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海の神々へ捧ぐ音(なろう版)  作者: 春風由実
第三章 警鐘

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7.王子の側近たち


 王子の執務室に、王子の不機嫌な声が飛んでいた。久しぶりのことである。


「あいつらはどうした?」


「今日は休むそうです」


「どうした?またどこか……」


「いえ、二人で遊びたいそうなので」


「はぁ?」


「たまには二人で過ごしたいそうですよ。書類の整理はまた明日から頑張るとのことでした。本日はお休みとさせていただいて、よろしいですね?」


 イルハの言い方だと、王子は誘いを断られた気分である。心配しているというのに、何故俺を嫌な気持ちにさせるような言い方をするのかと、王子は苛立った。


「あいつら、二人にして大丈夫なのか?」


「どこの国でも二人で遊んでおりましょう」


「そうだとしてもだ。問題を起こされても面倒だぞ」


「法を順守するよう言い聞かせてあります。それから、意味があるかは分かりませんが、警備兵にはよく見ておくようにと言っておきました」


「意味がねぇんだろうよ。そのまま逃げ出しちまったら、どうする気だ?」


 意味がある警備に変えろ!と怒鳴りたい王子だが、そうは言っても、あのような特殊なタイプに対応出来る人員を早急に確保出来るとは考えていなかった。それに言う相手が違う。イルハは確かに王子の側近ではあるが、今は法務省の長官だ。警備に関しては、仕事の範疇にない。


「それだけはないはずです」


「あいつらが、言った通りにしたことがあるか?また手放すことになっても、知らねぇぞ?」


 イルハはこれに答えず、さっと書類を差し出した。


「それより殿下、書類のご説明をさせて頂きたいのですが。これは街の南に位置する……」


 王子が顔を歪めたところで、イルハの顔付きは変わらない。

 そこへちょうどタイミング悪く、トニーヨがやって来た。


「おはようございます。殿下、書類をお持ち……イルハ殿もおられましたか。おはようございます」


 王子にぎろっと睨まれて、トニーヨは固まった。何かしでかしたかと、頭の中で思い出そうとするが、それらしい答えが見付からない。知らない間に、部下が何かしたのだろうか。

 そんな状況にあっても、トニーヨの視線は自然と王子を越え、奥の部屋に向かった。いつもの二人がいない。


「お二人はおられないのですね」


「それだ、トニーヨ。どう思う?」


「はい?」


「こいつが二人だけで遊びにやっちまった」


「お二人で遊びにですか?」


「二人で街を見たいと言われたのですよ。それで今日はお手伝いはお休みです」


「お二人であれば、しっかりされておりますし、問題ないのでは?」


 王子がぎろりとトニーヨを睨むから、トニーヨは失言をしたと分かった。

 しかし何が間違えているのか、トニーヨはまだ分からない。シーラとテンが海を渡り、国々を見て来ているのは事実で、二人はどこの国でも無事だった。そんな二人だから、平和なタークォンでは心配も必要ないだろう。


「トニーヨ殿。先ほど警備兵に、二人を頼むと個人的なお願いをしてしまいました。管轄外の私が勝手なことをして申し訳ありません」


「いえいえ。とんでもない。そのようなご指示であれば、いつでも直接与えてください」


 正式に頼めない理由は分かっているから、トニーヨも別に何とも思わない。イルハの言うことならば、警備兵は謹んで聞くだろう。


「おい、トニーヨ。普通の顔をしてやがるが、あいつらが警備兵に見守られるような奴らに思えるか?」


「……シーラ殿がどれほどの魔術師か分かりかねますが、警備兵の多くは魔術を使うことも出来ず、魔術師に対応するとなれば、魔術省と連携して人を配備する必要が出て来まして」


「言い訳はいい。出来ないんだな」


「申し訳ありません。難しいかと」


「問題だと分かっているならいい。変えていくぞ」


「は、はい」


 返事をしておきながら、トニーヨはどう変えたらいいのか、さっぱり分からない。魔術師は世に多くはない。海に多く感じるのは、海にあるものたちが魔術なくして生き永らえないからだろう。

 陸にもあるが、どの国も数えられるほどしかいないはずである。それもそこそこの腕の魔術師に限られていた。

 そうでなければ、国など運営出来ないのではないか。そこら中に強い魔力を持った人間が存在していたら、誰も国の枠に留まろうとしないだろう。強い力を持っている人間は、国の制約を受け入れる理由がない。

 魔術があるからこそ海に出るのかもしれないと、トニーヨは思う。強い魔術を使えたら、国という小さな枠に収まっていられないのではないか。


 とにかく、そういう特殊な人間に対処しようとなれば、こちらも特殊な人間を置くしかないわけで、そうなるとどこまで特殊な人間が必要か、考える必要も出て来る。

 上には上があるものだが、国における魔術師の限界もあった。


「どうすりゃいいか分からねぇだろうが、とにかく考えていくぜ。俺の代では、今のままにはしておかねぇ。そのつもりで考えておけ」


「御意」


「それで、あいつらがいねぇんだ。今日は昼時に来ても外には行かねぇぞ」


「はい?」


「そのつもりじゃねぇのか?」


「滅相も御座いません。今もただ書類をお渡ししたく……」


 慌てて言ったトニーヨは、額に汗を浮かべていた。臣下として主君に馴れ馴れしくし過ぎたのではないかと反省するも、そうではなかった。王子がようやく笑みを浮かべてくれたから、トニーヨは安堵する。


「あいつらと昼飯を食うのも楽しいだろうよ。毎日ちょうどいいときに来てもいいぜ」


「いえ。それはあまりに……」


「どうせ俺たちも行くんだ。なぁ、イルハ」


「私も毎日は勘弁願いたいところですが」


「お前は喜んで来いよ」


「仕事をしたいんですよ。私は早く帰りたいのです」


 はっきり言うイルハに、トニーヨは少し笑ってしまった。あまりにも素直だったから。


「トニーヨ、こいつをどう思う?」


「とても素晴らしいと。いえ、早く帰ることがという意味ではなくて、えぇとですね…」


 トニーヨは何と答えるのが正解か分からず、一人狼狽した。王子は苦笑しているが、イルハはにこりとも笑わない。シーラがいないと、気安く笑うイルハではなくなるのか。トニーヨはさらに青ざめた。

 けれどもやはりイルハは、前と違っていた。


「トニーヨ殿も早く帰りたいことでしょう。そのためには仕事を終わらせなければなりません。殿下、お戯れはこれまでにいたしましょう。説明しますので、書類をご確認ください」


「……断る」


「断るような話ではございません。先ほどご説明しかけた件ですが、街の南にある大橋の検問の際に……」


 イルハを尊敬するトニーヨであった。

 順を待つ間に、窓の外を見やる。この街のどこかで、あの二人は駆けまわっているのだろうか。自由な二人にとって、タークォンは窮屈ではなかろうかと、何故か憂いたくなるトニーヨだった。

 青い空の下、海を駆ける白い帆を掲げた船の映像が、トニーヨの脳裏に深く刻まれている。


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