も多いが、ラジーにはそれがない。


「わぁ、いいの」


「まずは食え。冷める前に食べ終えろ」


「そうだね!食べよう、みんな!」


 料理などしないシーラなのに、どうして料理本に興味を示すのだろう。

 イルハは不思議なものを見るように、妻を見やった。そういう未だに分からないところも、愛しいと思う。


「失礼ですが、私も見せて頂いても?」


「シーラの夫か?」


「えぇ。そうです。先日は妻がお世話になりまして」


 イルハは淡々と言ったのに、シーラは何故か頬を赤らめた。これが可愛く見えたのだろう。イルハはほんの僅かなとき、シーラに優しく微笑みかける。王子はこれを見て、うんざりしたように顔を顰めた。


「何も世話はしていないが、いい男だな。別にいいぞ」


「いい男だって、イルハ。やっぱりイルハは素敵だって分かるんだね!」


 知らぬ男に褒められても嬉しくないが、シーラからの言葉に変わると、それも変わる。

 しかし、イルハは気になった。この男は自分を知らないのか。


 とろけたチーズがたっぷりと乗ったピザを急いで食べ終えたシーラは、勝手に厨房に入ると、リゾットを注文した。

 ラジーは石窯の前でピザを焼く作業に忙しくて、「右奥だ。勝手に見ろ」と叫ぶ。イルハもシーラの後を追って、厨房に入った。王子とキリムは客席に残り、葡萄酒を楽しんでいる。


 石窯を越えて、洗い場も越えると、奥に繋がる細い廊下があった。廊下の先は自宅だろうか。この廊下の右側の壁に棚が並んでいて、かなりの数の本が棚に収まっている。


 シーラは目を輝かせて、棚の隅々まで確認していった。左上から右下まで、体ごと移動しながら棚を眺めていく。一方、隣のイルハは体を動かさず、視線だけを動かして、本の背表紙を確認していった。


「見て、イルハ。シャランソの本まであるよ」


「これは驚きましたね。ノーナイトやカコエサインの本もあります」


「料理の本ってどうなんだろう?」


 シーラが棚から一冊抜き取って、ページを開いた。挿絵が多く、それから数値の記載が多い。共通語の本ではあるが、料理をしないシーラには言葉の意味が理解出来ず、シーラは首を捻り、しばらく黙った。

 その間にイルハも棚の高いところからノーナイトの本を抜き取り、開いてみる。以前ノーナイトの言葉を解読出来たイルハだったが、料理を表現する言葉には疎く、これまた理解するのにかなりの時間を要しそうだった。


「これ、ノーナイトで食べたお菓子のことだよ!甘じょっぱくて、美味しいんだ」


 シーラがイルハの開いた本を覗き込んで、叫ぶ。


「その甘じょっぱい菓子は、この通り作れば再現出来るのでしょうか?」


「そういうことなの?」


「料理本ですからね」


「料理本って、さっぱり何を書いてあるか分からないね」


「それは、あなたが料理をしないからですよ」


「そうだよね。共通語でもさっぱりだった。料理をしないと理解出来ないのかな?」


 シーラはとても楽しそうだ。


「そんなこともないでしょう。それ以前に、その国にしかない手法だとすれば、料理をする人にも分からない可能性がありますよ」


「そんなこともあるの?」


「当然だ。俺もほとんど分からない」


 手が空いたのか、ラジーも廊下にやって来た。


「ラジーにも分からないんだ?」


「俺は異国の言葉も知らん。ほとんどは読めないぞ」


「そうだったの。それで料理が出来るなんて、凄いね」


「凄くない。出来ないから、ピザとリゾットとパンナコッタしか出せないんだ」


「本当はもっと作りたいんだ?」


「出来ればここを多国籍の料理屋にしていきたい」


「それは凄い!タークォンに居ながら、色んな国の料理を楽しめるなんて面白いや。だけどラジー、こんなに沢山の本をどうやって集めたの?」


「本屋に通うだけだ。料理本など、いつ入るか分からないからな」


「それは分かるよ!本屋に行くたびに、新しい本に出会えて楽しいよね!だから本屋って、日を開けず通いたくなるんだ」


「シーラも異国の本が好きか?」


「私にとってはすべてが異国の本だから、全部面白いよ。そうだ、ラジー。今度どこかの国で料理本を仕入れて来ようか?」


「それは是非とも願いたいな。金を出すから買っておいてくれ。輸送費も含めていい」


「お金より、料理をご馳走してよ!」


「それでいいなら、いくらでも食べさせてやるぞ」


「やった!それなら、料理本は忘れないようにしなくちゃね。ねぇ、ラジー。パンナコッタはどこの国のお菓子なの?」


「あれはセーレンダールの菓子だ。知っているか?」


「セーレンダール!あの牛がそこら中にいるセーレンダールなの!」


「ピザもセーレンダールの料理本からヒントを得たものだ。そのままではないが、改良して、タークォンに合うようにしている」


「そうだったの!」


「あなたはセーレンダールにも?」


「何度かあるよ。うんと若い頃の話だけど」


 シーラの言う、うんと若い頃とはいつなのか。テンの年頃には、すでに海にあったシーラであるから、そのときもうんと若い頃と言えようが、あえて言っているのなら違う気がするとイルハは思い、シーラに熱の籠った視線を向けた。


「行ったことがあるのか。うちのピザやパンナコッタは比べるとどうだ?」


「それが食べた覚えがないんだよね。ピザなら別の国でもよく食べるんだけど。ラジーのピザって、どこの国とも違うよね」


「ピザ自体は、タークォンにもありますよ。この店のように、チーズを使ったピザは初めて食べましたけれど」


「そうだろう。そのチーズこそ、セーレンダールの食べ方だ」


「我が国のピザは何かのソースだけを使う店が多いですね」


「そうだったんだ。タークォンで他のピザを食べたことがないから、ピザはない国かと思っていたよ」


「今度、食べに行きましょうか」


「わぁ、いいの」


「シーラ。俺も聞きたい。セーレンダールで何を食べた?」


「それが、あまり覚えていないんだよね。もっと別の何かを頂いた気がするんだけど。何かミルクの冷たいデザートを食べた気がするんだ。それはパンナコッタじゃなかったよ」


 それはもしや。位置的にもそうか。

 イルハは一人納得し、シーラを見やる。シーラはラジーとの会話をただ楽しんでいた。シーラは自分の過去をどう捉えているのだろう。


「冷たいデザートとすると、あれかもしれんな」


「知っているの!」


「試行錯誤中だ。出来たら食べさせてやる」


「わぁ、楽しみ!イルハ、また来よう!」


「すぐには出来ないぞ」


「出来たときでいいよ!ねぇ、イルハ。また来ようね!」


「えぇ。通わせて頂きましょうか」


 イルハもこの店のピザは気に入っていた。

 ほんのひととき、シーラとイルハは見つめ合う。シーラはとても嬉しそうだ。

 けれども、また本に興味を戻された。


「ねぇ、ラジー。セーレンダールの本はどこ?」


「それならこの辺だと思うが……」


 ラジーは自分でも蔵書を把握していないらしく、ありそうな棚を物色するが、まったくそれらしい本が見当たらない。シーラはこれに笑った。


「ラジー。忙しいのでしょう。勝手に探すから、私たち、もう少しここで見ていてもいい?」


「それはいいが、次はお前たちのリゾットだ。作っていいな?」


「もちろん!出来たら食べるから言って!」


「そうしてくれ。熱いうちが一番美味い」


 ラジーが消えてからも、シーラとイルハは長く棚の前にいた。リゾットが出来上がるまでずっとだ。

 それで結局、この店でもパンナコッタを食べることになった。王子たちも本当に同じ味か確かめたくなったからである。

 それで四人は、この夜長く、この店で葡萄酒を堪能しながら、シーラからセーレンダールを含めた、各国の料理の話を聞くことになった。時折ラジーが現れては、話に加わっていく。ラジーは国を出たことがないと言うが、異国の料理にだけはとても詳しかった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ